蒼天の城

飛島 明

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第一部 再興編

姫君の伽(6)

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 時苧への恐怖ばかりではない。
 菜をの可憐な肢体を組み伏せる他の男の事など、想い描くも汚らしい。
 菜をに、自分でない男が手をかけたが最後、おそらく草太はその男の首を切り落とすか。心の臓を一突きにする事だろう。

 草太の気持ちを読んだかのように、時苧は。

「ぬしと姫君との間に拵えた赤子は。
姫のお気が済むまで、”我が子”として慈しまれればよい。
その子は、可愛がられれば可愛がられるほど、諏和賀への敬慕の念を育てよう。
姫に正当なお世継ぎが出来たあかつきには……。
そうじゃな、その子はわが瘤瀬に迎え入れようぞ。
忍ぶの次期頭領として、お迎え申そう。
これぞ、初代吉蛾の棟梁の再来じゃの」

「なっ!」
 祖父の人を人とも思っていない冷酷な言葉に、草太の躯に殺気が満ちた。

(諏和賀の忠実な臣に育てあげる為だけに俺の子を……っ、しかも菜をに産ませた子を、下忍にするなど!)
 時苧にとっては草太も菜をも、そして二人の間に生まれる子すらも。諏和賀を護り抜く為の道具に過ぎないのか。

「ぬしも、最後のお勤めじゃ。
姫がご満足いくように、諦めがつくように。たんと可愛がって差し上げるがよい」
「ふざけるなッ」

(妹と思って来た女を抱けるか!)
 そう反論しようとして咄嗟に。
 ……抱ける、と思った。
(ずっと見守ってきた、愛おしい娘)

 他ならぬ菜をだから、オレは抱ける。
 愛おしくて愛おしくて。浅ましい程に欲望をぶつけてしまうことだろう。
(!)

 草太は自分が菜をを組み敷く姿を思い描いて、思わず熱い血潮が躰を駆け巡るのを感じた。

 時苧が楽しそうに、悪魔のような言葉を続ける。
「おお、そうじゃ。
婿殿が姫に骨抜きにされるように、ぬしが仕込んでさしあげよ」
「……なんだ、と……」

「”軒を貸して母屋を盗られる”との諺通りに、婿殿の国をこの諏和賀が牛耳るのじゃ。
婿殿が姫の躰に夢中になるように。
ぬしが姫にとことん、教えて差し上げよ。
それこそ閨ごとをせねば、夜も日も明けぬような躰にして差し上げよ。
婿殿が姫の美しい面と淫らな躰に、狂喜乱舞されるであろうよ」

 ぎらり、と草太の双眸に殺気が満ちた。





「かけ落ちしたくなったか?」
 時苧が、冷酷な頭領の貌から、いつもの茫洋とした祖父の顔に戻った。
「なんだと?」
 草太は、時苧の変貌についていけず、戸惑った。

「こぉーんな人を人と思わぬ爺の思惑にのせられて、
 一途に諏和賀再興を望んでいた自分が馬鹿らしくなったじゃろ。
 どうじゃ。
菜をを連れて、今度こそ、普通の娘として暮らさせようと。
オレはお前の為なら、駆け落ちでも何でも喜んでしてやる、と思ったじゃろ?」
 時苧の瞳がきらきらと潤んでいた。

 草太は、遅まきながら、時苧に嵌められたことを悟った。

「あの子はな」
 時苧が腰を伸ばした。
「あの子はお前のそばにいたいんじゃ。
 妹でも、身分違いの恋人でも、どっちでもいいんじゃよ。
 奥方も吉蛾の出じゃったし。
 問題なかろう?」

 ちらりと草太をみやる。
 そこには竹筒しかなかった。

「やったな!じい様」
 いつのまにか、疾風が時苧の側におり、老人の背中をどやしつけた。
「痩せても枯れても『寿老人』の異名を取ったこのワシじゃ」
 よろけながらも、自慢そうに言う。
「…………?」
 疾風が首を傾げた。
「今までまとめた縁組九十九組、不仲になったものはおらん」
 心なしか、曲った背中がぴん!としたようであった。
「え……だって、じい様自身は女房と別れたんだろ」

 疾風の言葉が終わらぬうちに、げいん!と音がし、疾風は地面にのびた。
 時苧は無視して、満足そうに呟いた。

「記念すべき百組目になりそうじゃ」
「じい様……オレの女房は?」
 疾風が恨めしそうに、地面から言う。
「安心せい。ぬしは百一番目じゃ。新しい節目じゃな」
「ひでぇ……あの2人がくっつくまで、オレは、おあずけかよ」
 それでも、二人はとても嬉しそうであった。
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