夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第15話 国際警察

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 退屈な授業が、いつもより速く感じる。いや、むしろ遅く感じているのかもしれない。
 すでに五時間目の終わりが近づいていた。
 時計が2時20分を指すと同時にチャイムが鳴る。返却された古典の期末テストを机の中にしまい、挨拶をした後、秋はすぐに立ち上がった。

「瑞希! 体育館行こう!」
「分かったから、一回落ち着こう。そんなに急いだってなにも変わらないよ」

 瑞希が少し困ったように言う。その様子に「アハハ……」と少し反省しながら、体育館用の靴をロッカーから取り出し、秋はなるべく落ち着いて体育館へ向かった。






「本日はクラリス国際警察から、佐々木ささき 慎吾しんごさんが来てくださいました。能力についてや、KIPについて話をしてくださるということです。しっかりと聞いてください」

 司会の合図の後に、身長の高い男が前に出てきた。

「クラリス国際警察から来ました。佐々木 慎吾です。よろしくお願いします」

 秋はその姿に見入っていた。しっかりと整ったスーツ姿で、明らかに強そうな体つきのしっかりした見た目。学校という場所にもかかわらず、一切の隙を見せず、いつ何が襲って来ようとも冷静に対処しそうだった。

「まず、皆さんにお話しておきたいのは、能力の使い方についてです。知っているとは思いますが、KIPはクラリスが関係している事件を主に調べています。この中にも、他者に何らかのダメージを負わせることができる能力を持っている人はいると思います。その能力で人を殺すことが無いようにしてください」

 ド直球な言葉に、その場にいた生徒たちは一瞬ざわつく。秋も自分の能力を思い浮かべた。
 秋は簡単に言うと、水を操るクラリスだった。それはただ水を浮かせるだけ、とかではなく、鋭い刃にして飛ばすこともできるため、その気になれば人の首をはねることだってできるかもしれない。しかし、秋はこの力を人のために使うと決めていた。そのためにKIPを目指しているのだ。

 その後も慎吾によるクラリスの使い方や危険性などの説明が続き、十五分くらいが経過したところで秋が待ち望んでいた話が始まった。

「続いて、私達KIPについて説明します。KIPを目指している人は居ると思うので、まずは仕事内容から。先ほども言った通り、クラリスが関係している事件や事故についてメインに調べている機関です。世界中に拠点があり、どの国でも同じようなことをやっています。そのため軍事的な介入はしません」

 戦争などの国と国がぶつかったりするときには、KIPは力を貸さないのが決まりだった。世界中で活動しているため、力を貸したらKIPのメンバー同士が戦うことにもなりかねないため、それは常識だ。

「国際警察と言ってはいますが、警察とは全く違います。裁判だとか、逮捕だとか、そういうことは行っていません。基本、その場で捕らえるか、事件が起きるスパンが決まっている場合には、仮で捕まえた後に監視し続け、その間に事件が起きるか起きないかで判断することが多いです。そのため、KIPが犯人を捕らえたとしても、犯人だと確定するまで報道されることはありません。そうしないと、犯人じゃない人を監視しているときだけ犯行をやめられたら、判断ができないので。あとは、現在全国のKIPに合計二人だけいる、嘘を見分けられるというクラリスを持つ人に調べてもらうことがあります。もし、同様のクラリスを持っている人がいたら、ぜひKIPに入ってほしいくらい重要な人材です」

 これも秋は知っていた。以前KIPに体験学習として行ったことがあったのだ。
 嘘発見のクラリスだったら確定で入れただろうな、と少し残念だった。

「そして、KIPでは訓練も行っています。犯罪の中には、相当な力の使い手によるものもあるため、こちらも戦闘訓練が必要です。これは戦闘系クラリスではなくても行われるので、戦闘系を持っていないからと言ってKIPに入れないとも限りません。事実、私は物を作り出すクラリスなので、戦闘に使う銃や拘束具は作れますが、これは戦闘系クラリスではありません。ただ作れるだけで、戦いに有利な力があるわけではないので」

 訓練。秋が最も興味を持っている部分だった。KIPの訓練では、肉体的な強化のほかに、能力を強化することもできると聞いていた。能力を強化できれば、戦いの幅が増える。水の効率的な操り方や、新しい使い方も学ぶことができると考えていた。





 そうして、約四十分間の講義が終わった。
 秋は満足して、KIPへの期待をさらに大きくして教室へと戻る。そのまま帰りの会を終えて、瑞希と一緒に学校を出た。

「楽しかったー!」
「秋、今日の授業中ずっと落ち着きなかったよね」
「アハハ、やっぱり? 本当に楽しみだったからね。それにしてもすごかったなー、佐々木さんの能力」

 講義の途中、物を作り出すクラリスを披露していた。突然ペンや紙を出したり、実際に使われている拘束具などを出す動作には無駄がなく、反射的に出している様子だった。

「佐々木さん、初めは思い浮かべて作るのに一分くらいかかってたけど、訓練して実践で何度も戦ってきた結果、一秒もかからず出せるようになったって言ってたよね。秋もKIP入ったらさらに強くなれるよ、頑張って」
「ありがとう、でもちゃんと勉強もできないと入れないから、しっかり勉強もやらないとなあ」

 講義の内容を振り返りながら秋と瑞希が歩いていると、いつも通るコンビニに慎吾がいるのが見えた。

「あれ? 秋、あの人佐々木さんだよね?」
「そう……みたいだね。休憩中かな、ちょっと行ってみよう!」

 瑞希が「お邪魔していいのかな……」と言った時には、秋はもう信号を渡ってコンビニに向かっていた。





「佐々木さん!」

 秋が呼ぶと、慎吾が秋の方を向く。相変らずKIPのピンがきらりと光るスーツが似合っていた。

「その制服……さっきの高校の生徒か」

 先程の講義とは打って変わって、砕けた口調で慎吾が応じる。

「はい、天宮 秋って言います。KIPに就職するために、1月の試験を受けさせてもらいます」
「へえ、東京都のKIPを受ける予定?」
「はい、自分が住んでいる場所の方が動きやすいと思って。別の県に出て新しい場所で働くのも悪くないかと思いますが……」
「じゃあ俺の部下になるかもしれないな。クラリスは?」
「水使いです。水を操って刃にしたり、盾にしたりできる戦闘系クラリスです」
「戦闘系か、いいね。知ってると思うけど、筆記試験のほかに体力試験とか能力試験とかもあるから、あと一か月と少しの間、気抜かずに頑張って」
「ありがとうございます!」

 目を輝かせながら話す秋に、慎吾は少し笑いながら丁寧に対応した。

「秋、おいて行かないでよ」

 信号待ちで瑞希が遅れてやってくる。

「あ、ごめん、つい走っちゃった……」
「君もさっきの高校の生徒か」
「はい、暁 瑞希です」
「天宮さんと暁さんね、二人とも気をつけて帰りなよ。C地区内は今も結構いろんな事件あるから。それじゃ、俺はちょっと用事あるからそろそろ行くよ、試験頑張って」

 そう言って慎吾は持っていたペットボトルをごみ箱に捨てて、車に乗った。
 秋と瑞希も、その車が走り去るのを見送ってから、再び家への道のりを歩き始めた。道中、秋が一方的にKIPについて語っていた。
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