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私の頼みを聞いてくれ! 断ったら死にます。

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 世間では魔王だの勇者だのとさわいでいるようだが、オレにはなんの関係もない。こんな田舎にやってくるのはウワサだけ。平和そのものだった。
 食べ物なんて村のやつらが育てているのをもらえばいい。今日も家のなかでゴロゴロざんまいだ。生きるためになにもがんばらなくていい人間、それがオレ。

 ああ、すばらしい毎日!

 急にまぶしさを感じて目をさます。なんだ? 天井に穴でもあいたのか?起き上がると、目の前に光の玉が浮いていた。

「なんだこれ?」
「私は神だ」
 光がしゃべった!

「オレになんの用だよ」
「青年モーノよ、お前の暮らしをしかと見ていたぞ」
「なんの用だって言ってるんだけど?」
「お前はなにもしない男だ。怠惰を極めていると言っていい。これは大罪である」
「意味がわからない」
「しかし私は寛大である。お前につぐないの機会を与えよう」
「知らない」
 オレはもう一度ねころんでうつぶせになった。

「オレにかまってるヒマがあったら魔王だっけ? ああいうのをなんとかしてくれよ。神ならできるだろ?」
「魔王は勇者がいずれ討ちたおすであろう」
「いやいずれじゃなくて手伝うとかすればいいだろ。オレはただの村人だぞ。かまわないでくれる?」
「ダメだ」

 なんて聞き分けのないやつ! バカバカしい。だいたいなんだよ、神って。

「魔王とて邪悪なれど、世界を手にいれるために努力をしているのだぞ?」
 アホらしい。
「この村の人々もみな、生きるために働いている」
 うるさい。
「モーノよ、この世界でお前だけがなにもしていないのだ!」
 布団をかぶって耳をふさぐ。早くどこかに行ってくれ。

「あっつ!」

 右手が焼けるような熱さにおそわれた。
 布団をはねのけて確かめると、右手の甲に金色の紋章が描かれていた。
「なんだよこれ?」
 指でひっかいてみても取れそうにない。皮ふの色が直接かわってしまったようだ。

「お前に奉仕の紋章をつけた」
 自称神の声。光の玉はあいかわらず浮いている。

「なんだよそれ?」
「これからお前は、人間の頼みを必ずきかなければならない。断れば死ぬ」
「死ぬ? 死ぬって?」
「生きたければ働け。そういうことだ」

「ふざけんなおい! ふざけんな!」
 光の玉はフッと消えさった。

「なんでだよ! ふざけんな! なんでだよ!」
 オレは地団駄をふんだ。床がくだけるほどに。

 家の中をウロウロしながら、これからのことを考える。
 人の頼みをきかなければ死ぬ。ばかげてる。本当かどうかわからない。
 だれかに頼みごとをされて断ってみるか? 本当だったら死ぬ。ウソなら死なない。

 いや、命がけすぎる。割りに合わない。

 逆の発想をしてみよう。人と会わなければいいんじゃないか?
 だれからも頼みごとをされなければ今までと変わらないはずだ。もともと村のやつらとあまり話さないし、オレは独り暮らし。生活に会話はいらない、問題ない。

 そうだ、そうしよう。結論が出たと同時にとびらがひらいた。

「おまたせ、収穫が終わったからトナリノ村まではこんでって」

 近所にすんでいるボケたばあさん。

 家をまちがえた? 前にもあった。

 こんなときに? いまは昼だ。

 断ったら死ぬ? 死にたくない。

「はい」

 ばあさんの台車を引き受けた。やりたくない。やりたくないが、やるしかない。こんなことで死んでたまるか。
「じゃ、おねがいねえ」
 ばあさんの声を背中に受けながら、ひさしぶりの外へと歩きはじめた。

 自称神め、いまにみてろ。

 トナリノ村に行くとちゅう、ひとつ気づいたことがある。
 野菜をたっぷり積んでいる台車がやけに軽い。それに、いくら歩いても疲れない。さっきはオレの足で家の床がくだけた。石でできているにも関わらずだ。

 おそらく紋章のせいだろう。オレは強くなっている。
 ためしに走ってみると、馬のような速さで台車を引くことができた。こんな効果があるなら教えてくれればいいのに。それでも許さないが。

 トナリノ村についたとき、みんながオレの脚力を称賛した。気分がよくなってすこし力自慢をしてみせたら村長の娘が
「モーノ様……きゅんっ」と意味不明なことを言った。きゅんってなんだ?

 都合の悪いことに、いっしょに見ていた行商人のオッサンが
「あなたの力を見込んで、私の町に帰るまで護衛をしてくれませんか?」と頼んできた。

 そう、頼まれてしまったのだ。断ることはできない。
 人間は自分よりすごいやつにいろいろやらせたがる生き物にちがいない。もう力を見せびらかすのはやめようと思った。

 オッサンの町まで三日もかかった。体は疲れていないが帰りたくてしかたがない。一度だけモンスターが襲ってきたものの、一発なぐったら倒せてしまった。

 オッサンは城下町で一番の大商人だったようで、店の金庫から大金を出してきた。金なんて持って帰ったところで、村では使いみちがない。きっぱりと断った。
するとオッサンの娘が
「モーノ様……きゅんっ」
と言った。村でも聞いたが流行なのだろうか?

