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幕間(2)
火炉(ほろ)との明日(3)
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邑長たちがここまであからさまに言うことは、一度としてなかった。
その青年とは。
「諏名姫」
長嶺が諏名姫に向き合った。彼の真摯な瞳が諏名姫の瞳を捕らえた。
「長どのたちが言っているのはまことか」
「まことです。わたしには、好いた男がいる」
震えるような小さな声であったが、諏名姫はしっかりと瞳をそらさず、長嶺に伝えた。
長たちがほうっとちいさな声を漏らした。
実をいえば諏名姫が好いた男がいると口にしたのは、この時が初めてであったのだ。
周囲からみれば、連理の枝とも比翼の鳥ともみえる二人。それが、なかなか進展しない。お互いへ恋心を伝えているのかすら、怪しい。
長たちの意識は、そっと静かに佇み先ほどから一言も口をはさまない青年に集中した。
その様子を疾風がはらはらと見守っている。
長嶺がまた、静かに訊ねた。
「その男ともう、言い交わしているのか」
「…………」
諏名姫は俯いた。
その様子をみて、長たちはまた青年に怒りの気をぶつけた。
(どこまで、うつけか!)
(この後に及んで、まだ名乗りを上げておらんとはっ)
(姫を他国の男に取られてよいのか?)
「言い交わしてはおりませぬ」
諏名姫はいよいよ細い声でいった。
「なぜ」
長嶺は問うた。
「その男には心に決めた娘がいるゆえ」
「!」
思っても見なかった諏名姫の言葉に皆、どよめいた。
「それでも、そなたは領主。
その一声で、望みの男を手に入れることができよう」
長嶺の言葉に、諏名姫はいっそ淡々と返した。
「私を救う為に大勢の者が死んだ。
幼い私の身代わりになって首を討たれた娘もいる。
私の魂は血塗られた道の上にある」
「……」
一堂は、しんとなり。諏名姫の言葉に聞き入った。
「私一人が幸せにはなれぬ。
私がその者達に償えるとすれば、己を捨てて諏和賀を愛し、守り抜くこと。
私が憎くてたまらぬのに、変わらぬ心で諏和賀を愛し護ってくれている男がいる」
は、と息と誰かが飲んだ。
「一人の娘を思い続けているその男に。
私情に駆られて、私のものになれとはいえぬ」
静かな声だけに、どれだけ苦しい心情を吐露しているのか。まったく思わせぬ声で諏名姫は語った。
一同は気を呑まれた。
姫が、一生の恋を自ら封じるつもりであることがわかったのだ。
長たちはみな、おろおろと姫と、長嶺と。そして、草太を交互に見ていた。
長嶺もせんから気づいていたのであろう、静かな視線をまっすぐに草太に向けた。
「瘤瀬の草太どのか」
草太は軽く頭をさげた。
「久しいな、不知火の杜以来だ」
「は」
「そなたは諏和賀の里長の一人で、軍組織を束ねる、実質一の長と聞く」
「いかにも」
「そなたは、諏名姫の母君の姉君を母御にもたれているそうだな」
いつのまに、そこまで調べていたのか。
だが、邑人たちが草太を頼りにしているのを目にすれば。
草太がいつも諏名姫の近くにいること。
諏名姫の草太を見るまなし。
それらを見ていれば、この聡明な青年には感じることがあったのであろう。
長の一人であることも。諏名姫の年長の従兄弟であることも。諏和賀の里の者ならば、誰でも知っていることだ。
草太と長嶺の視線が同じ軌道になった。どちらも目をそらさない。
「ああ」
草太は静かに応えた。
「そなたが諏名姫の想い人か」
長嶺の言葉に諏名姫が、びくり、と躯を震わせた。
死ぬまで口にしないと決めていた想い。
「そなたは姫の想いに応える気はないのか。
皆は姫とそなたが夫婦になってくれればよいと思うているようじゃがの」
男の問に、男は応えなかった。
……草太は、応えることが出来なかった。
菜をを想えば、あのマグマのような熱い思いがわきあがってくる。しかし、こはとの顔がちらつく。するとマグマは冷えていく。
こはとの、もの言いたいような焦れた悲しげな顔。
己がどうしたいのか。
大事にしようと思っている娘。
何をおいても、何を滅ぼしても、護るべき者。
半身のように傍らにあることが自然な存在。
ふと、功刀と交わした言葉を思い出した。
その青年とは。
「諏名姫」
長嶺が諏名姫に向き合った。彼の真摯な瞳が諏名姫の瞳を捕らえた。
「長どのたちが言っているのはまことか」
「まことです。わたしには、好いた男がいる」
震えるような小さな声であったが、諏名姫はしっかりと瞳をそらさず、長嶺に伝えた。
長たちがほうっとちいさな声を漏らした。
実をいえば諏名姫が好いた男がいると口にしたのは、この時が初めてであったのだ。
周囲からみれば、連理の枝とも比翼の鳥ともみえる二人。それが、なかなか進展しない。お互いへ恋心を伝えているのかすら、怪しい。
長たちの意識は、そっと静かに佇み先ほどから一言も口をはさまない青年に集中した。
その様子を疾風がはらはらと見守っている。
長嶺がまた、静かに訊ねた。
「その男ともう、言い交わしているのか」
「…………」
諏名姫は俯いた。
その様子をみて、長たちはまた青年に怒りの気をぶつけた。
(どこまで、うつけか!)
