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弐章 小鬼の初恋と幽玄の郷
弐 3
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朝早く、あやかし書房の戸を叩く音がする。
「すみません! すみません!」
同時に、悲痛な女の声の呼びかけも聞こえてきた。
羽織を取って、私は廊下へと出ると、二階から降りてきた白雲と出会う。
「あっ、白雲、おはよう。誰か来ているようだけど……」
「しおりは、部屋にいろ。おそらく、喜助の母親だ」
「……喜助くんのお母さん?」
すると、奥からこぎつねたちが何事かとやってくる。
「あらら、どうしたのでしょうねぇ。こんな時間に」
「どうしたのでしょうよ、まったく」
こぎつねたちの視線の先には、大きな柱時計の針は五時二十分を指していた。
「左近、右近様子を見に行こう」
「はいな!」
「はいな!」
私は白雲に言われた通り、部屋に戻る。
何だか、心の中がざわついた。
着物に着替えて、私は朝食の支度をしていた。
簡単におむすびとみそ汁だけだけど、支度は整った。
「喜助くんのお母さん、あれからどうなったんだろう……?」
心の奥がざわざわしているのは、今も変わらない。
「はぁ~! いいにおいですぅ」
「ほんに、いいにおいですぅ」
左近と右近が戻って来た。
「ねぇ、喜助くんのお母さんはどうしたの? 何があったの?」
するとこぎつねたちはポンと少年の姿に変って、おむすびとみそ汁を運び始める。
「ねぇってば!」
「しおり殿は気にしなくてもいいと主が言っていましたぁ。ね、右近」
「はいな、左近。あれは鬼家の問題ですぅ」
鬼家の問題?
何なんだろう……普通、家の問題で朝早くに本屋に来るものなの?
私が気にしなくてもいいなんて、あえて言うってことは、私が問題の原因なのでは?
「えっ!? 左近に右近っ、それってやっぱり私が関係しているってことよね!?」
居間へ行く二人の後を追って、私はその問題が何なのかを聞き出すことができた。
喜助くんのお母さんが言うには、次の満月に喜助くんは大人の姿になりたいと言っているそうだ。その理由はお嫁さんをもらうこと。
おむすびとみそ汁をかけこみながら、左近も右近も説明してくれる。
「まあ、五十年もこの世界で子供をしていたら、大人にだってなりたいと思うのは当たり前ですぅ」
「ほんに、ほんに。ずっと子供のままでいてほしいというのは、親の我儘ではありませんかねぇ」
ええっと……喜助くんのお母さんはそこが問題ではなくて……おそらく、お嫁さんにしたいのが『私』というところが問題なのかと思うが、言えない。
「よくぞ五十年も子供でおられたと思いますよ。僕は」
「ははは、左近。それは我らにも言えることではないですか?」
「え? 左近と右近はいくつなの?」
私は二匹の顔を交互に見た。
すると、左近も右近も胸を張って同時にこう答える。
「千二百歳ですぅ」
「せ、千二百!? それって、平安時代から生きているってこと?」
「はいな」
「ええ」
「厳密にはですねぇ……一度、死を経験しておりますぅ」
「ですね、ですね」
とても衝撃的なことを、今耳にした気がする……じゃあ、白雲はいくつなんだろう?
というか、千二百歳だなんて、もうあやかしというか仙人や神様みたいじゃない。
「しおり殿は、見た目は十六歳くらいでしょうかね。しかし、うつしよでは喜助くんと同じくらいなのではないですか」
「……はい、おそらくそうだと思います」
記憶はないけど、鏡や何かに姿が映ると違和感しかない。
心の奥底から、この姿のことをすごく若いと感じているのは、もとはもっと大人だったということだろうと思う。
「ところで、白雲は何歳なの?」
意を決してとまではいかないけれど、こぎつねたちに聞いてみる。
すると、二匹は首を左右に振った。
「しおり殿、それは主に直接聞くといいですよ。この世界での年齢はとても個人的な、どちらかというと、秘密にもされていたりするほどの情報でありますので」
「そうなのね。わかったわ」
ところで、白雲が見当たらない。
「先に朝ごはん食べてしまったけど、白雲はどうしたの?」
お茶をすすっている少年姿のこぎつねたちの耳だけがひょこっと現れた。
「はいな、主は……」
「右近、それは言っていいのか?」
「え? ダメでした?」
「何? 何?」
耳は正直なようで、垂れ下がっている。
「しおり殿には、言わないようにと言われてますぅ……」
「はいな。喜助さんを探しに行ったなんて言わないようにって……」
「右近! 言っちゃダメだろう!!」
「しまった!」
その後、二匹から喜助くんがどこかに行ってしまったと聞いた。
皆で探したいが、あやかし書房は営業もある。
「左近と右近で店は大丈夫でしょう? 私も探してくるわ」
「ダメですぅ! 主に怒られますぅ!」
「だけど、喜助くんの身に何かあったら……」
だって、ここはあやかしの住む世界。
どんなあやかしがいるのかすら、私は知らないけど……子供の姿なのならどんなことが起こるかわからない。
「わかりました! しおり殿。これを持っていってください!」
「左近~!?」
左近が私に手渡したのは、この世界のというより、この街の地図だった。
「この朱色の線よりそとは街外れですから、出ないようにしてくださいな。この印のあるところには花が咲いていますぅ」
「わかったわ」
「そして、ここがあやかし書房で、この鬼のマークが喜助くんの家ですぅ。もし、地図上に黒い靄が現れたら、遭遇しないようにして戻ってきてくださいね」
「わかったわ。じゃ、行ってくる!」
私は、それから喜助くんが図鑑を持って出たと聞いたので、花の咲く場所を右近から教えてもらい、あやかし書房を後にした。
「すみません! すみません!」
同時に、悲痛な女の声の呼びかけも聞こえてきた。
羽織を取って、私は廊下へと出ると、二階から降りてきた白雲と出会う。
「あっ、白雲、おはよう。誰か来ているようだけど……」
「しおりは、部屋にいろ。おそらく、喜助の母親だ」
「……喜助くんのお母さん?」
すると、奥からこぎつねたちが何事かとやってくる。
「あらら、どうしたのでしょうねぇ。こんな時間に」
「どうしたのでしょうよ、まったく」
こぎつねたちの視線の先には、大きな柱時計の針は五時二十分を指していた。
「左近、右近様子を見に行こう」
「はいな!」
「はいな!」
私は白雲に言われた通り、部屋に戻る。
何だか、心の中がざわついた。
着物に着替えて、私は朝食の支度をしていた。
簡単におむすびとみそ汁だけだけど、支度は整った。
「喜助くんのお母さん、あれからどうなったんだろう……?」
心の奥がざわざわしているのは、今も変わらない。
「はぁ~! いいにおいですぅ」
「ほんに、いいにおいですぅ」
左近と右近が戻って来た。
「ねぇ、喜助くんのお母さんはどうしたの? 何があったの?」
するとこぎつねたちはポンと少年の姿に変って、おむすびとみそ汁を運び始める。
「ねぇってば!」
「しおり殿は気にしなくてもいいと主が言っていましたぁ。ね、右近」
「はいな、左近。あれは鬼家の問題ですぅ」
鬼家の問題?
