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弐章 小鬼の初恋と幽玄の郷
弐 5
しおりを挟む一方、日が傾く少し前のあやかし書房では――
白雲が戻ってきていた。
「あっ、主っ!!」
「主ですぅ~!」
こぎつねたちは、ちょこまかと店の中央にある大きなテーブルの周りを回り始める。
おかえりなさいも無く、ドタバタと慌てふためいているといった様子。
これは、何か隠している時に二匹がよくする行動で、白雲も良く知っている行動だ。
「左近! 右近!」
「コンッ!!!」
「おまえたち、何を隠している?」
「ひえぇぇぇ!!!」
白雲が二匹を捕まえて、目の前に座らせる。
ずぅんと二匹へと近づく国宝級の整った顔の圧とは、如何ほどなのだろうか。
「ご、ごめんなさい!」
二匹から、しおりが喜助を探しに行ったことを知り、白雲は血相を変えてあやかし書房から出て行ってしまう。
残された二匹は、怒られると思っていたので、両耳を両手で押さえたまま固まっていた。
「……右近」
「はいな……左近」
「主、しおり殿を探しに行ったのでしょうね?」
「おそらくは……そうでしょうねぇ。……ええ、そうなのでしょうねぇ」
「しおり殿は……わかりませんが、主は……あれなのでしょうか?」
「あれ……とは?」
「いえ、いいのです。いいのです」
そして、店先にじゃ夕焼けの橙色の日が差し込んできた。
「日暮れ、ですね……」
「ほんに。しおり殿は大丈夫でしょうか……」
二匹は、白雲の走り去った方角を見つめながら、呆然と立ち尽くしていた。
その頃、しおりは仄暗い森へと足を踏み入れるところだった。
喜助に似た少年の後ろ姿を追って。
「ねえ、待って。喜助くん!」
踏み入れた森には、小道が続き、奥には石造りの古そうな鳥居が見えた。
「こんなところに神社があるのね……地図には載っていないようだけれど……」
少年は鳥居の前で、立ち止まった。
私はその様子を見て、駆け寄る。
「喜助くん、……じゃない?」
振り返った少年には、顔が無い。
役所ののっぺらぼうとは違い、黒く渦巻く靄のようなものが顔であるはずの中央にあるのだ。渦巻いている、黒く深く、顔の中心で。
「ひっ……! あ、あなたは、誰なの?!」
驚いた拍子に、私はその場で尻もちをつく。
鈍い痛みと、目の前の異質な存在に手足が震えた。
この異質な存在は、尻もちをついた私を覗き込むように、しゃがんで顔を近づけてきた。
「オマエ、ニンゲン? ドウシテ、ココニイル?」
嫌だ、何だか言い知れないほどの恐怖を覚える。
「モウスグ、ムカエガクル。イッショニ、イコウ」
そういえば、出かける前に左近と右近に言われていたことを今思い出した。
「この朱色の線よりそとは街外れですから、出ないようにしてくださいな」
「もし、地図上に黒い靄が現れたら、遭遇しないようにして戻ってきてくださいね」
この森は、朱色の線のそと。
それに、地図の確認を少しの間、忘れていたこと。
「……遭遇してはいけない黒い靄って、このこと?」
遭遇したら、どうなるのだろう。
私は、もうあやかし書房へは戻れないの?
ううん、そんなことより……私はまだこの世界に来て十日経っていない。
役所の帰りに、気を付けるように言われていたのに。
すると、辺りにたくさんの人の足音がした。
何やらお経を唱えて、うつむいている私の周りを歩いている。
怖い――!
そこに、私の名を呼ぶ白雲の声が空を切って響いた――!
「しおり――っ!」
すぐにその場に立ち上がり、私は声のする方へと顔をあげた。
白い髪を靡かせて、走ってくる白雲の姿が見える。
それは、白羽の矢が真っ直ぐに私をめがけて飛んでくるようにも見えた。
「白雲!!」
私が発した彼の名は、森の木々に跳ね返りこだまする。
伸ばした手の指先が、彼に届くか否か……私の目の前は、黒い靄に包まれてしまった。
――確かに、包まれている感覚がある。
黒い靄は暖かいのだと、認識した。
包まれているというか、抱きしめられている? 気もするけど。
「そのまま、目を閉じていろ」
そう言われても、本当に白雲なのか気になるので、薄目を開ける。
「え……白雲よね?」
「そうだ」
「これは一体、どういうことなの?」
「俺たちは向こうの世界に連れていかれる」
「それって、幽玄の郷っていう死者の世界?」
「ああ。お前、それを覚えていたのに、どうして約束を守らなかった?」
白雲の声に僅かな憤りを感じる。
「ごめんなさい……気が付いたのが遅くて」
どうやら、死者の使いにつれていかれるというが、白雲と一緒なら少しだけ安心。
そんなことを言うと、初めて会った時のように怒られてしまいそうだから言わない。
彼は、続けてこう言った。
「……案ずるな。話の分かるヤツが向こうにいる。話がつけば戻ってこられるはずだ」
白雲は私を抱きしめたまま、そういうと目を閉じた。
私も言われたように従う。
この世界のことも知らないし、喜助くんはどうなったのかも気になる。
そんな私が今、死者の国へと運ばれている。
白雲が一緒なら……大丈夫よね? と彼の着物の袖を、キュッと掴む。
そうは思っていても、私はすぐに戻ってこられるようにと、ただ願うしかなかった。
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