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五章 離宮にて
23 異世界の洗礼
しおりを挟む夕飯はクリス殿下と二人になった。
考えてみればこちらの世界に来て、まだ幾らも経っていないのだけど、もう当たり前のように一緒に食事をしている。
食事は美味しいのだけれど、梨奈はそろそろご飯が食べたくなった。
そう、ご飯に味噌汁。生卵。お醤油の匂い。
「ん、ぐっ」
「どうした!?」
「これ、ヘン…」
梨奈は床にずるずるとくず折れた。
──初めて貴族の生活を思い知る事になる──
(ちょっと! 貴族の生活って、毒殺とかそっち系なの?)
ガタンと椅子が倒れテーブルを引きずる音がして、すぐにクリス殿下がのしかかってきた。
「吐け! ジェリー、中へ!」
頭を押さえて、口に指を突っ込んで、ジェリーが触手を伸ばして口の中に入って来た。ジェリーと二人掛りで、食べたもの全部吐き出させる。
「うっ、ひど……、ぐえっ……」
「水を──、全部出したか」
『もうないよー』
やがてジェリーの触手がずるずると出て行った。
「口をすすげ」
テーブルの上のコップを梨奈の口元に持って来る。
びっくりして硬直していたミランダが、我に返ってリネンやら水差しやら口すすぎ用の器やらを持ってくる。
「毒消しを飲め」
涙目の梨奈を抱きかかえて、丸薬を無理やり飲まされた。
「女神が何で毒くらいで死ぬんだ」
「私は普通の人間ですってば、聞いてんの?」
咎めるように言われて言い返したが、梨奈より顔の青いクリス王子を見て「誰の顔が青いのよ」と少し驚く。
「まだ死んでないし」
向こうの部屋でドタバタと騒ぎがあって、犯人が捕らえられたようだ。
王子が上着を脱いで梨奈に着せ掛けて、ナフキンを取って、梨奈の口の周りを拭った。
「口紅、落ちた」
ナフキンに着いた口紅を見ると、クリス殿下が呆れたように息を吐く。
「お前は……」
ジェリーがスライムのままで側に居る。
「ジェリー、ありがと」
呼びかけるとプルプルと震えた。
クリス殿下は梨奈をミランダが差し出したブランケットに包んで抱き上げ、別の部屋に連れて行く。
「生きているか?」
「……生きているわよ」
殿下は梨奈を抱込んで少し汗ばんだ額に唇を寄せる。
小ホールのカウチに横たえようとするが、梨奈は「大丈夫です」とクリス殿下の上着を返す。クリス殿下は背もたれに寄りかかった梨奈にブランケットをかけて側に座った。
ジェリーがぴょんとクッションの沢山置いてある側に飛び乗って、梨奈の側でプルプルした。どういう訳か淡いグリーンのスライムになっていて、撫でるとネコのように梨奈の手に懐いた。
ミランダがやっとジェリーに気が付いて声を上げそうになった。
「それは、従魔ですか?」
「そうなの、スライムのジェリーよ。食べちゃダメよ」
『分かった―』
そこに屋敷の警護の衛兵がやって来た。
「報告します」
「捕らえたのか」
「はっ、犯人はこの離宮に、以前からいた従僕です。様子がおかしかったので問い詰めた所、毒薬の入った瓶を懐に隠し持っておりました」
警護の衛兵が報告して、毒の瓶を布に乗せて差し出した。
「そうか」
殿下は慎重に布の上から瓶の蓋を開けて、中身を見てから衛兵に戻した。
「国王陛下に報告を」
「はっ」
衛兵が出て行くのを目で追うと、部屋が厳重に警護されていることに気付いた。入り口にも中にも部屋の隅にもテラスの外にも警備の兵がいる。
「大丈夫か? リナ。手は痺れていないか。口はきけるか」
クリス殿下は梨奈の両頬を手で包み込むようにして、また聞く。
梨奈は首を傾けてクリス王子を見る。
「私より殿下の方が、お顔が青いです。殿下のお食事には、毒は入っていなかったんですか?」
そうだ、梨奈に毒を盛るより、二人に毒を盛って殺した方が、一度に片が付く。婚約破棄に失敗した王子が毒を賜る話は、ざまぁ物でよくある。
「ああ、私は慣らしているから、それにお前の祝福があるから。毒見もいるが」
「祝福……? でも、慣らしていても毒なんて苦しいんじゃないんですか? 大丈夫なんですか? 毒消しを飲んで下さい。ジェリー、殿下の毒を──」
『そいつー、主の祝福で無効になっているー。毒ないねー』
「無効?」
「私は大丈夫だ、リナ」
「そうなの?」
「ああ」
まだ気遣わしげな梨奈をクリス王子は抱きしめた。
梨奈はクリス王子の身体に手を回し、祝福がちゃんとあるか見る。
あってよかったチート能力。馬鹿に出来ない。できれば自分にもかけられたらいいのに。さっきのは結構苦しかった。
警備の衛兵が捜査の途中報告をする。
「申し上げます。毒見役の死体が納戸で発見されました。只今死因を調べております」
「分かった」
ミランダが気づかわし気に言う。
「殿下。リナ様はお部屋で休まれた方が、よろしいかと」
「少し待て」
クリス殿下は梨奈を隣の椅子に下ろして、ピアスを外した。
「腕輪の方がよいか」
独り言のように呟いて調整を始める。
その持っている道具は、どこから取り出したのか。
「殿下はマジックバッグとか持っているんですか?」
「よく知っているな」
「錬金術、出来るんですよね」
「そうだが」
「鑑定って、出来るんですか?」
「装備品と材料位だな」
「あのね、殿下」
「なんだ」
「殿下みたいに何でもできる人って、この世界で多いんですか」
「多くはないな」
『コイツー、チートだよー。主ー』
ジェリーの声が聞こえる。何処に行ったのかと思ったら、スライムが天井に張り付いていた。侍女も上を見て目を丸くしている。
「チート? それは何だ?」
「そうですね、神様から与えられた能力が、半端ないってことですかね」
殿下の夢も何かの能力なのだろうか。
ミランダは梨奈の顔を驚きを持って見ていた。
額に張り付いた栗色の髪と潤んだ榛色の瞳。内側から輝くような白い肌はアラバスター、少し汗ばんでいて却って色っぽい。何処か身内から淡い虹のようなオーラが出ているような気がするのは気の所為だろうか。
「よし、こちらの腕に着けようか」
クリス殿下が梨奈に腕輪を着けると、魔法が解けた。
隣の侍従も夢から覚めたような顔をしている。
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