スローラブ

白川ゆい

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本編

酔ってるだけ

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 ピンポーン、とインターホンを鳴らすと機械越しにはい、と気だるい声が聞こえてきた。

「あ、すみません。隣の家の者です。この前のお礼がしたくて」
『……はい』

 しばらくするとゆっくりドアが開いて、いつにもまして髪の毛がボサボサなお隣さんが出てきた。

「この前はありがとうございました」

 そう言ってビールの詰め合わせを渡す。この前ビール持ってたし、お酒好きなのかなって思って。

「……いえ」

 日曜日の正午でまだ寝ていたのだろうか。ボーッとしたまま箱を受け取ってお隣さんは私を見つめてきた。

「……あの」
「はい」
「ほんとにお隣さん?」
「……はい?」

 どういう意味だろう、と思っているとお隣さんは上から下まで私をじっくり見る。そこでやっとあぁ、と合点がいった。普段はセミロングの髪を緩く巻いてブラウスにスカートを着ていることが多い。でも今は休日で何も予定がないのをいいことに眼鏡にロンTにジーンズ。かなり気を抜いた格好だ。……でも、いつもとそんなに違うかな。

「うん、いや、何でもない。これありがとう」

 お隣さんはそう言うとパタン、と扉を閉めた。
 その日の夜も、私は一人でテレビを見ながらビールを飲んでいた。

「はぁー、美味しい」

 明日も仕事。その次の日も仕事。生きていくためには必要だともちろんわかってはいるけれど、憂鬱になるのは仕方ない。テレビをつければ中の人たちが皆楽しそうに笑っていて。何となく見ていたくなくてビールを持ってベランダに出た。

「見えないな……」

 晴れているはずなのに星が見えない。地元は田舎だから見上げるだけで満天の星空が見える。まるで星たちに守られているような、そんな気持ちになったっけ。

「帰りたいな……」

 少し弱っているらしい。そんなことを、一人で呟いてしまうなんて。カタン、と小さな音が聞こえた。ビクッとして辺りを見回すも、何もない。気のせいか、と思ったけれど。お隣さんの窓からテレビの音が漏れていることに気づいた。お隣さんがもしかしたら、ベランダにいるのかもしれない。

「あの……」

 話しかけたのは、寂しかったからじゃない。この前話して、いい人だと思ったからだ。どんな人か、少し興味がある。

「……そこで、何してんの」

 返ってきたのは予想外の質問だった。特に何かしているわけではない。一人で夜空を見ながらビールを飲んでいただけだ。

「特に何も……」
「ふーん」

 正直に答えたら興味なさそうな返事が返ってきた。……興味ないなら聞かないでもらえますかね。

「あなたは何してるんですか?」
「星、見てた」
「星?」

 不思議に思ってもう一度空に目を向ける。でもやっぱり星は見えない。

「星なんて、どこに……」
「こっち、来てみる?」
「え」
「星、見せてあげる」

 少し考えた後行きます、と答えたのは、寂しかったからじゃない。星が見たかったからだ。
 カーディガンを着て、鍵だけ持って部屋を出る。すぐ隣の部屋のインターホンを鳴らせば、いつもと変わらないお隣さんがドアを開けてくれた。

「……どうぞ」
「お邪魔します」

 部屋は男の人の一人暮らしにしてはとても片付いていた。あまり生活感のない部屋とも言えるかもしれない。それよりも目を奪われたのは本棚に所狭しと置かれる星座関係の本や、丸い機械だ。

「あの、これ……」
「それプラネタリウム」
「へー!部屋で出来るんですか?!」
「うん、後で見せてあげる。まずはこっち」

 お隣さんのことは全然知らないけれど、今顔が輝いているのはわかる。きっと星が大好きなんだろう。
 お隣さんに続いてベランダに出ると、そこには望遠鏡が置いてあった。

「これ、見てみたら」
「え……」

 いいのかな、と思ったけれど。お言葉に甘えて見てみる。そして言葉を失った。そこには満天の星空が広がっていた。地元で見ていたようなそれが、確かにそこにあった。

「すごい……」

 泣きそうになって、グッと歯を食い縛った。お隣さんは何も言わなかった。だから私も、ただただ星を見ていた。

***

「ほら、あれがカシオペア座」
「わっ、ほんとにWの形!」

 部屋に入ると、お隣さんは部屋の電気を消してプラネタリウムを点けてくれた。小学校や中学校で少しだけ習ったはずの星座だけれど、先生はお隣さんのように星座のお話なんか詳しく教えてくれなかったし、知らないことを教えてもらうのは楽しい。

「あっ、ビール飲む?」

 テンションが上がっているらしいお隣さんは、遠慮する私を気にもせず冷蔵庫からビールを取り出して渡してくれた。

「ビール好きだよね」
「えっ」
「会った時、大抵ビール持ってる」

 うぅ、なんか恥ずかしい……。一人で飲む寂しい女だと思われているに違いない。

「名前、何て言うの」
「緒方です。緒方みちる」
「ふーん。俺は牧野陽永。はるでいいよ」
「はる、さん……」

 はるさんはビールを開けながらさっきと同じ場所に座った。なのに何だかさっきよりも近く感じて緊張する。ふわりと漂う柔軟剤のいい香り。天井を見上げる横顔は綺麗で、この人もしかして眼鏡取ったらものすごくイケメンなんじゃないかと思った。

