蒼天の城

飛島 明

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幕間(2)

火炉(ほろ)との明日(1)

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 そしてまた、遣いがきた。

 以前、諏名姫の母君と約束を交わしたという、凩組こがらしぐみの長。不知火しらぬい 長嶺ながみねが諏和賀に来訪することを告げるものであった。

 いつもの朝の御前会議の際、領主である諏名姫からそのことが告げられた。
 主だったものたちは、領主の諏名姫との縁談の主である長嶺の来訪に渋面であった。
 が。
 諏名姫が重ねて、
『不知火の杜を助ける為に、かの杜への入植を希望する民人を探す事を約束した』こと、
『長嶺の花嫁御寮に、自分ではない他の女を娶わせる為の来訪なのだ』、
 と説明したことで、彼の来訪を受け入れることになったのだ。


 彼の宿泊所をどこに設けるかを議論した結果。嫁探しが目的であることを考えて、諏和賀の邑の集会所に定めて散会となった。

 皆、ある若者の顔色を気にしていた。
 怒り=おぬしがぼやぼやしているから=の感情。
 とまどい=どうするんだ、おぬしは=の感情。
 それらの視線を受け止めながら、草太はいつものように諏名姫の後ろに静かに控える。

 ふと、あの山中の洞窟での一夜を思い出していた。



 ◇


(あの時の菜をはおかしかった)
 熱に浮かされたように、草太の躯を求めてきた。
 引き剥がそうとしてもしがみついて離れない。四肢を絡められ、菜をの火のような息がそこここにかかり、潤んだ瞳でみつめられた。
『兄者が好き!』
 娘から告げられて、男の躰の中を熱いものがタラタラと伝わった。

 菜をからの激白は続く。
『兄者じゃなくちゃ嫌なの!
お願い、わたしのことを好きじゃなくてもいい。
憎まれているのはわかっている、だけど一度でいいから抱いて……っ』

 (媚薬を。おそらくは『蛾楽』を盛られたな……!)
 草太は悟った。
 探索してきた折々、色里で蛾楽を使っている大尽だの、暗殺されてきた領主などを見てきていた。ぴんと来たのだ。

(お前を憎んでいる訳はないだろう!)
 憎んでいる、と思い込んでいた時期もあった。そうでもせねば、”妹”に名乗りをしかねない自分が居たからだ。

 しかし。
 菜をに涙ながらに己への恋心を告げられた時は、そのまま押し倒しそうになった。彼女の躯を貪りそうになる欲望が膨れ上がり、それを抑制するには、すさまじい力を必要とした。
 火照った女の躰を抱きしめて共に枯葉の寝床に横たわりながら、己を必死に律していた。草太は彼女の躯に己を雄として刻み付けたい、という欲望と戦わねばならなかったのだ。

(反則だぞ、諏名!)
 思い出す度、草太は躯の芯奥に、沸々と湧き上がってくる何かを感じる。草太の躯に強烈に刻み付けられた、菜をでありながら諏名姫という『女』の記憶。



(あいつは、あんなふうに。焔のように男を愛すのか……!)
 燃やし尽くされたかった。
 そして、自分も燃やし尽くしてやりたかった。




 ◇

 思い出すと、今でもその場で菜をを奪ってしまいかねない己がいる。
(菜をの、あんな姿を他のどんな男も知ることは赦さない)
 そう思うと、長嶺が菜をの寝所に忍び込んできた時のことも蘇り、草太の心を苛む。


(あの時)

 長嶺が菜をの寝所に予想通り忍んで来た時。
 あの場で長嶺を八つ裂きにしようと思っていた。あろうことか成行きを見守っていた疾風さえも手にかけ、菜をを奪って逃走しようと考えている己に気づいた。必死に気配を出さぬよう、己を殺していたのだ。




(その長嶺が、諏和賀にくる)


 諏名は不知火の杜に入植させる民人を実際に選別していた。花嫁御寮を探す為の尽力を惜しまないようであったが、長嶺は今度こそ菜をを我が物にするためにくるのであろう。

 そして軍組織の長である草太が、長嶺が滞在する間は客人の身辺を護衛するのだ。
 草太は今度こそ自制できるかどうか、己のことながら己の心が読めなかったのであった。

「伯父貴。
もしかしてあなたが、諏名の母者を手に入れられず。
手に入らなねば、諏和賀ごと滅ぼしたい、と思った感情はこういう感情か……」


 草太はそっと天を仰ぎ見た。
 思えば、来訪者の命を一番に狙っている男が護衛とは、皮肉な話ではある。




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