蒼天の城

飛島 明

文字の大きさ
上 下
23 / 142
第一部 再興編

縺れた縁(6)

しおりを挟む
「初めて引き合わされた時、おはたを一目見て、すぐわかったよ。
おはたもにんまりと笑ってな、ぬけぬけと言いおった。
『おっか様の言いつけどおり、一郎太殿を貰い受けに参りました』とな」
「……」

「恥を偲んで、儂は一郎太に全てを話した。
『儂の汚れを、お前がすすぐ必要はない』とな。
じゃが、一郎太は言ってくれた。
『おはたのおっ母様は親父殿と別れてから苦労したようです。
これも、縁でしょう。オレが幸せにしてやります』とのう」

 時苧が息子の事を誇らしそうに呟いた。

「わしは一郎太を本当の倅と思うておったよ。
婚儀の翌年、生まれた赤子に『太郎一』と名づけたのも。
あまりに一郎太にそっくりでな、嬉しかったからよ。
一郎太もわしに懐いてくれたし、太郎一を可愛がってくれてな。
太郎一なんぞ、わしよりも一郎太の言うことを聞くんじゃからの。
わしらは、うまくいっておったよ」

 元々、子供好きであったのだろう。
 祖父は慈しみに満ちた目をしていた。

 時苧が、瘤瀬の里の子供達に分け隔てなく接している事を草太は思った。

「おもぎの娘を押し付ける形になってしまったことは申し訳なく思ったが、そんな男に育ってくれた一郎太が誇らしくてな。
渋々ではあったが、夫婦になることを承諾したのよ。
儂は2人の婚儀を終えたら吉蛾の棟梁の座を一郎太に譲り、隠居しようと思うておったんじゃ」

 そう語る時苧は、本当に嬉しそうであった。
 2人はしばし、押し黙った。
 その幸せが、何故。こわれてしまったのか。


「おはたを切り殺した一郎太を見て、頭に血がのぼっての。
気づいたら、『貴様など、親でも、子でもない!』と一郎太に向かって吠えておったわ」
 裏切られた悲しみを、そのまま息子にぶつけたのだと。

「わしは、その時の。見捨てられた傷ついた獣のような一郎太の顔が、忘れられぬ」
 時苧は辛そうに言った。

「無論、そんな謀にたばかられる奴が愚かじゃ。
仲間を斬捨て逃げ出した弱さも、わしが仕込み足らなんだ証よ。ただ、……哀れでの」

 好きな女に疎まれる為に、情事を仕組まれた。
 仕組まれたことだとわかっていても、身重になった女を棄てる事は出来なかった。
 それなのに、すべてを棄てて得ようとしたものはまやかしの幸せですらなかった。

「わしはこっそり彼奴の行方を探した。瘤瀬に迎え入れようと思うてな」
 時苧はいったん言葉を切った。
 これから、言い出す自分の言葉を厭うているかのように。

「だが」
 時苧は深い、昏い呻くような声をもらした。
「愚かにも、一郎太が土雲衆として、ここに攻め入るまで、気づかなんだ」
「!」
しおりを挟む

処理中です...