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笹塚浩太のリア充旅行
リア充的北海道ツーリング その1
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空は高く、道はまるで永遠に続いているかのようにまっすぐに――先へ、先へ続いている。
北海道はこういった道が多い。道路の周りは見渡す限りのじゃがいも畑が広がり、渋滞も赤信号もない。大好きな愛車であるドゥカティモンスターを気持ちよく走らせる事ができる。
あーこの、エンジンの駆動音がたまらない。近所迷惑だろうが何だろうが俺はこの低音が気に入っているんだ。
そして、タンデムシートを取りつけて俺の後ろに座るのは、羽坂由里。2月の初め、ようやく想いを成就させた恋人だ。
その年の夏。盆休みを利用して北海道に来た。由里をバイクに乗せて茨城へ、そこからフェリーに乗って北海道へ。
最初は後部座席が怖い怖いと騒いでいたのだが、一時間も走れば慣れてきて、今はあちこちの景色を見ては話しかけてくれる。
ぎゅっと体を抱きしめてくる由里の腕。ちらりと下を見れば細い手がしっかりと俺のジャケットを握っていて。
――かわいい。
どこまでもどこまでもまっすぐに続く道を走っていく。天気は晴天。まっことツーリング日和だ。
「ここがオタコンペ湖」
「おたこんぺこ…変な名前」
「アイヌ語が発祥みたいだな。ほら、湖の色が綺麗だろ?」
北海道にいくつかある湖。有名所として摩周湖やら支笏湖やらがあるが、割とマイナーな湖もそれなりに見所がある。
オタコンペ湖は運が良いとコバルトブルーに輝く。今日はちょっと雲があるから輝いてはいないがまぁ、それなりに綺麗じゃないかな?
「確かに……なんか、普通の湖と違う色に見える。へぇ~面白い。ここだけファンタジーみたい」
「そうだろ?」
「でも遠い。近くに降りれないの?」
「残念だが、この展望台からしか見れない。ま、次は支笏湖行こう。ソッチは近くから見れるから。後はどうする? 札幌が見たいなら寄ってもいいけど」
「あ、見たい! えっと、味の時計台が見たい!」
味の時計台はラーメン屋だ。多分由里が言ってるのは札幌にある時計台だろう。
あれか……。北海道三大ガッカリ名所。まぁ、昼飯がてらに寄って、ラーメン食べて行くのもいいな。
再び由里を座席に乗せて、バイクを走らせる。頭の中ではすでに今日のツーリングプランを組み立てていた。
『思ってたのと違う女』。羽坂由里を一言で表すなら、そんな感じかもしれない。
俺は彼女に恋をして、失恋して、また恋をした。まるでややこしい、ぐねぐねとした道をあっちこっちと迷って見つけ出した……そんな片思いを、彼女にした気がする。
最初はただ、会社の由里を好きになった。品のある化粧に、丁寧に手入れした髪。いつも淑やかに微笑んでいて、歩き方ひとつ、手つきひとつを取っても粗雑な感じのしない、お嬢様みたいな由里。
飲み会などの会社の催しで会話を盗み聞きして、少しずつ、羽坂由里の情報を手に入れた。
家庭的な趣味に、女の子らしい嗜好。きっと性格もとても穏やかで可愛らしいんだろうと、それだけで好きになった。
でも、俺は知る。彼女の意外な一面を。
偶然駅前で会社帰りの由里を見かけ、つい、後を追いかけてしまった秋の口。彼女が向かった先はネットカフェで、想像外の趣味を俺に見せてくれた。
夢中になってモニターに向かう彼女を、後ろからそっと覗いて驚愕する。
理解できないゲームをやっていて、嬉々としてネットスラングを打ち込むその姿。お嬢様な羽坂由里を好きになった俺にとってそれは、ショック以外の何者でもなかった。
勝手に彼女を知った気になって好きになり、勝手に後をついていって、勝手に失恋した。
正直言ってあの時は凹んだ。俺の恋心を返せと八つ当たりしたくなった。
だからあの時確かに思ったのだ。羽坂由里に対する気持ちを、思いを、なかった事にして諦めようと。
