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第三章 次世代編
山中での抱擁(3)
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里に帰ると、珍しく疾風が里に来ていた。疾風は人気者なので、人だかりが出来ている。
「疾風!」
帰蝶は嬉しくて、口を開いたが、声は女が発していた。疾風がこちらをみる。
「おう、透湖。帰蝶と一緒か」
「疾風を知っているの?」
帰蝶はかりかりして透湖に詰問した。瞬間的に、お似合いだと感じた。
くたびれた布を取り去ったところを見た。肩から革を巻いた腕を出し、太ももで切った裾から同じく革を巻いた脚がすらりと伸びているのは、瘤瀬衆となんら変わらぬ。
それは。
大男の疾風の傍に立っていても、いい具合に釣り合いのとれた背の高さであるとか。
晒しを巻いた上からでも、胸があふれんばかりに豊かで白いのが見て取れるとか。帯できりきりと巻いた腰がどきりとする程くびれているとか。同じ格好をしていても、匂やかな色香が漂ってくるような物腰。
……そんな処ではなく。
きらきらとした光を躍らせながらも、思慮深そうな眼差し。若々しいながら、あらゆる死地をくぐりぬけた者かのような落ち着いた物腰。
疾風に似合う、大人の女であることを感じさせたのだ。
瞬間、帰蝶は自分の体を見下ろした。ほっそりとした、ちっぽけなまだ子供子供した自分の体を憎たらしく想った。
なんで。
なんで、あたしは似合う年に生まれなかったの。
(おや?)
透湖の瞳が興味深そうに瞬いた。
「ええ。とってもね。ねえ、疾風兄者?」
透湖が色っぽく疾風に同意を求めた。
「あ? ……ああ、そうだな。帰蝶。じい様はどこにいる?」
疾風は帰蝶を顧みた。
「棟梁」
小屋に帰り着くと帰蝶は膝をつき、時苧に呼びかけた。
(さすが、公私は混同しないか)
透湖は思った。
時苧が顔をあげた。
「棟梁。ご無沙汰しておりました。
透湖、お召しによりはせ参じました」
片膝をつき、軽く頭を下げた。瞳にいたずらっぽい光が踊っている。
時苧がじっと透湖の顔を眺め、やがてぽつり、と言った。
「ぬしがきおったか。大物じゃの」
そう呟くと帰蝶に向き直った。
「お互い、顔名乗りは済んでおるようじゃが。
帰蝶。この仁はな、ぬしの為に呼び寄せたのじゃ」
「あたしの為? なによ?!」
とたんに帰蝶がわめいた。
おしかぶせるように時苧が
「控えよ、帰蝶。
この方はぬしより鍛錬を積み、経験を重ねているお方じゃ。
ぬしがないがしろにしていい方ではない。しっかり精進せい」
滅多に使わない厳しい調子であった。
「ぬし、宿はどこにとる」
時苧は透湖に訊ねた。
「せっかく既知の疾風兄者とお会いしたので、兄者の小屋に寝泊りさせて頂いてよろしいですか」
時苧が目をむいた、ように見えた。
「ぬし……、疾風の小屋に泊まる、と申すか」
時苧の驚きは、男女が同じ小屋に同宿する、ということに来ているようであった。
疾風はにこにことしている。それが帰蝶には腹立だしかった。
「無論、帰蝶どのもともに」
帰蝶はどきん、とした。
夫婦でもない者が同じ小屋で寝るなど。
(ましてや、疾風となんて!)
「帰蝶も、ですか?」
いつのまにか、阿蛾が帰ってきていた。
「ええ。帰蝶どのは今まで、親御どのと離れて暮らしたことはないでしょう。
いい機会だと思います。それに」
透湖はいたずらっ子のように言った。
「久しぶりの里なのでね。
ゆっくりお山を廻ろうと思いますので、疾風兄者の小屋にも荷物を置かせていただくだけでしょう」
この女は、この険しい山々を何日かかけて縦走つもりだと、平然と言ってのけたのだ。
(つまりは山中を野宿で廻るということだ!)
