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第一部 再興編
城堕つ(3)
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時苧の背中で、空気が揺れた。
「父者」
太郎一の気配が出現した。
「菜をを……」
既に、亡者の列に加わったような声。
時苧の背中が震えた。
「菜ををかっ」
「お家を、……護らねばならぬ。諏和賀を救えるのは姫と……のみ。時松も既に……」
太郎一の姿が揺らめいて見える。
そこここが焼け焦げ、あるいは刀や矢により裂けて血が滲んでいた。すでに、気力だけで立っているような鬼気迫る姿だった。
(いや、そもそもここに息子の姿が現れたこの術は)
その弟達と同じように、太郎一ももう、時苧とこの世で顔を合わせることはあるまい。
時苧の咽喉がひくっと空気を吸い込んだ。
「時松が、どうしたと……?」
吉蛾の里で育った若君の身代わりに城で育った時苧の孫であり、眼の前の太郎一の長子である。
訊ねずとも、わかってはいたが。
「お館さまと奥方さまを護るように……」
折り重なって死んでいた。
僅か5歳にも満たない子供が自分に課せられていた責務を悟っていた訳ではなかろうが。
3人の死に様を見届けた太郎一には、そのように思えたのだ。
「父者。菜をはどこだ……」
太郎一の亡者のような声に、時苧がはっと我に帰った。
「草太と一緒に寝かせた。本当にあの子を、」
使うのか。
時苧の顔が歪む。
理性では解かっていた。
(そもそも、太郎一にそのような手段を講じるよう育てあげたのは儂であろうよ)
感情が抑えられず、慟哭のような影が貌に浮かび上がっていた。
その時、童児が小屋の外に出てきた。
いかにも眠そうに目をこすっていた。
「草太っ」
祖父の怯えた声に呼びかけられたとうの童児、草太がつぶらな瞳を祖父に向けた。
「じじ……どうしたの?菜をが起きるよ?」
数えで7つにしかならない子が気配を感じて起きてきたというのか。
時苧が何も言えずにいると、ひょい、と草太が祖父の後ろを覗き込んだ。
太郎一の姿を見て、草太の顔が輝いた。
「ちちじゃ!」
眠気は覚め、草太は父の許に駆け出した。
太郎一は、草太の頭に優しく手を置いた。
「草太。父はこれから長旅に出る。頼みがある。菜をを、此処に連れてきてくれぬか」
「菜をを?」
不思議そうな顔で草太は父の言うことを繰り返すが、素直に小屋に戻っていった。
程なく、小さな息子はよいしょ、と健やかな寝息を立てている妹を腕一杯に抱きしめて出てきた。
草太が見ると、何時の間か父の腕の中には同じような年頃の子が寝息をたてていた。
「その子は?」
草太が指をさした。
「諏名という。今となっては諏和賀の希望だ。この子を護ってやってくれ」
「?」
草太が首をかしげた。
無理もない、まだ草太自身が幼子といっていい年齢なのだ。
「お前が面倒を見てやってくれぬか。じじだけでは手がかかるからな」
そういって太郎一は幼子を草太に差出し、つられたように草太が菜をを父に差し出した。
草太が受け取った子をぎゅ、と抱きしめるのを見て父は言った。
「この子も『なを』と呼ぶがよい」
はっと、時苧が、太郎一に目をやった。
草太の頭ごしに、父見返す太郎一。
時苧は太郎一の考えを察し、目を伏せた。
太郎一が、時苧と草太にやらせようとしていることは。諏和賀の血統を敵から護り抜き、隠し通す為の大芝居なのだ。
何時の日か、土雲衆から、諏和賀の里を取り戻す旗印とする為に。
「わからないよ。父者……なんでこの子も『なを』って呼ぶの?菜ををつれて、どこへ行くの?いつ帰ってくるの?母者は?次郎兄者と三郎兄者は??」
次第に、不審気な表情から不安気な表情へと顔色を変えた草太は次々と質問を重ねていく。
太郎一は優しく微笑んだ。
「さあて。わからぬ。父の足にも遠いところでな。草太、じじを困らせるなよ。息災でいろ。……お前の、新しい妹を、よろしく頼む……っ」
「ちちじゃ?」
