黄昏一番星

更科二八

文字の大きさ
428 / 520
3章 バーンデッドディザスター

425話 大司教

しおりを挟む
大司教ヘンリクス・ダルカスティエ、この人がエトナ教という宗教を国の基盤としたグラスマルクにおいて、エトナ教のトップ、つまり国で一番偉い人だ。
ただし形式的な話で、政治の中心は大司教の下に位置する枢機卿が、行政や軍事などの分野に分かれて数人存在していて、国の仕組みを作っている。
大司教はあくまでもエトナ教の象徴であり、教会の方針を管理し、教義を広く伝えるというのが役割だ。
だが全く国の仕組みに関わらないというわけではなく、国の大きな方針などはエトナ教の教義を基準にするため、国の根幹に関わる取り決めは大司教が最終判断を下す。

そんな凄く偉い人がオレとシモンさんの前に立っている。
オレは会うのは2回目で、1度目は勇者の称号を受け取った時だ。

「導師シモン様、お会いできて光栄です。この度の事は誠に申し訳ない、まずは治療を、詳しいことは後にしましょうか。ここには聖騎士たちは手を出してはきませんからご安心を」
「導師とはなかなか懐かしい呼ばれ方だね。とにかく助かりました。少しご厄介になります」
「ヘンリクス様、俺たちは決してティベリウス様を害したりなどしてはいません」
「わかっていますよ勇者ラグナ、今回の件は審問官たちが既に調査を始めていますし、不躾で申し訳ないですが、貴方がたのことは監視させてもらっていましたから何も無いことはわかっています」

監視と言われるといい気はしないのだが、今回のことに関してはありがたい。
頼もしい後ろ盾ができるかもしれないと少し気が楽になった。

ここで部屋にいかにも僧侶風の格好の回復術師が入ってきてシモンさんの様子をみて、やはり時間かかると判断してシモンさんを別室に連れて行った。

「ヘンリクス様、この度は助けていただいて本当にありがとうございます」
「導師シモンはエトナ教にとっても重要なお方ですので当然です。勇者ラグナ、よくシモン様を連れてきてくれましたね。やはり貴方をシャンデールに行かせて正解でした。本当はシモン様にエトナ様のことを詳しくお聞きしたいのですが、この場にも長く匿っていることはできません。シモン様の治療が済んだら、貴方がシモン様をお守りして身を隠してください」
「わかりました。シモン様のことは命にかけてもお守りします」

大司教がなぜオレたちに手を貸してくれたのか謎だったが、シモンさんは何やらエトナ教にとって重要な人らしいからそのお陰なようだ。
確かにシモンさんは文明が一度滅びる前から生きていると言っていたし、その後に生まれた最初の普人族であるエトナさんと何かしら関わりがあってもおかしくはないのかもしれない。
歴史の事は詳しくはないが、エトナ教にはエトナさんが生きたころの記録や様子を研究する組織もあると聞いたことがあるし、当時から生き続けているシモンさんには過去の事を色々と聞きたいのだろう。
何にしても、シモンさんを連れてきていてほんと助かった。
だがしかし、国としてシャンデールとの関わり方をあれこれ決めようとしていたのが台無しになりそうなのはどうしたものか。

「ヘンリクス様、シャンデールと争いを避ける事はできないでしょうか」
「私も常々戦いは避けるべきと思っていますが、軍部の増長はもはや私の手に負えるものではないのです。でも貴方やシモン様がこの国の為に動いてくれた事を無碍にはしたくありませんから、善処はしましょう」
「ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」

大司教様が俺たちの意思を継いでくれると聞けてかなり気持ちが楽になった。
この後は大司教様や従者の方にシモンさんがシャンデール側としてやろうとしていたことや、戦争を避ける為にやりたかったことなどを伝えて、夜になりシモンさんの治療が一区切りついたとのことで面会に行くと腹部に魔法陣の施された包帯をぐるぐる巻きにしたシモンさんがベッドで休んでいた。
この場には大司教様も来ていた。

