最愛

白川ゆい

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本編

君が欲しい

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 彼女の印象は、笑わない、ミスしない、鉄のような女性だった。隣の席なのにほぼ話したことはないし、あったとしても事務的なものだけ。彼氏がいるというのは噂で聞いたことはあったが、こんな隙のない人が恋人に甘えたりするのが全く想像できなかった。
 その印象が変わったのは去年の忘年会だ。毎年ほんのりと顔が赤いのは見ていたが、上手くペースを崩さず飲んでいるなと思っていたのに。去年の忘年会だけは違ったようだ。

「あんなイケメンの彼氏いるなんて羨ましー!飲みなさいよ!」

 おばちゃんや彼氏のいない先輩の攻撃対象となってしまった堀さんのペースはいつもより大分早かった。もちろん本気でいびっているわけではないし堀さんも楽しそうにしている。あからさまにいつもの堀さんと違うからおばちゃんたちが「大丈夫?飲みすぎちゃダメよ?」と心配するほどだった。
 案の定、泥酔した堀さんはヘロヘロになっていた。

「大丈夫ですか?」
「ふふふ、ありがと」

 あ、笑ってる。自分に笑顔が向けられたことがなかったから、とても貴重なもののように感じる。水を渡すと、壁にもたれて座っていた堀さんは一口飲んだ。

「飲み過ぎたー」
「そうですね」

 壁だけで支えきれなかった泥酔した体が、俺の方にもたれてくる。うわ、すげーいい匂い。

「ごめんね、先輩なのに迷惑かけて」
「……いえ」

 スリスリと俺の腕に頬を寄せる堀さんは猫みたいだ。普段とのギャップに驚く。今の堀さんなら、彼氏に甘える姿も想像できる。いつも、こんな風に甘えているのか。

「何かあったんですか?」
「え?」
「堀さんが飲み過ぎるなんて珍しいから」

 興味なんてないし、別に悩みを聞いてあげようなんて偽善者ぶるつもりもない。ただの好奇心だ。……好奇心と言っている時点で興味を持っているような気もするが。

「ふふ、何でもないよ。ただね、男の人って難しいなぁって思うだけ」

 やっぱり何かあったのか。しかも、彼氏絡み。好奇心なんかで首を突っ込んでいい問題じゃない。

「ははっ、三浦くんってほんとクールだよね」
「……そうですかね」
「うん。そんな風に、無理に踏み込もうとしないところ、好きだよ」
「……」

 好きって言葉にこんなに心臓が反応するなんて、中学生みたいだ。堀さんの言葉に深い意味はない。きっと明日になれば堀さんの中でこの言葉は頭の片隅にも残っていないような何気無い言葉で、俺にこうやって甘えるみたいに寄りかかっていることすらすぐに忘れてしまうのだろう。
 彼氏がいる人なんて既婚者の次に面倒だ。まず恋愛対象なんかじゃないし、そうなるべきでもない。……でも、本当は気付いている。そう思う時点で、俺はもう落ちているのだ。


 今、俺の肩にもたれてスヤスヤ眠っている堀さんは、俺の中の葛藤なんてもちろん知らない。元々感情は表に出にくいタイプだし自分の気持ちを自覚してからはそれまで以上に気を遣った。
 仕事中の隙のない彼女。恋愛に悩む普通の女性で、そして、驚くほど笑顔が可愛い。知りたいと思った時点で惹かれていくのを止めることは出来なかった。
 堀さんは嫌いになるかな。彼氏と別れると言われた時俺が喜んでたって知ったら。余裕のあるフリをしていたくせに本当は触れたくてたまらなかったって知ったら。このチャンスを逃さないって覚悟を決めてることを知ったら。ズルくてもいい。

 俺は、堀さんが欲しいんだ。
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