それなのに相変わらず俺は由里を見ていて。会社でにこやかな笑顔を見せて挨拶する彼女を目で追っていて。情けなくも「やっぱり可愛いなぁ」なんて思ったりして。
水沢からさりげなく好意を向けられているのは解っていたが、そちらへ鞍替えする気は全く起きなかった。とにかく羽坂由里が気になって気になって仕方なかった。
俺は、どうしても興味を捨て切れなかったのだ。
だから純粋に疑問を覚えた。
どうしてゲームが好きという事を会社で黙っているのか。もしかして彼女が口にしていた趣味や嗜好は全部嘘で、作っているのか。それならどうして、そんな事をしているのか。
無性に知りたくなって、由里がやっているのと同じゲームをやり始める。とにかく彼女と共通する話題を作りたかったから。
でも俺にはこの、ヘイムダルサーガというゲームがどうにも面白いと思えなかった。キャラクターを作成すれば、知らない街に突っ立っていて。
いわゆるRPGみたいに「王様の所に行け」だの「このアイテムを隣町に届けてくれ」だのといった指示1つない、正に右も左もわからない状態。他のプレイヤーは常に忙しそうに走り回っているし、声もかけづらい。そこから面白さを見出せるほど、俺はゲームに慣れているわけじゃなかった。そもそもゲーム自体、小学生の頃友達と遊んでいた程度しか思い出がない。
正直言って持て余していた。途方に暮れていた。
そんな折、たまたま訪れたチャンス。少し反則かなと思いながら羽坂に残業を頼み、夕飯を誘ってみた。……残念ながら用事があると断られてしまったが、それならせめて、彼女が待つバス停前で少しでも話ができないかと慌てて追いかけた。
しかし、羽坂由里はバス停の時刻表を確認した後、足早に駅へ向かって走っていく。
彼女の目指した先は、いつかのネットカフェ。
モニターに向かって早速俺の悪口を書き込んでいる羽坂由里に、深呼吸して声をかけた。
そうして、彼女の本性を引き出す。塗られたメッキを剥がす。
剥がれた由里は物凄く元気で、びっくりするほどお人よしで、小心者で、寂しがりやだった。
ゲームをやってみたものの、何が面白いのかさっぱり分からなくて困っていた俺に手を差し伸べてきた由里。
フットサルに誘い、弁当を頼んでみればちゃんと作ってきて、なし崩し的に毎週頼めば作り慣れてないのに一生懸命作った感じのするおかずと、驚くほど美味しいおにぎりを用意してくれる。…気が小さくて、お人よし。
そして寂しがりやだから、人を怖がるんだと思った。孤独になりたくないから、由里は自分を作り、偽るんだ。そうして社会の中で由里は過ごし、モニターの中でのみ、己を出す。――そこでは自分が否定されないから。
会社では相変わらずのお嬢様なのに、仕事から離れると一気に花咲く由里の顔。くるくると変わる表情に、生き生きとした目。歩幅の違う俺にちょこまかとついてくる、その動き。
その姿を見てしまうと会社の彼女がいかに張りぼてでうすっぺらいか解った。でも、会社の誰にもこの由里を見せたくないと思った。
本当の由里は、俺だけが独占したいと思ったから。
だから、自覚したんだ。――俺は再び、羽坂由里に恋をしているのだと。
ゲーム画面の海や空、虹を綺麗だと言ってくる由里に、ホンモノを見せたいと思った。
こんなにも綺麗なものが、少し顔を上げればいくらでも見れるのだと。沢山の楽しい事、嬉しい事が、お前の周りにはあるんだと、教えたかった。
好きだから、見て欲しかった。綺麗な現実の景色を、空を、……そして、俺を。
その途中で色々あった。仲違いもした。水沢の話もあった。悠真と会ったりもした。
落ち込んだり、舞い上がったり、傷つけたりした。でも、今俺の後ろには由里がいて、その手はしっかりと自分を抱きしめていて。
そう言う事だ。俺の想いは幸いにも成就された。由里は俺を見てくれたのだ。
まぁ、彼女は呆れる程の鈍感だから苦労はしたけど。それもまぁ、終わってみれば1つの魅力だと思える。
