蒼天の城

飛島 明

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番外編

白昼の盗賊

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 ――父の記憶は僅かしかない。

 父は彼の棲んでいた邑の長で、しょっちゅう「タンサク」という名の旅をしていた。
 そして暇があれば、城へ上がり、邑や里の見回りをし。
 里にいても3日位、平気で母と自分の待つ家に戻らない日もあった。今にして思えば、時苧のいる.瘤瀬を訪れていたのだろう。

 だけど、寂しくはなかった。
 幼い頃彼は病勝ちで、面輪も女の子のように優しく、里の悪童たちと集う機会は余りなかった。
 しかし、母はいつも彼の側にいてくれた。父もいる時はいつも彼を抱き上げ、肩車をしてくれた。そうして歩いて見聞してきた色々な那のことを話して聞かせるのだった。



 彼の人生が変貌したのは6、7歳くらいのときだ。
 馴れ棲んでいた里も、父も母も幼友達も戦火の中、すでに灰燼となりはてていた。
 彼は、母が地下にうめてあった甕の中に隠され、暗闇の中震えていたのを棟梁に助け出されたのだ。



 そしてこの里に連れてこられて幾年。
 この里は大人が何人かしかおらず、子供達は自分のことは自分でせねばならなかった。
 新鮮な空気の中、いつしか彼は余り病を得なくなった。背丈は十歳児の身長を優に超えていた。けれども優しい、悪く言えば人と争ってまで何かをしない、という性格は幼い頃のままであった。

 愚鈍ではなかったが、身長に比して体重がおいつかず、力仕事は苦手だった。
 そんなとき、よく一人の少年が手伝ってくれた。
 自分と同じ年長組に属している少年で、いつも時苧が課す鍛錬の中で、最も厳しい修行をしている少年であった。


 日焼けしていてそれなりに筋力はありそうだったが、身長は小さかった。なんとなく、彼は少年を年下と考えていた。
 大人びていた彼からすると、少年はやんちゃそうで、きかんきそうだった。
 そして、少年はいつも口をへの字にひんまげて何も言わず、ぶっきらぼうであった。てっきり祖父に命ぜられて、自分のことを不承不承手伝ってくれているのだと思っていた。
 意地の張り合い力の誇示のし合いから、よく思い水桶を取合っては、全てぶちまけてしまった。シミ婆に叱られて、また遠い水汲み場まで水を汲みに、ということはしょっちょうであった。



 父とも守護神とも慕う時苧が不在のときであった。
 隠され、秘められた里であったが、たまたまその旅人は運よく里に迷い込んだ。
 ――その旅人にとっては、だ。
 男は、亭主持ちの女と駆け落ちしたが、追っ手を振り切るために足手まといに感じ出した女を谷に放り投げた。一人で山中を彷徨っていたところを偶然、この里に迷い込んだのだ。

 男は子供しかいないこの里を不思議に思ったが、すぐに自分に都合よく解釈した。
 いきなり、近くにいた子供を鷲掴みにした。女の血がこびりついている刀を振りかざして、子供達を脅しつけようとした。

「このわっぱの命が惜しかったらワイのめいに従え!」

 男が掴んでいたのは、彼をいつも渋々手伝ってくれている少年であった。
 少年には、怯えた様子はない。いつもどおり、不貞腐れたような表情でいるだけだ。

 時苧による体術は訓練が始まったばかりだった。子供達はどうしていいかわからず、遠巻きにしていた。
 男は子供達に食べ物を持ってこさせ、里にいる人間を全て出させた。

「これで全員かあっ」
 男がえた。
 子供が数十人の他は、歩くのがやっとの老婆。
 あとは病気や怪我で、四肢のあちこちがきかぬような老人。
 子供達は怯えていたが、一様に頷いた。

 彼は気づいた。
(あの子がいない)

 不貞腐れた少年の後ろを、ちょこまかといつもついてくる少女。
 彼女の世界には少年と時苧しかいないようであった。しかし、時折目が合うとにこっと笑ってくれて、彼はいつも慰められていたのだ。

 その少女がいない。

 周囲の子供達は怯えていて、その少女がいないことにも気づいておらぬようであった。
 大人たちは当然、その少女がおらぬことは口には出さぬ。彼は他の子供がなにも気づかないことを祈った。

 食事が運ばれてきた。
 食事を捧げ持っていた一人の子供が恐ろしそうに男に近づく。男はにやり、と笑い、近くにいた彼を差し招いた。彼に毒見をさせようと言うのだ。
 彼はおそるおそる口に運んだ。何が混入されていようと絶対に表に出すまいと思った。毒見する少年を男が見守り、数時間のような数分が過ぎた。

