女王様は十五歳 お忍び世直し奮闘記

佐倉じゅうがつ

文字の大きさ
1 / 39
一章 女王様、初めてのお忍び

女王様は十五歳になられる

しおりを挟む
 庭園に金属のぶつかり合う音が鳴りひびく。騎士団を相手に協奏曲を奏でているのは一人の少女だった。

 その剣術を言い表すならば『目に見えない鋼鉄でできた竜巻』だ。
 屈強な男たちの剣がことごとく弾かれ、あるいは引き込まれ、強力無比な反撃を受けて倒れていく。前後左右、どこから打ち込んでも同じだ。

「お見事です、女王様」
 一人残った大柄な騎士が称賛の言葉をおくる。それを聞きながら女王は彼のほうを向いて剣を構えた。
「ピエール団長、残るはあなただけです。構えなさい。それとも、私を打つのは気がすすみませんか?」
「滅相もございません、全力で打ち合うの稽古がわれらの伝統。騎士団長ピエール、お相手しましょう」

「アンナ・ルル・ド・エルミタージュ。まいります」

 ピエールは腰を落としつつ両手の剣を頭上に構える。獲物をねらう肉食獣のように雄大だ。
 対する女王はシンプルな中段の構え。

 束の間の静けさが空間を研ぎ澄ませていた。

「ふんっ!」
 ピエールが動いた。
 腰が地面をかすめそうなほど鋭い突進からの袈裟斬り。瞬間火花が散る。切っ先が地面の草の先にふれる。振りぬいた姿勢のまま、ピエールは地面に倒れた。

 女王は彼の背後にまわっていた。背中ついた大きなくぼみが打撃の強さを物語る。
「そこまで!」
 審判役の老人が右手をあげる。終了の合図。

「以前にも増してお強くなりましたな。このジョゼフ、まこと感動いたしました」
 ジョゼフが頭を垂れる。しかし女王は不満げだ。

「もうっ! またこうなるのですね!」
 剣を地面に突き立てる。
「どうしていつも私が勝つのでしょう!」
 騎士の中には膝をついてなお、小柄な女王の背たけを上回るものがいる。そんな者たちが一人の少女に歯が立たないなど、不自然に感じても無理はないだろう。

「ピエール団長……私がみなさんと打ち合い稽古をはじめてどれだけたちますか?」
「もうすぐ一年になります」
「その間で私が一本を取られたことは?」
「ありません……」
 その言葉を聞いて、ゆっくりと剣をおさめた。

「明日、私は十五歳になります。人々が騎士に志願できる年齢……私も、女王でなければ志願していたかもしれません」
「……女王様の腕前ならば、合格は間違いないかと。しかしなぜそのようなことを?」

「明日の夜、もう一度稽古をします。次こそ私から一本を取りにきてください。もしできなければ……お忍びで城下町へ出ます」



 騎士たちがどよめく。当代の女王がお忍びを口にするのは初めてのことだった。血相を変えたジョゼフがまくしたてる。
「なりませぬぞ! あなた様は先代の血をひくたった一人のお方なのです! もしものことがあれば取りかえしがつきません!」

「母上……先代はお忍びでよく外へ出られたとのこと。爺やならよく知っているでしょう」
「確かに何度ワシを困らせたことか……ゴホン! とにかくいけません。そもそも、これから式典が始まるではありませんか!」

「ええ、ですが式典は夕方まで。夜ならば時間があるはずです。手配を頼みますよ。そしてピエール団長、私を止めたければ……わかりますね?」
「……御意にございます」
 その言葉には苦渋の色がにじみてているように感じた。

「では爺や、行きましょう。もうすぐ式典ですから」
「お、お待ちください女王様っ!」

 女王とジョゼフが中庭を立ち去った後で、ピエールたちは頭をかかえた。
「ああ! いつも最善を尽くしているがいつもこのザマだ。だが、こうなったらやるしかあるまい」



 女王の誕生日を祝う式典はその前日、城でのパーティーから始まる。各地の貴族と名家が集う社交界の頂点だ。
「女王様、ご機嫌麗しゅう」
「お初にお目にかかります。私は――」
 年齢を考慮して簡略化されてはいるものの深夜まで続く。

 夜が明け、当日になると女王が乗った馬車と騎士団の行進がはじまる。青空の嵐とも形容される、一年の中で城下町がもっとも熱狂する時間だ。
「じょおうさまー!」
「ばんざいばんざーい!!」
「女王さまー!」
「おめでとうございますーー!!」

 ハイナリア王国の女王、アンナ・ルル・ド・エルミタージュの人気は老若男女を問わず高い。人々は紙吹雪をまき、歓喜の声をあげた。

「みなさま、ありがとうございます」 
 ほほえみと共に手を振って応えた。

 式典のすべてが終わり太陽が大地に隠れたころ、女王は稽古着姿で中庭に立っていた。
 相手の力量を見極めるのも実力のうちだと言われる。ピエールたちがずっと本気だったと気づかぬ女王ではない。
「私なら城の外でも身を守れるはず……母上がそうだったように」

「女王様!? そのお召し物はまさか!」
「爺や。皆を中庭に集めてください」
 ジョゼフはしぶったが、女王の決意は固かった。

 騎士団はみな決意に満ちた目をしていた。彼らにとって命がけの戦いも同然なのだろう。
「うおおおおおおーーーーっ!!!!」



「……だいぶ城から離れましたね」
 初めてのお忍びに心がおどる。見聞のためと使命感を背負っての出立ではあるが、十五歳は多感な年ごろだ。胸の高鳴りは抑えようもなかった。
 好奇心という名の羽がついた靴とともに、少女は月明りの中を軽やかに駆けた。

「ふふっ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...