帰蝶は吃驚した。
なんのかんのいっても鍛錬はこの里でしか行っておらず、里の外もあまり出たことはないのだ。実のところ、諏和賀ですら、自分の脚で行ったことはない。
「面白そうだな。オレも同行しよう」
疾風が同意した。
「いいの? 兄者、御用があったのでしょう?」
透湖がしっとりと訪ねた。
「まあ、じい様に顔みせにな。
もともと、そろそろ山の獣が子育ての時期だ。
仕掛けを外し忘れている罠がないか、見回らないとな」
帰蝶はひやっとした。
さっき、その外し忘れた罠の処でこの透湖と出合ったばかりだ。
「じゃ、話は決まったわね。とりあえず今晩はこの里に草鞋を脱ぎますか」
透湖がいい、出立は明日となった。
「疾風!」
帰蝶は嬉しくて、口を開いたが、声は女が発していた。疾風がこちらをみる。
「おう、透湖。帰蝶と一緒か」
「疾風を知っているの?」
帰蝶はかりかりして透湖に詰問した。瞬間的に、お似合いだと感じた。
くたびれた布を取り去ったところを見た。肩から革を巻いた腕を出し、太ももで切った裾から同じく革を巻いた脚がすらりと伸びているのは、瘤瀬衆となんら変わらぬ。
それは。
大男の疾風の傍に立っていても、いい具合に釣り合いのとれた背の高さであるとか。
晒しを巻いた上からでも、胸があふれんばかりに豊かで白いのが見て取れるとか。帯できりきりと巻いた腰がどきりとする程くびれているとか。同じ格好をしていても、匂やかな色香が漂ってくるような物腰。
……そんな処ではなく。
きらきらとした光を躍らせながらも、思慮深そうな眼差し。若々しいながら、あらゆる死地をくぐりぬけた者かのような落ち着いた物腰。
疾風に似合う、大人の女であることを感じさせたのだ。
瞬間、帰蝶は自分の体を見下ろした。ほっそりとした、ちっぽけなまだ子供子供した自分の体を憎たらしく想った。
なんで。
なんで、あたしは似合う年に生まれなかったの。
(おや?)
透湖の瞳が興味深そうに瞬いた。
「ええ。とってもね。ねえ、疾風兄者?」
透湖が色っぽく疾風に同意を求めた。
「あ? ……ああ、そうだな。帰蝶。じい様はどこにいる?」
疾風は帰蝶を顧みた。
「棟梁」
小屋に帰り着くと帰蝶は膝をつき、時苧に呼びかけた。
(さすが、公私は混同しないか)
透湖は思った。
時苧が顔をあげた。
「棟梁。ご無沙汰しておりました。
透湖、お召しによりはせ参じました」
片膝をつき、軽く頭を下げた。瞳にいたずらっぽい光が踊っている。
時苧がじっと透湖の顔を眺め、やがてぽつり、と言った。
「ぬしがきおったか。大物じゃの」
そう呟くと帰蝶に向き直った。
「お互い、顔名乗りは済んでおるようじゃが。
帰蝶。この仁はな、ぬしの為に呼び寄せたのじゃ」
「あたしの為? なによ?!」
とたんに帰蝶がわめいた。
おしかぶせるように時苧が
「控えよ、帰蝶。
この方はぬしより鍛錬を積み、経験を重ねているお方じゃ。
ぬしがないがしろにしていい方ではない。しっかり精進せい」
滅多に使わない厳しい調子であった。
「ぬし、宿はどこにとる」
時苧は透湖に訊ねた。
「せっかく既知の疾風兄者とお会いしたので、兄者の小屋に寝泊りさせて頂いてよろしいですか」
時苧が目をむいた、ように見えた。
「ぬし……、疾風の小屋に泊まる、と申すか」
時苧の驚きは、男女が同じ小屋に同宿する、ということに来ているようであった。
疾風はにこにことしている。それが帰蝶には腹立だしかった。
「無論、帰蝶どのもともに」
帰蝶はどきん、とした。
夫婦でもない者が同じ小屋で寝るなど。
(ましてや、疾風となんて!)
「帰蝶も、ですか?」
いつのまにか、阿蛾が帰ってきていた。
「ええ。帰蝶どのは今まで、親御どのと離れて暮らしたことはないでしょう。
いい機会だと思います。それに」
透湖はいたずらっ子のように言った。
「久しぶりの里なのでね。
ゆっくりお山を廻ろうと思いますので、疾風兄者の小屋にも荷物を置かせていただくだけでしょう」
この女は、この険しい山々を何日かかけて縦走つもりだと、平然と言ってのけたのだ。
(つまりは山中を野宿で廻るということだ!)
帰蝶は吃驚した。
なんのかんのいっても鍛錬はこの里でしか行っておらず、里の外もあまり出たことはないのだ。実のところ、諏和賀ですら、自分の脚で行ったことはない。
「面白そうだな。オレも同行しよう」
疾風が同意した。
「いいの? 兄者、御用があったのでしょう?」
透湖がしっとりと訪ねた。
「まあ、じい様に顔みせにな。
もともと、そろそろ山の獣が子育ての時期だ。
仕掛けを外し忘れている罠がないか、見回らないとな」
帰蝶はひやっとした。
さっき、その外し忘れた罠の処でこの透湖と出合ったばかりだ。
「じゃ、話は決まったわね。とりあえず今晩はこの里に草鞋を脱ぎますか」
透湖がいい、出立は明日となった。
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