女王様は十五歳 お忍び世直し奮闘記

佐倉じゅうがつ

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六章 公爵の孫娘

女王様はウワサに心当たりがありなさる

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「そんな……見つかった……まさか、この短期間に……?」

「おっ! 意外そうな反応だ。へへへ、食いついてきたな」

 その言葉を聞いて、自分の心臓が暴れていることにようやく気づいた。
 平静をよそおう無表情の仮面をかぶり、つとめて呼吸をちいさく、規則正しく行う。

 



「……お孫さんが見つかったとなると、バレンノース公の後継に推す動きがありそうですね」

 姿を消した公爵の娘。その血を引く者が見つかったとなれば、世継ぎ問題に大きな波が起きるだろう。
 重大な事件が起きる可能性も考えられた。

「もちろん城では大騒ぎですよ。もし俺がまだ執政代理人だったら……邪魔きわまりない存在だ」

「今は『元』やろ? もう関係ないんとちゃうか」
「だけど! おもしろくない、おもしろくないぜ。その孫をかつぎあげてる男が、いわゆる政敵ってやつなんだよ」

 ヒノカの言葉を受け、ゲオルはにぎりこぶしをパンパンとたたき、くやしそうに吐き捨てた。



「お嬢様ァ……あんたのせいで俺は落ちるとこまで落ちたんだ。なあ、あいつもここまで落としてくれよ」

「拒否します。そのような個人的感情のために、私が行動すると思いますか?」

「いいや、あんたはやらなくちゃいけない。立場上、あいつのたくらみを止める義務があるはずだ。なぜなら――」





「コラーーーー! ようやく見つけたぞ、ゲオル・ベレッツォ! もう逃がさん!」
「げっ!」

 遠くからひびく大声とともに三人の衛兵の姿が見えてきた。ゲオルは飛びあがって逃げようとしたが……女王がそれを許さなかった。

「なぜここにいるのか疑問でしたが……よもや逃走中とは、大胆でしたね」
「ま、まて! 情報を教えてやったじゃないか! たのむ、見逃してくれ!」

「あなたが自分の政敵をきらっている、それが有用な話とは思えません」

「え? あ、そうか!?」

 そうこうしているうちに衛兵が到着……するなり、肩にかけていた縄を使って脱走者を縛りあげる。

「ゲオル、観念しろ!」
「ニセモノ、ニセモノなんだ! そいつはニセモノなんだああああ!」

「わけのわからんことを! コラ、おとなしくするんだ!」

 ゲオルはひたすら『ニセモノ』と繰り返しながら連行されていった。



「……俺はこの女たちに、ゲオルと何を話していたのか調べてから戻る」
「了解だ!」

 残ったひとりの視線に、ヒノカが食ってかかる。

「おっちゃん、ウチらがあいつの仲間かなにかと思っとるん――」
「ヒノカ」

 女王が止める。そして後ろへ下がらせた。

 この男は衛兵ではない。とてつもなく危険な存在だ。



「……見抜いているか。アンナ・ルル・ド・エルミタージュ」

「ええ。たとえ変装していても、これほど近づけばわかるというものです……ル・ハイド」

「そのとおり……」

 変装を解き、正体をあらわしたのはル・ハイド。以前に女王の暗殺をもくろんだ人間のひとりである。

 しかし今、この黒ずくめの刺客からは殺気が感じられない。『姿を見せに来た』といわんばかりに。

「ここで私の首をとるつもりはないようですね」



「……正面からやりあって勝てると思っていない。だが闇に紛れても防がれる……ならば、罠にかけるまで」

 そう言うと彼は風のように跳躍。建物の屋根へ飛び移った。



「ゲオルの言葉を補足しよう。発見された『バレンノースの孫娘』は『偽者』。ソモンという男がそう仕立てあげている」
「っ……!」

「お前は動かざるを得ない。女王としてな」

「ソモンがいる場所、それは――」
「バレンノース城で待っているぞ」

 ル・ハイドはどこかへと去っていった。



「お嬢。大丈夫か?」
「ええ……ここで剣を交えずに済んで……ヒノカに何もなくてよかったと思います」

「……あのな、ちょっと顔つきが変わっとるで。ゲオルの話を聞いてからや」



「バレンノース公の孫の偽物とは、さきほどおひねりをくださった方ではないかと……純金を渡すなんて普通ではないでしょう?」

「あの時はまだ偽物だと聞いてへん。話そらすな」

 あっさりとヒノカにつっこまれた。
 女王は嘘が苦手なぶん、言葉にせず伏せておくことには長けている。物心がつく前から女王として政治にかかわってきたからだ。

 しかし彼女には通じなくなってきている。ともに旅をする仲で……素の顔をよく知るからだろうか。
 それは嬉しく思っているが、今回に限ってはすこし困る。



「なんで『孫が見つかった』って聞いて、あんなに驚いたんや?」

 核心をついてきた……

「貴族の娘がどこぞの男と駆け落ちした、なんてよくあるウワサやろ。お嬢……何を知っとるんや」

 鋭い考察がとても手ごわい。もはや言葉のやりとりでは爺や……ジョゼフ以上かもしれない。
 急にふきつける風が、女王たちの髪をゆらしていた。



「明日、あの娘さんが再び来るか確かめましょう。それができたら全て話します」

 ある意味『逃げ』ではあるが、今は確証のない情報ばかりなのも事実。

 金のインゴットをおひねりに渡してきた少女こそが、発見されたバレンノース公の孫娘……その偽物である。
 か細い理屈の糸がつながるか、はたまた切れるのか。

 お忍びの道中、『不安』を感じたまま就寝するのは初めてのことだった。





「よってらっしゃいみてらっしゃい! さあさあ、お代は観てのお帰りやー!」

 翌日。
 同じ時間、同じ場所でヒノカが芸を披露しはじめた。女王もまたいつものように、頃合いを見ておひねりの回収をする役だ。



「来た……」

 集まった見物客がもりあがってくるころあい……あの少女が、他の人々よりもいくらか離れた場所に立っていた。

 目を閉じて笛の音に耳を傾けている様子だった。そのうちに涙がこぼれはじめ、両手で顔を覆う。

 ただならぬ事情があるのだろうか。女王は調査のためではなく、彼女ためにできることはないかと考えた。
 これが終わったら声をかけよう……そう考えながら皿を手にとって小銭を集めはじめたとき。

 銀貨を何枚もいれる者がいた。メイド服を着た、よく知っている顔――

「どーも。お元気そうで」

 ルネだった。
 調査のためコルン地方に残っていた彼女が、ようやく追いついてきたのだ。
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