 ようやく男は安心したのか、がつがつとたいらげた。数十分が経ち、男がふと、ぐらついた。と、男の上にある枝から猿が飛び降りてきた。
 猿、と見えたのは目の錯覚だった。小さな人間が男の頭に向かって棍棒を振り下ろしながら、飛び降りているところであった。

「兄じゃ!」
 小さな人影は叫んだ。
 棍棒は狙い違わず男の頭を直撃した。と、その機会を少年は見逃さず、隠し持っていた短剣で屈んだ男の太ももを刺した! ……筈が、少年はがっしりと腕をつかまれた。

「形勢逆転だな、この餓鬼ども!」
 男は勝ち誇ったように言った。そして少年を仰向けに倒すと、その腹を容赦なく踏みしめた。
「!」
 少年の口から濃い血の色の飛沫が飛び散る。

 少年は踏まれた拍子に肋でも折られたか、もしくは内臓を傷つけられたか。男に引きずられたたまま、それでも闘志を失っていない瞳であった。
「餓鬼のくせに舐めた真似してくれるじゃねえか、ええ?」

 男は血走った目で皆を睨んだ。
「今、上から飛び降りたヤツ、出て来い!」
 男は吼えた。その言葉で気づいたのだが、飛び降りた筈の少女がおらぬ。
(逃げたのではない。反撃の機会を窺っているのだ)
 彼はぐらつく躯で思った。
「ご丁寧に眠り薬を盛りやがって!
だが生憎だったな、ワイの体は毒に馴らしてあるのよ!」

 毒見を考えて、速攻の毒でないことが仇になったか。

「おまえら、大人をどこに隠してやがる!」
 多分、男の食事に薬草を混ぜたのも、少女の機転だろう。
 彼よりも幼い少女が、時苧の鍛錬を消化していることに彼はかすむ頭で感嘆した。
 短刀を隠し持ちながら隙を狙っていた少年といい、反撃を試みた少女といい。男も子供達に只者でない風情を感じ取っていたようだが、男は誰か大人の差し金だと考えていたのだ。

(見せしめをしてやるッ!)


 男は彼に顎をしゃくった。
「おい、てめえ。
毒見をしたおまえだ。俺の刀を拾え」
 男は、少女の一撃を受けたときに刀を手放していた。その代わり、己の太ももに刺さっていた少年の短刀を引き抜いて、手にしている。
 彼は震える手で男の刀を拾い上げた。剣は重く、薬のせいだけではなく彼の体がよろめいた。
 ぎらぎらと太陽に反射し、赤黒い血がこびりついている彼の背丈ほどある刀。がたがたと熱病のような震えが全身をつらぬき、止まらない。

 男は完全に彼を見下していた。
「童。その刀をもってこい。
そうしたら、おまえは見逃してやる」
 そして、踏みしだいている少年を憎々し気に見降ろした。
「まってろ、この糞餓鬼め。
目を抉り出して鼻をそいで、それから八つ裂きにしてやるッ」

 彼は震える足で一歩、一歩男に近づいた。
 刀が男に近づき、男がつられて手を伸ばしたそのとき。男の足元に踏みしだかれている少年が渾身の力で男の足にかじりついた。
 非力なようにみえたが、つぼを心得ているようで、頑丈な男の躯がぐらついた。
 男が、短剣を少年の喉元目掛けて振り下ろした瞬間。
 彼の体のどこにそんな力があったのか、彼は男めがけて突進した。
 少年のせいで均衡を喪っていた男の体はあっけなく後ろに倒れた。勢いのまま、彼が男に馬乗りになる格好になった。
 彼が男を殴ろうとしたとき、顔面を灼熱が襲った。

(熱い!)
 訳もわからず、彼は獣じみた声をあげて馬乗りになったまま滅茶苦茶に暴れだした。短剣は彼の目に刺さったままで、男も暴れまくる彼を御せないでいた。
 と、男の頭の方に近寄った少年が男の首に刃物を当て、一気に掻き切った。びゅっと生暖かいものが彼を襲い、彼は視界を奪われた。



 気が付くと、彼は寝床に横たえられていた。口轡を噛ませられいるようで、うまく口が閉じられなくて涎が垂れそうになる。
 頭全体がずきずきと痛み、熱で彼はぼーっとしていた。視界もぼんやりとしている。
 ふと、見るとあの少年が上半身をぐるぐる巻きにされて、彼の横に端座していた。

「大丈夫か」
 少年が彼に尋ねた。
「おまえの左眼、だめみたいだ」
 少年はきっぱりと言った。

 彼はのろのろと手を顔にやった。頭にぐるぐると布がまきつけてある。
(もう、無いのか……)
 不思議と悲しくは無かった。片目くらい、なんであろうか。眼玉一つで目の前の少年の命と引き換えに出来たのだから。
(父者が見て居てくだされたら、きっと褒めてくださってた)