これから始まるのは、二人で沢山のものを見たり、感じたりする事。
俺が綺麗だと思ったもの、感動したものを1つずつ連れていって見せていきたい。
由里がネットゲームで嬉々として俺を連れ回してくれたように――。
北海道はこういった道が多い。道路の周りは見渡す限りのじゃがいも畑が広がり、渋滞も赤信号もない。大好きな愛車であるドゥカティモンスターを気持ちよく走らせる事ができる。
あーこの、エンジンの駆動音がたまらない。近所迷惑だろうが何だろうが俺はこの低音が気に入っているんだ。
そして、タンデムシートを取りつけて俺の後ろに座るのは、羽坂由里。2月の初め、ようやく想いを成就させた恋人だ。
その年の夏。盆休みを利用して北海道に来た。由里をバイクに乗せて茨城へ、そこからフェリーに乗って北海道へ。
最初は後部座席が怖い怖いと騒いでいたのだが、一時間も走れば慣れてきて、今はあちこちの景色を見ては話しかけてくれる。
ぎゅっと体を抱きしめてくる由里の腕。ちらりと下を見れば細い手がしっかりと俺のジャケットを握っていて。
――かわいい。
どこまでもどこまでもまっすぐに続く道を走っていく。天気は晴天。まっことツーリング日和だ。
「ここがオタコンペ湖」
「おたこんぺこ…変な名前」
「アイヌ語が発祥みたいだな。ほら、湖の色が綺麗だろ?」
北海道にいくつかある湖。有名所として摩周湖やら支笏湖やらがあるが、割とマイナーな湖もそれなりに見所がある。
オタコンペ湖は運が良いとコバルトブルーに輝く。今日はちょっと雲があるから輝いてはいないがまぁ、それなりに綺麗じゃないかな?
「確かに……なんか、普通の湖と違う色に見える。へぇ~面白い。ここだけファンタジーみたい」
「そうだろ?」
「でも遠い。近くに降りれないの?」
「残念だが、この展望台からしか見れない。ま、次は支笏湖行こう。ソッチは近くから見れるから。後はどうする? 札幌が見たいなら寄ってもいいけど」
「あ、見たい! えっと、味の時計台が見たい!」
味の時計台はラーメン屋だ。多分由里が言ってるのは札幌にある時計台だろう。
あれか……。北海道三大ガッカリ名所。まぁ、昼飯がてらに寄って、ラーメン食べて行くのもいいな。
再び由里を座席に乗せて、バイクを走らせる。頭の中ではすでに今日のツーリングプランを組み立てていた。
『思ってたのと違う女』。羽坂由里を一言で表すなら、そんな感じかもしれない。
俺は彼女に恋をして、失恋して、また恋をした。まるでややこしい、ぐねぐねとした道をあっちこっちと迷って見つけ出した……そんな片思いを、彼女にした気がする。
最初はただ、会社の由里を好きになった。品のある化粧に、丁寧に手入れした髪。いつも淑やかに微笑んでいて、歩き方ひとつ、手つきひとつを取っても粗雑な感じのしない、お嬢様みたいな由里。
飲み会などの会社の催しで会話を盗み聞きして、少しずつ、羽坂由里の情報を手に入れた。
家庭的な趣味に、女の子らしい嗜好。きっと性格もとても穏やかで可愛らしいんだろうと、それだけで好きになった。
でも、俺は知る。彼女の意外な一面を。
偶然駅前で会社帰りの由里を見かけ、つい、後を追いかけてしまった秋の口。彼女が向かった先はネットカフェで、想像外の趣味を俺に見せてくれた。
夢中になってモニターに向かう彼女を、後ろからそっと覗いて驚愕する。
理解できないゲームをやっていて、嬉々としてネットスラングを打ち込むその姿。お嬢様な羽坂由里を好きになった俺にとってそれは、ショック以外の何者でもなかった。
勝手に彼女を知った気になって好きになり、勝手に後をついていって、勝手に失恋した。
正直言ってあの時は凹んだ。俺の恋心を返せと八つ当たりしたくなった。
だからあの時確かに思ったのだ。羽坂由里に対する気持ちを、思いを、なかった事にして諦めようと。
それなのに相変わらず俺は由里を見ていて。会社でにこやかな笑顔を見せて挨拶する彼女を目で追っていて。情けなくも「やっぱり可愛いなぁ」なんて思ったりして。