何なんだろう……普通、家の問題で朝早くに本屋に来るものなの?
私が気にしなくてもいいなんて、あえて言うってことは、私が問題の原因なのでは?
「えっ!? 左近に右近っ、それってやっぱり私が関係しているってことよね!?」
居間へ行く二人の後を追って、私はその問題が何なのかを聞き出すことができた。
喜助くんのお母さんが言うには、次の満月に喜助くんは大人の姿になりたいと言っているそうだ。その理由はお嫁さんをもらうこと。
おむすびとみそ汁をかけこみながら、左近も右近も説明してくれる。
「まあ、五十年もこの世界で子供をしていたら、大人にだってなりたいと思うのは当たり前ですぅ」
「ほんに、ほんに。ずっと子供のままでいてほしいというのは、親の我儘ではありませんかねぇ」
ええっと……喜助くんのお母さんはそこが問題ではなくて……おそらく、お嫁さんにしたいのが『私』というところが問題なのかと思うが、言えない。
「よくぞ五十年も子供でおられたと思いますよ。僕は」
「ははは、左近。それは我らにも言えることではないですか?」
「え? 左近と右近はいくつなの?」
私は二匹の顔を交互に見た。
すると、左近も右近も胸を張って同時にこう答える。
「千二百歳ですぅ」
「せ、千二百!? それって、平安時代から生きているってこと?」
「はいな」
「ええ」
「厳密にはですねぇ……一度、死を経験しておりますぅ」
「ですね、ですね」
とても衝撃的なことを、今耳にした気がする……じゃあ、白雲はいくつなんだろう?
というか、千二百歳だなんて、もうあやかしというか仙人や神様みたいじゃない。
「しおり殿は、見た目は十六歳くらいでしょうかね。しかし、うつしよでは喜助くんと同じくらいなのではないですか」
「……はい、おそらくそうだと思います」
記憶はないけど、鏡や何かに姿が映ると違和感しかない。
心の奥底から、この姿のことをすごく若いと感じているのは、もとはもっと大人だったということだろうと思う。
「ところで、白雲は何歳なの?」
意を決してとまではいかないけれど、こぎつねたちに聞いてみる。
すると、二匹は首を左右に振った。
「しおり殿、それは主に直接聞くといいですよ。この世界での年齢はとても個人的な、どちらかというと、秘密にもされていたりするほどの情報でありますので」
「そうなのね。わかったわ」
ところで、白雲が見当たらない。
「先に朝ごはん食べてしまったけど、白雲はどうしたの?」
お茶をすすっている少年姿のこぎつねたちの耳だけがひょこっと現れた。
「はいな、主は……」
「右近、それは言っていいのか?」
「え? ダメでした?」
「何? 何?」
耳は正直なようで、垂れ下がっている。
「しおり殿には、言わないようにと言われてますぅ……」
「はいな。喜助さんを探しに行ったなんて言わないようにって……」
「右近! 言っちゃダメだろう!!」
「しまった!」
その後、二匹から喜助くんがどこかに行ってしまったと聞いた。
皆で探したいが、あやかし書房は営業もある。
「左近と右近で店は大丈夫でしょう? 私も探してくるわ」
「ダメですぅ! 主に怒られますぅ!」
「だけど、喜助くんの身に何かあったら……」
だって、ここはあやかしの住む世界。
どんなあやかしがいるのかすら、私は知らないけど……子供の姿なのならどんなことが起こるかわからない。
「わかりました! しおり殿。これを持っていってください!」
「左近~!?」
左近が私に手渡したのは、この世界のというより、この街の地図だった。
「この朱色の線よりそとは街外れですから、出ないようにしてくださいな。この印のあるところには花が咲いていますぅ」
「わかったわ」
「そして、ここがあやかし書房で、この鬼のマークが喜助くんの家ですぅ。もし、地図上に黒い靄が現れたら、遭遇しないようにして戻ってきてくださいね」
「わかったわ。じゃ、行ってくる!」
私は、それから喜助くんが図鑑を持って出たと聞いたので、花の咲く場所を右近から教えてもらい、あやかし書房を後にした。
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