異世界転移したら断罪の現場でした。頼る人が婚約破棄した王子しかいません

拓海のり

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七章 コルベルク公国編

51 リザートイドとウィンプル

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「どうもここはブルグンド帝国の城と同じ臭いがするな」
「そうですね」
 クリスティアン殿下は侯爵一味を捕らえた後、城内を見回して腕を組んで首を傾げた。スチュアートも嫌そうな顔で城を見回す。
「ブルグンド皇宮のかい?」
 ダールグレン教授は心当たりがあるようで、わざとらしく服のほこりを払う。
 一体どんな臭いだろうと梨奈は首を傾げた。その梨奈を真顔で振り返って、クリス殿下は言った。

「リナ、この城にある礼拝堂で祈ってくれないか」
「はい、いいですけど……」
 返事はしたけれど梨奈の顔はやや不満げである。
「何だ?」
「ここに住まうのですか?」
 殿下は何とも言えない顔で「公都はカランタニアにはしないつもりだ。だから今まで通り神殿に居ようと思うが、リナがここに住みたいと言うのであれば──」
「いや、ここには住みたくありません」
 どうもあの侯爵の後には住みたくないという思いが沸き上がって、梨奈は慌てて首を横に振った。
「礼拝堂で祈ります」
「そうか」
 幾分ホッとした様子で殿下は頷く。

 この城の内部を探ったトニョに案内させて一同は礼拝堂に行く。地下にあるようだが続く階段は手入れされていなくて所々壁が毀たれてデコボコと非常に歩きにくい。
 途中に別の階段があってそれは地下牢に続く道だという。
「リザートイドは地下牢にはいなかったが」トニョが言うと「城の中庭に小さな池があって近くに空の檻があったと報告がありました」とギードが報告する。

「食事もやらずに放置していたのかねえ」
 教授の言葉は溜め息交じりだった。
「魔物だと思っていたんじゃあねえか? 魔物は腹が空くと狂暴になるからよ」
 トニョの言葉にみんなが一斉に呆れかえる。
「俺らも魔族だし、元の姿だと人間には何をされるか分からねえし、半魔は弱くて人によく拐われるし、アルタもガキの頃攫われそうなところをソラノが助けたっていうし」

 その後は一同黙って黙々と階段を降りる。ようやく地下の礼拝堂に着いた。
 梨奈はこの世界に自分が来た意味を探そうと考える。まだ何も分からない、出来る事も分からない。例えスライムの餌として来たとしても、まだ生きているのだし、きっと何か出来る事がある筈だと信じるしかない。
 そう思いながら祈ると、女神は今日も光あふれる花を降らせてくれた。


 礼拝堂で祈った後、殿下は手当と食事を済ませたリザートイドたちと改めて会見した。緑の鱗が綺麗でどう言えばいいのか、半魚人と恐竜を足して二で割ったような感じの人々だ。背中の羽は高くは飛べないそうで、水の上をトビウオみたいにひょんひょん飛んで移動するという。こんな人種もあるのね。

「こちらはリザートイドの方々だ。侯爵に捕まってこの城に連れて来られていたんだ」
 彼らはちゃんと衣服を着て畏まって挨拶する。
「数々のご親切、痛み入る。私はマグヌス・ソレンセンと申す。この二人は一族の者だ。リザートイドには七人の長老がいる。私はその内の一人だ」
 礼儀正しい武士のような佇まいの方々だ。

「あなた方はどうしたい。我々はお詫びも兼ねて協力は惜しまんつもりだが」
 クリス殿下が申し出る。
「我々は故国ミューリッツ王国の地に帰りたいが」
「今はもうミューリッツ王国は滅んで、あの辺りの水辺は地形が変わってしまった」
「体力が戻ったら、一度戻って故国の様子を見るつもりじゃが──」
 彼らの行き場のない、帰る場所のない思いが切々と胸を打つ。

 スチュアートが事務的な感じで説明を始めた。
「取り敢えず、水辺が良いのでしたら城の裏に湖がありますから、そちらで療養して頂ければ、ボート小屋なども整備して使えるようにしますが」
 リザートイドたちは顔を見合わせて頷く。そういえばここに来る時に湖を見たな。
「ではそのように工人の手配を──」
 近侍のひとりが手配の為に出て行く。

「ここに無事でいることを、元の地にいる者たちに知らせたいが──」と、彼らの長老という人が遠慮がちに聞く。
「お仲間には連絡した方がいいと思うが、どうやって?」
「我ら伝令魚というものがござる。もう少し休めば魔力が回復して使えるじゃろう」
 彼は手の上に細長い白い魚を出して見せた。魚は手の上でヒュッヒュッとすばしっこく動いて消えた。
「ほう、面白いねえ。伝書鳥と呪文が少し違うのかい」
 教授が覗き込んで興味津々に聞く。手品のようで面白い。
 伝書鳥は見たことがあるが、魚はどうやって文字を書くのだろう。文字は消えないのかしら。
「魔法で字を書くから、鳥も魚も消えないんだよ」
 梨奈の疑問に教授が答えてくれた。

 その後、クリス殿下が恐る恐る切り出したのは、あの水棲魔獣の話だった。

「それからウィンプルだが、ノイジードル王国とブルグンドの境にあるオフジェ川にブルグンドが放流したのだ。そこのウィンプルはかなり獰猛だが、あなた方に引き取ってもらえるだろうか」
「何と、そんな所に」
「回復したら行ってみるかの」
 リザートイドたちは何となく嬉しそうな様子だ。

 何と彼らは、あの牛くらいの大きさのギザギザと牙の生えた水棲魔獣を、家畜として飼っていたのだという。
「大丈夫だろうか、ウィンブルはとても狂暴だったが」
 スチュアートが心配そうに聞くが、リザートイドの長老マグヌス・ソレンセンは「そうか、まあ行ってみる」と、こともなげに答える。

「オフジェ川の源流は西域にあるから、西域に行かねばならんな」
 クリス殿下は思案顔だ。
 西域って、ババが料理長と行ったという、半魔やハーフエルフやオーロックスが居るという西の魔領に近い地域よね。今まで放置していたけれど、そんなに行きたくない場所なのかしら。

 お城の管理をスチュアートと議会から来た役人に任せ、リザートイドたちは別馬車で湖のボート小屋に送り、クリス殿下と梨奈は城下に戻った。
 城下に降りると何となくすっきりするのは何故だろう。空気が違うのかしら。

 さあ、侯爵一味は追い出した。城は「お客様用の別邸に、あ、ホテルでもいいわね」と話す梨奈にクリス殿下は「欲のない……」とあきれ顔だ。
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