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一章 女王様、初めてのお忍び
女王様は十五歳になられる
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庭園に金属のぶつかり合う音が鳴りひびく。騎士団を相手に協奏曲を奏でているのは一人の少女だった。
その剣術を言い表すならば『目に見えない鋼鉄でできた竜巻』だ。
屈強な男たちの剣がことごとく弾かれ、あるいは引き込まれ、強力無比な反撃を受けて倒れていく。前後左右、どこから打ち込んでも同じだ。
「お見事です、女王様」
一人残った大柄な騎士が称賛の言葉をおくる。それを聞きながら女王は彼のほうを向いて剣を構えた。
「ピエール団長、残るはあなただけです。構えなさい。それとも、私を打つのは気がすすみませんか?」
「滅相もございません、全力で打ち合うの稽古がわれらの伝統。騎士団長ピエール、お相手しましょう」
「アンナ・ルル・ド・エルミタージュ。まいります」
ピエールは腰を落としつつ両手の剣を頭上に構える。獲物をねらう肉食獣のように雄大だ。
対する女王はシンプルな中段の構え。
束の間の静けさが空間を研ぎ澄ませていた。
「ふんっ!」
ピエールが動いた。
腰が地面をかすめそうなほど鋭い突進からの袈裟斬り。瞬間火花が散る。切っ先が地面の草の先にふれる。振りぬいた姿勢のまま、ピエールは地面に倒れた。
女王は彼の背後にまわっていた。背中ついた大きなくぼみが打撃の強さを物語る。
「そこまで!」
審判役の老人が右手をあげる。終了の合図。
「以前にも増してお強くなりましたな。このジョゼフ、まこと感動いたしました」
ジョゼフが頭を垂れる。しかし女王は不満げだ。
「もうっ! またこうなるのですね!」
剣を地面に突き立てる。
「どうしていつも私が勝つのでしょう!」
騎士の中には膝をついてなお、小柄な女王の背たけを上回るものがいる。そんな者たちが一人の少女に歯が立たないなど、不自然に感じても無理はないだろう。
「ピエール団長……私がみなさんと打ち合い稽古をはじめてどれだけたちますか?」
「もうすぐ一年になります」
「その間で私が一本を取られたことは?」
「ありません……」
その言葉を聞いて、ゆっくりと剣をおさめた。
「明日、私は十五歳になります。人々が騎士に志願できる年齢……私も、女王でなければ志願していたかもしれません」
「……女王様の腕前ならば、合格は間違いないかと。しかしなぜそのようなことを?」
「明日の夜、もう一度稽古をします。次こそ私から一本を取りにきてください。もしできなければ……お忍びで城下町へ出ます」
騎士たちがどよめく。当代の女王がお忍びを口にするのは初めてのことだった。血相を変えたジョゼフがまくしたてる。
「なりませぬぞ! あなた様は先代の血をひくたった一人のお方なのです! もしものことがあれば取りかえしがつきません!」
「母上……先代はお忍びでよく外へ出られたとのこと。爺やならよく知っているでしょう」
「確かに何度ワシを困らせたことか……ゴホン! とにかくいけません。そもそも、これから式典が始まるではありませんか!」
「ええ、ですが式典は夕方まで。夜ならば時間があるはずです。手配を頼みますよ。そしてピエール団長、私を止めたければ……わかりますね?」
「……御意にございます」
その言葉には苦渋の色がにじみてているように感じた。
「では爺や、行きましょう。もうすぐ式典ですから」
「お、お待ちください女王様っ!」
女王とジョゼフが中庭を立ち去った後で、ピエールたちは頭をかかえた。
「ああ! いつも最善を尽くしているがいつもこのザマだ。だが、こうなったらやるしかあるまい」
女王の誕生日を祝う式典はその前日、城でのパーティーから始まる。各地の貴族と名家が集う社交界の頂点だ。
「女王様、ご機嫌麗しゅう」
「お初にお目にかかります。私は――」
年齢を考慮して簡略化されてはいるものの深夜まで続く。
夜が明け、当日になると女王が乗った馬車と騎士団の行進がはじまる。青空の嵐とも形容される、一年の中で城下町がもっとも熱狂する時間だ。
「じょおうさまー!」
「ばんざいばんざーい!!」
「女王さまー!」
「おめでとうございますーー!!」
ハイナリア王国の女王、アンナ・ルル・ド・エルミタージュの人気は老若男女を問わず高い。人々は紙吹雪をまき、歓喜の声をあげた。
「みなさま、ありがとうございます」
ほほえみと共に手を振って応えた。
式典のすべてが終わり太陽が大地に隠れたころ、女王は稽古着姿で中庭に立っていた。
相手の力量を見極めるのも実力のうちだと言われる。ピエールたちがずっと本気だったと気づかぬ女王ではない。
「私なら城の外でも身を守れるはず……母上がそうだったように」
「女王様!? そのお召し物はまさか!」
「爺や。皆を中庭に集めてください」
ジョゼフはしぶったが、女王の決意は固かった。
騎士団はみな決意に満ちた目をしていた。彼らにとって命がけの戦いも同然なのだろう。
「うおおおおおおーーーーっ!!!!」
「……だいぶ城から離れましたね」
初めてのお忍びに心がおどる。見聞のためと使命感を背負っての出立ではあるが、十五歳は多感な年ごろだ。胸の高鳴りは抑えようもなかった。