「大丈夫そうですか?」
「余裕じゃなかったねー、やっぱスキルがないと全然でね、回復封じの付与は解除できなかったから、タイガくん流の修復魔法で何とか傷を繋いで、治癒力高める魔法で時間かけて治す方針。まあ激しく動かなければ普通に動けるよ」
「オレがもっと役に立てれば、面目ない」
「周到に計画されてたようだから、これで済んで良かったと思うよ。ラグナくんも呪われなかったしね」
「呪い?」
「そう、呪いをもつものと戦うと伝播する呪い。僕は対抗できるけどラグナくんは無理だしね。まさかここで呪いの獣の手の者に襲われるとは思ってなかったよ。大司教様は知ってたのかな?」
「ええ、存じております。とはいえ獣と呼ばれる存在が国の中枢に入り込んでいると気がついたのは7年ほど前のことですが。その時には私は既に自由ではなく外に向けて情報を流す事はできませんでした。なので身内を固めつつ地位をまもっていました」

呪いの獣というのはオレも最近知った事だ。
シャンデール王国では今年の初夏の頃に聖女という立場を得た何でも魅了してしまうとうい能力をもった獣がついに王家に取り入る寸前で正体が発覚して、タイガが死闘の末に討ち取ったという。
魔族と同じような存在で人類の天敵で、シモンさんが生まれた頃、前世のオレが生きていた頃の文明を終わらせたのが呪いの獣ということをシモンさんに聞いた。
前世のオレが死んだのも、もしかすると魔族や獣の攻撃のせいなのかもしれない。
そんなとんでもないやつがなんとこの国のの中枢に入り込んでいたというから驚きだ。

「ちなみに誰が獣なのかは判明してるかな?」
「おそらくはアルベリック・ロスチャイルド卿です。枢機卿の1人で軍事を統括している者です」
「軍事かー通りでこの国の軍はやけに好戦的なわけか。この獣のことは僕も知っていてね、戦う事で広がる呪いを受けると思考が攻撃的になってしまうんだ。それによって戦争が拡大して、呪いも更に広がり、獣もそれに応じて力を増してしまって取り返しがつかなくなる。この国はもうだいぶ危険な状況だろうね、早く倒さないと」
「倒せますか?」
「確証はできないけど、やらなきゃいけないからね。倒せる見込みのある人を連れてくるよ」
「何かあれば私たちも微力ながらお手伝いできると思いますので、何卒よろしくお願いします」

獣が居るとわかると今回シモンさんが攻撃された事なども合点がいくそうだ。
シモンさんは流石長生きなだけあって、過去に何度か獣と対峙した経験があり、今回グラスマルクに潜んでいた獣とも接点があり、認識されているようだ。
なのでシモンさんを危険視した獣により排除されそうになったのだろう。

この後はシモンと大司教様たちと今後のことについて詳細を話し合った。
この国の軍や政府機関の大半は獣の呪いを受けていて、思考が攻撃的になっているようで、オレたちが頑張って戦争回避しようとしても、遅かれ早かれ何処かとの争いは起きて呪いの拡散は始まる。
なので何よりも優先すべきは獣を倒すことで、獣を倒せば呪いの元凶が無くなるので、呪いを受けた人たちも徐々に普通に戻るだろうということだ。
そうなれば、オレたちがこれまでやってきた活動で他国の侵略などはなくなるだろう。

奴隷に関しても、現在のエトナ教のあり方は大司教様の考えるものとは乖離しているらしく、本来ならば他種族とは協力的にしたいとのことだが、魔王の恐怖や有力な商人たちにより本来のエトナ教の思想が歪められているらしい。
大司教様はあくまでも記録に残るエトナさんの思想を宗教に正しく反映したいらしい。
獣が倒されたあとは奴隷制度など見直したいとのことだ。

それが実現できればいよいよ他国に手を出す理由がなくなる。
やっと平和な国になるかもしれないから何としても獣を倒さなくては。
それには獣と戦える戦力を揃えないとならないが、実績のあるタイガは今は遠く離れた魔王領の麻薬村にいる。
飛んでいけばそんなにだが、グラスマルクには飛行する魔物を使役した空軍があり、各地との情報伝達目的で小さな村にも配備されている。
オレたちが追われる身となってしまった事はスキルをなどで素早く伝わるし、空の偵察も厳重なので迂闊に飛ぶ事が出来ず陸路で向かう事になるが、そうなると1月半以上はかかるだろう。