草太と時苧が見ている間に菜ををつれた太郎一の姿はぼやけていった。
「ちちじゃあっ」
追い縋ろうとした草太の体を時苧は抱きとめた。抱きしめることしか出来なかった。
「父者」
太郎一の気配が出現した。
「菜をを……」
既に、亡者の列に加わったような声。
時苧の背中が震えた。
「菜ををかっ」
「お家を、……護らねばならぬ。諏和賀を救えるのは姫と……のみ。時松も既に……」
太郎一の姿が揺らめいて見える。
そこここが焼け焦げ、あるいは刀や矢により裂けて血が滲んでいた。すでに、気力だけで立っているような鬼気迫る姿だった。
(いや、そもそもここに息子の姿が現れたこの術は)
その弟達と同じように、太郎一ももう、時苧とこの世で顔を合わせることはあるまい。
時苧の咽喉がひくっと空気を吸い込んだ。
「時松が、どうしたと……?」
吉蛾の里で育った若君の身代わりに城で育った時苧の孫であり、眼の前の太郎一の長子である。
訊ねずとも、わかってはいたが。
「お館さまと奥方さまを護るように……」
折り重なって死んでいた。
僅か5歳にも満たない子供が自分に課せられていた責務を悟っていた訳ではなかろうが。
3人の死に様を見届けた太郎一には、そのように思えたのだ。
「父者。菜をはどこだ……」
太郎一の亡者のような声に、時苧がはっと我に帰った。
「草太と一緒に寝かせた。本当にあの子を、」
使うのか。
時苧の顔が歪む。
理性では解かっていた。
(そもそも、太郎一にそのような手段を講じるよう育てあげたのは儂であろうよ)
感情が抑えられず、慟哭のような影が貌に浮かび上がっていた。
その時、童児が小屋の外に出てきた。
いかにも眠そうに目をこすっていた。
「草太っ」
祖父の怯えた声に呼びかけられたとうの童児、草太がつぶらな瞳を祖父に向けた。
「じじ……どうしたの?菜をが起きるよ?」
数えで7つにしかならない子が気配を感じて起きてきたというのか。
時苧が何も言えずにいると、ひょい、と草太が祖父の後ろを覗き込んだ。
太郎一の姿を見て、草太の顔が輝いた。
「ちちじゃ!」
眠気は覚め、草太は父の許に駆け出した。
太郎一は、草太の頭に優しく手を置いた。
「草太。父はこれから長旅に出る。頼みがある。菜をを、此処に連れてきてくれぬか」
「菜をを?」
不思議そうな顔で草太は父の言うことを繰り返すが、素直に小屋に戻っていった。
程なく、小さな息子はよいしょ、と健やかな寝息を立てている妹を腕一杯に抱きしめて出てきた。
草太が見ると、何時の間か父の腕の中には同じような年頃の子が寝息をたてていた。
「その子は?」
草太が指をさした。
「諏名という。今となっては諏和賀の希望だ。この子を護ってやってくれ」
「?」
草太が首をかしげた。
無理もない、まだ草太自身が幼子といっていい年齢なのだ。
「お前が面倒を見てやってくれぬか。じじだけでは手がかかるからな」
そういって太郎一は幼子を草太に差出し、つられたように草太が菜をを父に差し出した。
草太が受け取った子をぎゅ、と抱きしめるのを見て父は言った。
「この子も『なを』と呼ぶがよい」
はっと、時苧が、太郎一に目をやった。
草太の頭ごしに、父見返す太郎一。
時苧は太郎一の考えを察し、目を伏せた。
太郎一が、時苧と草太にやらせようとしていることは。諏和賀の血統を敵から護り抜き、隠し通す為の大芝居なのだ。
何時の日か、土雲衆から、諏和賀の里を取り戻す旗印とする為に。
「わからないよ。父者……なんでこの子も『なを』って呼ぶの?菜ををつれて、どこへ行くの?いつ帰ってくるの?母者は?次郎兄者と三郎兄者は??」
次第に、不審気な表情から不安気な表情へと顔色を変えた草太は次々と質問を重ねていく。
太郎一は優しく微笑んだ。
「さあて。わからぬ。父の足にも遠いところでな。草太、じじを困らせるなよ。息災でいろ。……お前の、新しい妹を、よろしく頼む……っ」
「ちちじゃ?」
草太と時苧が見ている間に菜ををつれた太郎一の姿はぼやけていった。
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