(この後に及んで、まだ名乗りを上げておらんとはっ)
(姫を他国の男に取られてよいのか?)
「言い交わしてはおりませぬ」
諏名姫はいよいよ細い声でいった。
「なぜ」
長嶺は問うた。
「その男には心に決めた娘がいるゆえ」
「!」
思っても見なかった諏名姫の言葉に皆、どよめいた。
「それでも、そなたは領主。
その一声で、望みの男を手に入れることができよう」
長嶺の言葉に、諏名姫はいっそ淡々と返した。
「私を救う為に大勢の者が死んだ。
幼い私の身代わりになって首を討たれた娘もいる。
私の魂は血塗られた道の上にある」
「……」
一堂は、しんとなり。諏名姫の言葉に聞き入った。
「私一人が幸せにはなれぬ。
私がその者達に償えるとすれば、己を捨てて諏和賀を愛し、守り抜くこと。
私が憎くてたまらぬのに、変わらぬ心で諏和賀を愛し護ってくれている男がいる」
は、と息と誰かが飲んだ。
「一人の娘を思い続けているその男に。
私情に駆られて、私のものになれとはいえぬ」
静かな声だけに、どれだけ苦しい心情を吐露しているのか。まったく思わせぬ声で諏名姫は語った。
一同は気を呑まれた。
姫が、一生の恋を自ら封じるつもりであることがわかったのだ。
長たちはみな、おろおろと姫と、長嶺と。そして、草太を交互に見ていた。
長嶺もせんから気づいていたのであろう、静かな視線をまっすぐに草太に向けた。
「瘤瀬の草太どのか」
草太は軽く頭をさげた。
「久しいな、不知火の杜以来だ」
「は」
「そなたは諏和賀の里長の一人で、軍組織を束ねる、実質一の長と聞く」
「いかにも」
「そなたは、諏名姫の母君の姉君を母御にもたれているそうだな」
いつのまに、そこまで調べていたのか。
だが、邑人たちが草太を頼りにしているのを目にすれば。
草太がいつも諏名姫の近くにいること。
諏名姫の草太を見るまなし。
それらを見ていれば、この聡明な青年には感じることがあったのであろう。
長の一人であることも。諏名姫の年長の従兄弟であることも。諏和賀の里の者ならば、誰でも知っていることだ。
草太と長嶺の視線が同じ軌道になった。どちらも目をそらさない。
「ああ」
草太は静かに応えた。
「そなたが諏名姫の想い人か」
長嶺の言葉に諏名姫が、びくり、と躯を震わせた。
死ぬまで口にしないと決めていた想い。
「そなたは姫の想いに応える気はないのか。
皆は姫とそなたが夫婦になってくれればよいと思うているようじゃがの」
男の問に、男は応えなかった。
……草太は、応えることが出来なかった。
菜をを想えば、あのマグマのような熱い思いがわきあがってくる。しかし、こはとの顔がちらつく。するとマグマは冷えていく。
こはとの、もの言いたいような焦れた悲しげな顔。
己がどうしたいのか。
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何をおいても、何を滅ぼしても、護るべき者。
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ふと、功刀と交わした言葉を思い出した。
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