好奇心という名の羽がついた靴とともに、少女は月明りの中を軽やかに駆けた。
「ふふっ」
その剣術を言い表すならば『目に見えない鋼鉄でできた竜巻』だ。
屈強な男たちの剣がことごとく弾かれ、あるいは引き込まれ、強力無比な反撃を受けて倒れていく。前後左右、どこから打ち込んでも同じだ。
「お見事です、女王様」
一人残った大柄な騎士が称賛の言葉をおくる。それを聞きながら女王は彼のほうを向いて剣を構えた。
「ピエール団長、残るはあなただけです。構えなさい。それとも、私を打つのは気がすすみませんか?」
「滅相もございません、全力で打ち合うの稽古がわれらの伝統。騎士団長ピエール、お相手しましょう」
「アンナ・ルル・ド・エルミタージュ。まいります」
ピエールは腰を落としつつ両手の剣を頭上に構える。獲物をねらう肉食獣のように雄大だ。
対する女王はシンプルな中段の構え。
束の間の静けさが空間を研ぎ澄ませていた。
「ふんっ!」
ピエールが動いた。
腰が地面をかすめそうなほど鋭い突進からの袈裟斬り。瞬間火花が散る。切っ先が地面の草の先にふれる。振りぬいた姿勢のまま、ピエールは地面に倒れた。
女王は彼の背後にまわっていた。背中ついた大きなくぼみが打撃の強さを物語る。
「そこまで!」
審判役の老人が右手をあげる。終了の合図。
「以前にも増してお強くなりましたな。このジョゼフ、まこと感動いたしました」
ジョゼフが頭を垂れる。しかし女王は不満げだ。
「もうっ! またこうなるのですね!」
剣を地面に突き立てる。
「どうしていつも私が勝つのでしょう!」
騎士の中には膝をついてなお、小柄な女王の背たけを上回るものがいる。そんな者たちが一人の少女に歯が立たないなど、不自然に感じても無理はないだろう。
「ピエール団長……私がみなさんと打ち合い稽古をはじめてどれだけたちますか?」
「もうすぐ一年になります」
「その間で私が一本を取られたことは?」
「ありません……」
その言葉を聞いて、ゆっくりと剣をおさめた。
「明日、私は十五歳になります。人々が騎士に志願できる年齢……私も、女王でなければ志願していたかもしれません」
「……女王様の腕前ならば、合格は間違いないかと。しかしなぜそのようなことを?」
「明日の夜、もう一度稽古をします。次こそ私から一本を取りにきてください。もしできなければ……お忍びで城下町へ出ます」
騎士たちがどよめく。当代の女王がお忍びを口にするのは初めてのことだった。血相を変えたジョゼフがまくしたてる。
「なりませぬぞ! あなた様は先代の血をひくたった一人のお方なのです! もしものことがあれば取りかえしがつきません!」
「母上……先代はお忍びでよく外へ出られたとのこと。爺やならよく知っているでしょう」
「確かに何度ワシを困らせたことか……ゴホン! とにかくいけません。そもそも、これから式典が始まるではありませんか!」
「ええ、ですが式典は夕方まで。夜ならば時間があるはずです。手配を頼みますよ。そしてピエール団長、私を止めたければ……わかりますね?」
「……御意にございます」
その言葉には苦渋の色がにじみてているように感じた。
「では爺や、行きましょう。もうすぐ式典ですから」
「お、お待ちください女王様っ!」
女王とジョゼフが中庭を立ち去った後で、ピエールたちは頭をかかえた。
「ああ! いつも最善を尽くしているがいつもこのザマだ。だが、こうなったらやるしかあるまい」
女王の誕生日を祝う式典はその前日、城でのパーティーから始まる。各地の貴族と名家が集う社交界の頂点だ。
「女王様、ご機嫌麗しゅう」
「お初にお目にかかります。私は――」
年齢を考慮して簡略化されてはいるものの深夜まで続く。
夜が明け、当日になると女王が乗った馬車と騎士団の行進がはじまる。青空の嵐とも形容される、一年の中で城下町がもっとも熱狂する時間だ。
「じょおうさまー!」
「ばんざいばんざーい!!」
「女王さまー!」
「おめでとうございますーー!!」
ハイナリア王国の女王、アンナ・ルル・ド・エルミタージュの人気は老若男女を問わず高い。人々は紙吹雪をまき、歓喜の声をあげた。
「みなさま、ありがとうございます」
ほほえみと共に手を振って応えた。
式典のすべてが終わり太陽が大地に隠れたころ、女王は稽古着姿で中庭に立っていた。
相手の力量を見極めるのも実力のうちだと言われる。ピエールたちがずっと本気だったと気づかぬ女王ではない。
「私なら城の外でも身を守れるはず……母上がそうだったように」
「女王様!? そのお召し物はまさか!」
「爺や。皆を中庭に集めてください」
ジョゼフはしぶったが、女王の決意は固かった。
騎士団はみな決意に満ちた目をしていた。彼らにとって命がけの戦いも同然なのだろう。
「うおおおおおおーーーーっ!!!!」
「……だいぶ城から離れましたね」
初めてのお忍びに心がおどる。見聞のためと使命感を背負っての出立ではあるが、十五歳は多感な年ごろだ。胸の高鳴りは抑えようもなかった。
好奇心という名の羽がついた靴とともに、少女は月明りの中を軽やかに駆けた。
「ふふっ」
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