水沢からさりげなく好意を向けられているのは解っていたが、そちらへ鞍替えする気は全く起きなかった。とにかく羽坂由里が気になって気になって仕方なかった。
俺は、どうしても興味を捨て切れなかったのだ。
だから純粋に疑問を覚えた。
どうしてゲームが好きという事を会社で黙っているのか。もしかして彼女が口にしていた趣味や嗜好は全部嘘で、作っているのか。それならどうして、そんな事をしているのか。
無性に知りたくなって、由里がやっているのと同じゲームをやり始める。とにかく彼女と共通する話題を作りたかったから。
でも俺にはこの、ヘイムダルサーガというゲームがどうにも面白いと思えなかった。キャラクターを作成すれば、知らない街に突っ立っていて。
いわゆるRPGみたいに「王様の所に行け」だの「このアイテムを隣町に届けてくれ」だのといった指示1つない、正に右も左もわからない状態。他のプレイヤーは常に忙しそうに走り回っているし、声もかけづらい。そこから面白さを見出せるほど、俺はゲームに慣れているわけじゃなかった。そもそもゲーム自体、小学生の頃友達と遊んでいた程度しか思い出がない。
正直言って持て余していた。途方に暮れていた。
そんな折、たまたま訪れたチャンス。少し反則かなと思いながら羽坂に残業を頼み、夕飯を誘ってみた。……残念ながら用事があると断られてしまったが、それならせめて、彼女が待つバス停前で少しでも話ができないかと慌てて追いかけた。
しかし、羽坂由里はバス停の時刻表を確認した後、足早に駅へ向かって走っていく。
彼女の目指した先は、いつかのネットカフェ。
モニターに向かって早速俺の悪口を書き込んでいる羽坂由里に、深呼吸して声をかけた。
そうして、彼女の本性を引き出す。塗られたメッキを剥がす。
剥がれた由里は物凄く元気で、びっくりするほどお人よしで、小心者で、寂しがりやだった。
ゲームをやってみたものの、何が面白いのかさっぱり分からなくて困っていた俺に手を差し伸べてきた由里。
フットサルに誘い、弁当を頼んでみればちゃんと作ってきて、なし崩し的に毎週頼めば作り慣れてないのに一生懸命作った感じのするおかずと、驚くほど美味しいおにぎりを用意してくれる。…気が小さくて、お人よし。
そして寂しがりやだから、人を怖がるんだと思った。孤独になりたくないから、由里は自分を作り、偽るんだ。そうして社会の中で由里は過ごし、モニターの中でのみ、己を出す。――そこでは自分が否定されないから。
会社では相変わらずのお嬢様なのに、仕事から離れると一気に花咲く由里の顔。くるくると変わる表情に、生き生きとした目。歩幅の違う俺にちょこまかとついてくる、その動き。
その姿を見てしまうと会社の彼女がいかに張りぼてでうすっぺらいか解った。でも、会社の誰にもこの由里を見せたくないと思った。
本当の由里は、俺だけが独占したいと思ったから。
だから、自覚したんだ。――俺は再び、羽坂由里に恋をしているのだと。
ゲーム画面の海や空、虹を綺麗だと言ってくる由里に、ホンモノを見せたいと思った。
こんなにも綺麗なものが、少し顔を上げればいくらでも見れるのだと。沢山の楽しい事、嬉しい事が、お前の周りにはあるんだと、教えたかった。
好きだから、見て欲しかった。綺麗な現実の景色を、空を、……そして、俺を。
その途中で色々あった。仲違いもした。水沢の話もあった。悠真と会ったりもした。
落ち込んだり、舞い上がったり、傷つけたりした。でも、今俺の後ろには由里がいて、その手はしっかりと自分を抱きしめていて。
そう言う事だ。俺の想いは幸いにも成就された。由里は俺を見てくれたのだ。
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由里がネットゲームで嬉々として俺を連れ回してくれたように――。
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