異世界転移したら断罪の現場でした。頼る人が婚約破棄した王子しかいません

拓海のり

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七章 コルベルク公国編

48 コルベルク侯爵からの招待状

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「ジョサイア様、バザーをいたしましょう」
 テレーゼはニコニコ笑って積極的だ。
 公都カランタニアの広場に家財道具から鍋釜一式、とりどりのリネンなど生活必需品を並べて値札を付けた。
「うふふ……、さあこれでどうだ!」とか「じゃーん」とか、言いながら彼女が取り出す物は、商品不足だったのか売れ行きは良い。

「今日は特売ですよー。お買い得ですよー。お店は213番通りにございます。これからご贔屓に~」
「まあ、テレーゼ様は庶民っぽい方ですのね」
「クロチルド様。私、あのリネンが欲しいですわ」
「あら、そういえばこの辺りはウールの産地とか」
「お任せください。織機と職人を連れて来ました」
 エルマーも積極的だ。

 コルベルク公国の東北部はなだらかな丘陵地帯が広がり、牧畜が盛んである。特にこの領都カランタニアの辺りの羊は毛が長く質が良い。一時は離散していた牧場主も羊を連れて戻って来て放牧し始めた。
 ウールは冬に寒いこの辺りでは必需品であった。
 公都には零細の織物加工業が沢山居る。エルマーは彼らを纏めてここに工場を作るようだ。

  * * *

 最近シドニーはダールグレン教授に請われて、アルタの瞳を調べている。
「リナ殿下がね、向こうにこういう機械があるというんだよ。アルタの瞳は一回公開すると消えちゃうけど向こうのは保存できるというんだ」
「像を写す事と保存する事ですか」
「そうだよ、やってくれるかい」
「はい」

 シドニーはアルタの瞳の仕組みを解明して、更に保存しなければならない。
 しかし、アルタは最初は非協力的だった。
「私の仕事が無くなるノー」と悲しげに首を横に振る。
「大丈夫だ。君は魔族としても優れているじゃないか」
「私ハー、半魔だからー」
「半魔って、何がいけないんだ?」
「寿命が短くて、弱いノー」
 そういえばトニョかソラノがそんなこと言っていたなあと、梨奈はアドバイザーとしてそこらに居て、話を聞くともなく聞いていた。

「アルタって私より強いよな、魔族ってどれぐらい生きるんだ?」
「下っ端で三百歳くらい。魔王様はその三倍くらい? 私はせいぜい百五十から百七十ダワー、人と変わらないノー」
 何か恐ろしい事を聞いた。シドニーも頭をポリポリしている。
「その、アルタは十分私らより強いし、寿命も長い。私達と一緒に居るなら、同じ位の寿命の方がいいと思うし……」
 アルタはしばらく首を傾げてシドニーを見ていたが、やがてにっこりと笑う。
「ソだね」
 こ、これは、もしかしていい雰囲気と言わないか──。

 しかし、シドニーは恋愛音痴のようだ。
「ねえ、リナ殿下。これって像が反対になるんだけど」と無邪気に聞いて来た。こっちが二人を置いて逃げ出すか、デバガメするか悩んでいた隙にである。
 ごめんよアルタ。しかしアルタも無邪気に言うのだ。
「反対になるっておかしいノー。何で?」
「うっ」

 仕方がない。全然、あんまり、全く詳しくないけれど。
「小さい穴を通すと像が逆さまになるんじゃない? 逆さまな像をフィルムという透明な紙に写して、普通の紙に逆さまじゃないように焼き付けるの」
 紙に書いて説明する。
「ふうん、ややこしイー」
「普通は像がボケるから、間に色々レンズを入れるの」
「そうか、そこに魔法の入る余地が──」
 梨奈は二人が研究に勤しんでいる間に、アドバイザーの役を放って、そろっと逃げ出した。

  * * *

 夜に帰って来たクリスティアン殿下が封蝋のある手紙を見せる。
「リナ、コルベルク侯爵から招待状が来た」
 梨奈は彼の存在をすっかり忘れていた。
「ええと、私も行くんですか」
「もちろんだ」
 何となく行きたくないというか嫌な感じがする。このまま忘れ去りたい。

 どちらかといえば間違いなく梨奈は平和主義者だ。ブルグンドの時は置いて行かれて拗ねたけれど、その後コルベルク公国の公都カランタニアに行くまでの旅は結構ハードだった。
 野盗との戦闘はあるし、怪我人も出るし、死体もあるし。魔獣やら動物やらを捌く現場は自分がもどさなかったのを褒めたいくらいだ。人間死に物狂いになったら越えられないものは無いけれど、それはこの旦那様あってのことだと、相変わらず綺麗なサラサラの金髪に青い瞳の整った顔を見る。

 野営の夜に、くっ付いて一緒に星空を見上げた。こっちの世界の銀河は何ていうのかなとか、星座なんてあるのかなと思う。太陽と月はひとつずつだ。
 クリス殿下が南東にある明るい星を指して「あれが女神の星だ」と言ったっけ。

 あのロマンチックな夜を梨奈が思い出していると、
「荷駄隊が来て、そろそろ蓄えが尽きかけた侯爵が、上から目線で我々をこき使ってやろうと、手ぐすね引いて待ち構えている」
 殿下が冷たい口調で言って、現実に引き戻された。


「スチュアートとギードとトニョを連れて行く」
「はっ」
「「ハイ」」
「私は君達について行こう、何か奥の手があるかもしれないしね」
「お願いします、ダールグレン教授。フォルカー、ジョサイアとシドニーと共に留守を頼む。こちらにも手を出してくるかもしれん」
「分かった」
「任せろ」
「はい、はーい」
「何かあったらすぐ知らせてくれ。こちらからも知らせる」

  * * *

 そんなこんなで夜、スライムが踊るベッドルームで、妙にハイテンションなクリス殿下に「子守唄厳禁」と言い渡された。

 口づけをしてベッドに沈む。青い瞳の下の隈はもうどこかに消え去って、交わす口づけも舌を絡ませる濃厚なものになって「愛している」と耳に囁きながら手を胸に這わせ指で乳首を弄り、顎から喉に、胸から腰にと降りてゆく唇が目的の物を探し当てる。

 いい加減焦らされて、しつこくねちこく煽られて、息も絶え絶えになるまで散々可愛がられて「もうダメ。死ぬ……」とベッドに沈んだ翌日。


「今日、大公宮に行くぞ」
「えええ、ちょっとぉぉーーー」

 殿下はスッキリした顔をしている。梨奈はこの重い腰と掠れた声をどうしてくれようと睨みつけたが「色っぽい顔をするな」と、窘められた。
(あんたの所為でしょ、どおしてくれるのよ)
『ウィンウィン』
 そこに元気なスライムが、久しぶりにピンクのマリアになって入って来る。
『リナ殿下ー、支度しましょ―』
「ジェリー、それで行くの?」
『はーい―』
「はあ……」
 ジェリーに身代わりに行って欲しい。でもそうするとジェリーに食べられなきゃならないし……。
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