異世界転移したら断罪の現場でした。頼る人が婚約破棄した王子しかいません

拓海のり

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六章 戦争

32 クロチルドの来訪

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 クリス殿下が王宮に呼ばれて、ジョサイアとシドニーを連れて出て行った後、
「主殿」
 いつもの広いホールのカウチで梨奈がぐったりしていると、魔族のトニョがソラノと一緒に目の前に跪いた。

「すまねえが、ソラノが仲間が生きていると言っているんじゃ」
「え、そうなの? どこに?」
 梨奈が聞くと二人は顔を見合わせる。
「昨日、襲われた辺りから、一刻、下った川下に流れ着いているんじゃ。俺、助けに行きたい」

「川岸には哨戒兵が出ていないか? 昼間は危ないだろう」
 スチュアートが言う。
「俺一人なら、何とかなる」
 うーん、でも魔獣に襲われたんだよね。怪我人を背負って帰れるだろうか。
「じゃあジェリーも連れて行く? ジェリー行ける?」
『行ける―』
「見つけたら、ここに飛んで帰って来るのよ」
『分かったー』
 ジェリーには触れるんだっけ。両手で捕まえて防御魔法をかける。ついでに幸運もかけちゃえ。ボワンとジェリーの身体が光って消えた。

「主殿、それは?」
「あ、えーと、このコは私の従魔だからね」
 ジェリーはスライムになって身体をグインと伸ばすと、ソラノの腰に巻きついた。
「おお、これなら飛べる」
 ソラノは部屋でぴょんぴょんと軽く飛んでから、外に出て方向を定めると、しゅんしゅんと水切りみたいに飛んで行った。

「早いわね」
 ずっと黙っていたフォルカーが、呆れたように言う。
「僕、あんた見ていると、現実から遠く離れた所に行きそうで怖いよ」
「え、私じゃなくてジェリーでしょ」
「あいつも現実離れしているがなあ」
 スチュアートは頭をガシガシかいている。
 
 いや、こっちの世界に召喚されて、いいようにされている自分の方が、現実から遠く離れた所にいる訳で、魔王の養子とか女神とか、どんだけ―って思うんだけど。


  * * *


 昼前に、クロチルドがやって来た。
「物々しい警固でしたわ。何かありましたの」と、案内された部屋に入ってきながら聞いた。
「ランツベルク将軍の勘違いですね」
 フォルカーが言う。
「あら、そうなのかしら」
 チロンと梨奈を見る。扇を持っていたら完璧ね。と、思ったらさっそく扇を取り出した。
 ドレスをきっちり着こなして、一部の隙も無い。プラチナブロンドに紫の瞳の貴婦人。とてもじゃないが太刀打ちできない。
 体調が悪くなければ、全力で落ち込んでいるところだ。

 とりあえず紹介をフォルカーがしてくれて、いつもの広い応接室に座る。


  * * *


 クロチルドの、目の前に座った梨奈は、どこも目立ったところのない平凡な女の子だった。茶色の髪を緩くツインテールにして、前髪も緩くウェーブして幾筋も下ろしている。
 妙に気怠そうで、低めの声も掠れ気味だった。

 クロチルドは気負ってやって来たけれど、どこがどうという訳でもなく、肩透かしを食らった気分になる。

「何時からやりますの」
「今からでいいんじゃないの」
 クタクタでぐずぐずの梨奈を思いやらないフォルカーと、引き留めないスチュアートに、余計にぐったりする梨奈。

「淑女というもの、そんな風にだらりとなさってはいけませんわ」
「む」
 今日じゃなかったら、もっときちんとしている……、筈。
「私、教えていただきたい事があります」
 姿勢を整えて聞いた。
「まあ、何でしょう」
「地理です。こちらの事、何も知らないんです。この国も知りません。教えていただける?」
「よろしいですわ。地図を」

 ササっと執事が地図を持ってきた。ぐるぐるに巻かれた地図を広げて、クロチルドが説明する。
「これがこの国の地図ですわ」
 ノイジードル王国は山間の国だった。王都は盆地にあるようだ。この世界に来て、まだ海を見た事がない。この国には無いのね。
「今の季節っていつなの」
「もう夏ですわ。麦の刈り入れも終わりましたし」
 うわ、戦争が始まっちゃうんじゃ。
「オフジェ川ってどこかしら」
 地図で探す。外れよね。クロチルドが指し示す、北西の国境を東に流れていて、支流が南に下って王都を横切っている。

 梨奈が首を伸ばしたので、クロチルドは白い首すじに痕があるのに気付いた。存在を誇示するような赤紫の痕。
 コレは女子会で、どこぞの令嬢が嬉しそうに見せびらかしていた、キスマークとかいうアレだ。
「ふしだらですわ。婚姻前の男女が」
 扇で指して言う。
「え」
 梨奈は目を丸くした。
「ええ?」
 服の中を覗いている。
「まあ」

(あのやろう。何でこんなもん、すれすれに付けるんだよ)

 ふしだらですってよ、奥様。
 結婚してなかったら、そういう風に言われるんだな。
 愛し合っていたらいいとかじゃないんだな。
 でも、殿下と愛し合っているのかしら。
 昨日のアレは、殿下と愛を確かめ合ったとかいうアレなのかしら。
 愛って何かしら。よく分からないわ。
 よく分からなくて、そんなことしていいのかしら。
 あーんなことや、こーんなことも……。
 ぽっ、ぽっぽっぽっ──。

 真っ赤に染まった梨奈を見て、クロチルドは言葉に詰まる。
 ここまであからさまに反応されると、どうしたらいいのか。

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