「おまえ、すごいな。
他のやつらが動けなかったのに、咄嗟に動けるなんて」
 少年の声は素直に感嘆していた。
「なんにも……出来なかった」
 無意識に獣のように咆哮して声が掠れたのであろう、彼はしゃがれた声で言った。それだけ喋るのも精一杯で、左目があった孔から激痛が頭全体に及んだ。

 彼は打ちひしがれていた。
(違う)
 毒を盛ったのも、反撃の機会を作ったのも、あの少女だ。
 腹を蹴られ、血反吐を吐いても闘志を喪なわなかった少年が導いた勝利だ。

「違う、おまえは眠り薬が盛られていないふりをした。
あいつは薬が効かなかったけど、おまえが薬でふらふらしているのを見て、それで油断したんだ」
 少年は熱心に言った。
 彼は少年が冷静に状況を読んでいたことにも感嘆し、自分に落胆した。
「……」

 奇妙なことに、少年は少女の機転にはなにも触れなかった。

「あの子は……無事?」
「あの子?
ああ、菜をか。
まだまだ気配を絶つのが甘いよなあ。
オレ、あの爺にばれるんじゃないかってひやひやしちゃったよ。
もっと鍛錬させないとなー」
 少年は陽気にいい、腹を抑えた。

「だいじょうぶ?」
「う……、ちょっとな。
でも、肋がイカレただけだから、おまえより平気さ」
 彼ならば腹を蹴られた時点でもう闘う意思をなくしていただろう。改めて少年のことをすごい、と思った。

「おれ、年下のおまえに助けられちゃったな……」
 彼ははにかんでいった。
 しかし、年下でも少年に助けられたことは恥ずかしいとは思わなかった。
「えー?年下っておまえいくつだよ?」
 少年が不思議そうに呟いたので、今度は彼が不思議そうに少年を見上げた。
「え? 年下だろ?
おれは十になったんだよ」
 途端、少年が馬鹿にした眼で彼を見た。

「なんだ、餓鬼じゃねえか。
おれは十一だ。
爺様やシミ婆を抜かせば、俺がこの里の最年長者だ。
いいか、お前。
これからはオレの事、”兄じゃ”て言って敬うんだからな!」
 少年はえっへんと胸をはり、また痛がった。

「ええ? おれより小さいじゃな
……っ、あ、いて!」
 彼は最後まで言うことができなかった。少年が彼の大丈夫な側の頬を思いっきりつねったからだ。
「なんらよ、ちひ!ちひ!」
 彼はそれでも少年をちび、とからかうのをやめなかった。
「おれはちびじゃない!小鷲だ!」
 少年は半ば怒った声でいった。が、怒ってないことはきらきらした瞳であきらかだった。
「おれは疾風」
 彼は名乗った。

 唐突に疾風は思った。
(いつか)
 いつか、この兄じゃにまことの名前を名乗ろう、と。

「はやてえええ~? どんくさいおまえがあ~?」
 草太は思いっきりこばかにした調子で言った。
「なんだよ、そっちはちびのくせに!」
 疾風も負けていなかった。


「菜をも~♪」
 少女が乱入してきた。
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感想 4

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みんなの感想(4件)

楠乃小玉
2018.05.09 楠乃小玉

草太は律儀ですねえ~

2018.05.09 飛島 明

楠乃小玉さま

お読みくださいまして、ありがとうございます。
おそらく律儀さゆえに不器用とも思われてるし、借りはきっちり返す派なので「怒らせちゃいかん」とも思われているかと(o^―^o)ニコ

解除
楠乃小玉
2018.04.12 楠乃小玉

ああーすべての謎がここで解き明かされましたね。
切ないですねえ。
はーっ、
ほんとうに胸にずーんとくるお話でした。
素晴らしかったです。

2018.04.13 飛島 明

楠乃小玉さま

いつもお読みくださり、ありがとうございますm(__)m
時苧なら、その息子なら。これくらいはするよな、と思いまして(o^―^o)ニコ

解除
楠乃小玉
2018.04.08 楠乃小玉

若君を守ってお家再興という隠し砦の三悪人を思い出しました。
なかなかスリリングな展開。

2018.04.09 飛島 明

楠乃小玉さま

お読みくださいまして、ありがとうございます。
ネタバレになってしまうのですが、若者が娘を憎んでる……という設定から、このお話が出来上がりました。
なんで憎んでるんだろう……?と思った次第です。
どうぞ、お楽しみくださいませ(o^―^o)ニコ

解除

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