「ん?」

 不意にはるさんが私を見る。……あぁ、私は酔っ払っているらしい。星空の小さな光に照らされるはるさんの顔が、すっごくカッコよく見える。
 その顔が少しずつ近づいてきて。柔軟剤の香りとビールの匂いが強くなる。柔らかい感触を唇に感じた時には、私はもう目を瞑っていた。

「みちるちゃん、酔ってる?」
「ちょっと」
「俺は、かなり酔ってる」

 そう言ったはるさんは眼鏡を取って私の肩を抱いた。お互い吸い寄せられるように重ねた唇。下の唇を食まれて口を開ければ、少しの隙間から舌が入り込んできた。熱い舌が私の舌に絡んで離さない。

「んっ……」

 思わず漏れた甘い声に一瞬肩を抱くはるさんの手の力が強くなって、すぐに唇が離れた。
 はるさんは私を抱き上げて隣の部屋に入った。少しだけ見えたそこにも星の本や、リビングのより一回りほど大きいプラネタリウムがあった。優しく下ろされたベッドからははるさんの香りがした。

「んっ、ん……」

 くちゅくちゅといやらしい音を立てながら舌を絡める。はるさんのTシャツをきゅっと握れば、それが合図だったかのように熱い手がTシャツの中に入ってきた。お腹をさわさわと撫でた後、ブラの上から胸を優しく揉む。

「みちるちゃん、体熱いね」
「酔ってるから」
「服脱ごっか」

 その言葉に簡単に頷いてしまったのも、酔っているからだ。二人一緒に起き上がると、はるさんは私のTシャツを脱がした。そしてそのままブラも外す。少しだけ恥ずかしくて胸を腕で隠すと、自分のTシャツも脱ぎ去ったはるさんがまたキスをしてきた。

「んんっ」

 そのまま押し倒される。腕が外れた一瞬をついて胸を熱い手が包んだ。きゅっと頂を摘ままれると体が跳ねて、それを見たはるさんは唇を離して胸に顔を埋めた。

「みちるちゃん、胸弱い?」
「そん、なこと……あぁっ」
「……弱いね」

 そこからは散々だった。わざと周りをペロペロと舐められて焦らされたかと思えば、突然一番気持ちいいところを吸われて。その度にビクビクと感じる私のジーンズを脱がすと、はるさんは中心に手を伸ばした。

「パンツもう使い物にならないくらい濡れてるよ」
「やっ、ん」

 くにくにとパンツの上から一番気持ちいいところを押されて、腰が跳ねた一瞬のうちに パンツも抜き取られてしまった。暗いとは言え恥ずかしい。でも足を閉じようとすればするほど押さえられて、恥ずかしいところをはるさんの目の前で全部晒してしまった。

「すっげーエロい匂いする」
「いぁっ、あぁん!」

 ペロペロと熱い舌が下から上へ行き来する。かと思えば中に差し入れられて、敏感なところをチュッと吸われた時にはビクビクと痙攣して達してしまった。

「イッたね」

 はぁはぁと肩で息をする私の額にチュッとキスを落とすと、はるさんはベッドの横にあった小さな箪笥の一番上からコンドームを取り出した。

「イッたの、初めて……」

 こんなに、気持ちいいんだ。未だにふわふわと体が宙を漂っているような感覚。ボーッとする私の頬を撫でながらはるさんは微笑んだ。

「嬉しいこと言ってくれるね」

 首に手を回してキスをねだると、はるさんは応えてくれた。キスをしながら起き上がったはるさんは、固くなったそれを私の中心に擦り付ける。そしてゆっくりと、まるで私の中に自分の形を刻み込むように入ってきた。

「んんっ、んぅ」

 気持ちいい。それ以外の感情がなくなったかのように。ただただ腰を打ち付けるはるさんにしがみついて、私は甘い声を上げた。

「はぁ、気持ちい……」

 耳元で聞こえた色っぽい声に子宮がきゅんと疼いた。はるさんは一度抜いて、寝転ぶと私を腰に座らせた。奥まで届いて背を仰け反らせる私の胸に吸い付く。気持ちよくて止められなくて、私は自ら腰を動かした。あぁ、私エッチだなって心の中で思っても止められなかった。今までこんなに気持ちよかったことない。今まで自分から快楽を求めに行くなんて、考えられなかったのに。

「ああっ、はる、さん……っ」
「イキそ?」

 ぶんぶんと首を縦に振ると、はるさんは腰を掴んで下から突き上げてきた。一番奥に当たって、息も出来ないくらい感じて。パン、と頭の中で何かが弾けた。ぎゅう、と中のはるさんを締め付けたのが自分でもわかった。

「っ、ごめん、俺も限界」

 はるさんは未だにビクビクする私を寝かせて自分が上に来ると、キスをしながら腰を激しく動かした。そして私を抱き締めたまま、避妊具越しに精を吐き出した。
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