 オッサンの店を出ようとすると、杖をついてヨロヨロと歩く戦士が入ってきた。
特訓中に大ケガをして薬を買いにきたらしい。
 話によると、城でひらかれる大陸最強武術会に出る予定だったそうだ。

 オッサンが言った。
「モーノ様が出たらきっと優勝できますね!」
 その一言のせいだった。
「それなら私のかわりに大会に出てくれないか?」

 これも断ったら死ぬんだろうな。

 いつになったら帰れるのか。そればかり考えながら武術会で優勝した。観戦していた王様がオレを気に入ったらしく、王家の剣をさずけると言ってきた。
 どれだけすごい剣か知らないが、これも使いようがないので断った。
 
 すると王女が「モーノ様……きゅんっ」と言った。えらい人でも同じことを言うんだな。

「僕たちと一緒に魔王を倒そう!」
 闘技場から出るなり声をかけられた。勇者とその仲間たちが観戦していたらしい。

 一緒に魔王を倒そう。

 倒そう。

 倒そう。

 これは頼みごとに入るのか? オレは入らないと思う。けれど念のため勇者の仲間になった。断るのは危険すぎる。

 ただ、この力があれば魔王と戦っても勝てるだろうという自信があった。なんとなくだが。

 一ヶ月後、ついに決戦のときがきた。
 一か月! はっきり言って長すぎる。自分の家が恋しい。とっとと早く終わらせて帰りたい。

 魔王との戦いは激しかった。火、氷、雷。あらゆる魔法が入り乱れ、目を開けているのもつらいほどだった。
 まぶしいほうを見なくてすむように、魔王のうしろから湧いてくる暗黒兵をたたくことに集中する。

 やがてオレ以外の仲間たちは動けなくなり、勇者は力をふりしぼって必殺技をくりだした。魔王もそれに暗黒魔法をぶつけて応戦する。光と闇がぶつかってはじけた。

 勇者はたおれ、魔王は息を乱しながらもたっていた。

 今なら安全にいける。

 無防備な魔王にむかって思いきり飛び蹴りをぶちこむ。手ごたえあり、だ。魔王の頭はくだけちった。

「ここで滅びるか……それもよかろう。だが、貴様たちも来い、永遠の闇へ!」

 魔王の声が空間にひびき、その体が爆発した。あたり一面が炎に包まれる。目をあけると魔王の城はあとかたもなく消し飛び、荒れた大地だけが残っていた。

 魔王は滅びた。勇者と仲間たちとともに。生き残ったのはオレと、たまたま後ろにいて爆風をまぬがれた女魔術師だけ。

「終わったな」

 女魔術師は気を失っていたがケガは軽いようだ。目を覚ましたら頼みごとをしてくるかもしれない。放っといて早く帰ろう。

 一歩ふみだした瞬間、まっくらな空からひとすじの光が差しこんできた。光は柱になって地面までおりてきた。だれかが中にいる。

「よくぞ魔王をうちやぶった。勇者の仲間たちよ」

 光から出てきた男は言った。
「世界に平和がおとずれた。これからは私にかわって、神として人々を見守ってはくれまいか」

 この声には聞き覚えがあった。

 一ヶ月たっても忘れはしない。オレは自称神の顔を思いきりブンなぐった。

「な、なにをする!」
 地面に頭をうちつけた自称神は血をはきながら叫んだ。

「うるせえ!」

 頭を踏みつけ、地面にもういちど叩きつける。周囲の土がハデに舞いあがる。
 次は地面をえぐりながら胴体を蹴って打ち上げ……軸足をそのままに回転しながら二発目の回し蹴り!

 自称神は土けむりをまきちらしながら転がっていった。

「神ってのは本当らしいな! 魔王ならもうコナゴナになってるぜ!」

「ま、待て! 待ってくれ!」

 なにを言ってもムダだ。

「頼みを聞かなければ死ぬのだぞ!? わかっているのか!?」

 胸ぐらをつかんで神の顔をにらみつける。
「お前は言ったよな? 人間の頼みを聞かなければってな。 に・ん・げ・ん・の・た・の・み」
 こいつが神ならば頼みを聞かなくてもいい。人間じゃないからだ。
「そうだろ?」

「待て待て! 二言はない! お前でもかまわん! 神にしてやろう! どうだすごいだろう!? 神になれるのだぞ!」
「ハイハイハイハイ、もう細かいことはどうでもいいんだよ」

 拳をにぎって煮えくりかえる気持ちをぶちまけた。
「オレは頭にキてんだよ!」

 一発なぐる。

「お前だけは!」

 二発目。

「死んでも許さん!」

 三発目。

「神にしてやろうだと!」

 四発目。

「興味ないわそんなもん!」

 五発目。

 もはや神の顔は原型がわからなくなるほどグシャグシャだ。
 神の胸ぐらを離す。力の抜けた体がくずれ落ちる瞬間、アゴを右の拳でブチ抜いた。

 オレの人生を狂わせたオオバカヤローはぐるぐる回転しながら雲のむこうまでふっとんでいった。

 主をなくした光の柱がほそぼそと閉じていく。オレはそれを見届けて立ち去った。
「モーノ様……きゅんっ」後ろからそんな声が聞こえた気がした。

 村に戻ってきた。なつかしのわが家。もうずっと昔のような気がする。

 オレの、オレだけの家。帰ってきたんだ。一歩すすむたび、スープのおいしそうなにおいが強く鼻をくすぐってくる。

 スープのにおい。なぜ? オレに家族はいないぞ?

「誰かいるのか!?」

「「「「あっ! おかえりなさい、モーノ様!!!!」」」」

 家から四人の女が出てきた!
 村長の娘、オッサンの娘、王女、女魔術師。これまでに会った女たちだ。なんでここに?人の家に勝手にはいったらダメだと教わらなかったのか?
 元はといえば、神とかばあさんが勝手に入ってきたせいでオレは――

「「「「お願い、私をお嫁さんにしてください!!!!」」」」

 きゅんきゅん女たちが口をそろえて迫ってくる。



 断ったら死ぬ。オレの人生、ひょっとしたら詰んだかもしれない。
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