その間の軍の動きなども気になるが、そこは大司教様が抑えててくれるそうだ。
どのみち今すぐにどこかの国に攻め込む準備はできておらず、本格的な進行が始まるとしても早くて半年後ぐらいにはなりそうと大司教の側近の人が見立てを出してくれたので予想通りならまだ余裕はあるし、大司教様が横槍をいれれば1年ぐらいは伸ばせるだろうとのことだ。その間に獣を倒せればいい。
オレとシモンさんが今聖都に来られたのはかなりタイミングが良かったようだ。
だからこの猶予を活かして慎重に獣の討伐を進めようと決まった。

聖都からの脱出は、また転移スキル持ちのご老人の手を借りた。
転移スキルは予め転移場所を用意していて、特定の距離間ならば一瞬で移動できるものなのだそうだ。
便利そうだが、魔力消費が膨大な上に、転移先に何か物があれば合体してしまい大怪我や最悪死ぬこともあるらしいので怖い。

オレたちを逃がしてくれたご老人は大司教様の下には戻らず、オレやタイガが聖都にきた時にまた手を貸してくれるそうだ。
大司教様にもしも何かあった時のための逃走手段として隠されていたのがご老人らしい。
大司教様の手札を使わせてしまった事にはなるが助けてくれた事は本当にありがたかった。
老人と別れると、オレたちは変身魔法で姿を変えて、陸路で魔王領を目指して旅を始めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

精霊界移住相談カフェ「ケルークス」

空乃参三
ファンタジー
 精霊は契約した相手の前でのみ、自らの本性をさらけ出すことができる。  本性をさらけ出すことのできない精霊は「揺らいで」いき、「揺らぎ」が限界を超えると自身が司る何かに多大なる損害を与えてしまう。  これを問題視した精霊たちは、彼らの契約相手の候補として人間に目をつけた。  人間を精霊の契約相手にするためには、人間を彼らが住む「存在界」から精霊の住む「精霊界」へ移住させる必要がある。  移住を促進するため、精霊たちは何ヶ所もの「精霊界移住相談所」を設立した。  「ケルークス」はそのような「精霊界移住相談所」のひとつに併設されるカフェである。  存在界から精霊界への移住は無期限の片道切符。一度移住すれば戻ることはできず、永遠に精霊界で過ごすことが求められる。  あなたはこの移住にチャレンジしますか? ※本作品はフィクションです。実在の人物、団体、法規制、および事件等とは関係ありません。 ※本作品は、ノベルアップ+様でも同様の内容で掲載しております。 ※毎週火曜20:40更新予定です。

レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ち、ソラ。 彼はレベル1の無能として蔑まれ、魔王討伐を目前に「お前のようなゴミはいらない」と追放を言い渡される。 だが、傲慢な勇者たちは知らなかった。 自分たちが人間最高峰の力を維持できていたのは、すべてソラの規格外のステータスを『借りていた』からだということを。 「……わかった。貸していた力、すべて返してもらうよ」 契約解除。返還されたレベルは9999。 一瞬にして力を失い、ただの凡人へと転落しパニックに陥る勇者たち。 対するソラは、星を砕くほどの万能感を取り戻しながらも、淡々と宿を去る。 静かな隠居を望むソラだったが、路地裏で「才能なし」と虐げられていた少女ミィナを助けたことで、運命が変わり始める。 「借金の利息として、君を最強にしてあげよう」 これは、世界そのものにステータスを貸し付けていた最強の『貸与者』が、不条理な世界を再定義していく物語。 (本作品はAIを活用して構成・執筆しています)

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

独孤皇后物語~隋の皇帝を操った美女(最終話まで毎日複数話更新)

結城 
歴史・時代
独孤伽羅(どっこ から)は夫に側妃を持たせなかった古代中国史上ただ一人の皇后と言われている。 美しいだけなら、美女は薄命に終わることも多い。 しかし道士、そして父の一言が彼女の運命を変えていく。 妲己や末喜。楊貴妃に褒姒。微笑みひとつで皇帝を虜にし、破滅に導いた彼女たちが、もし賢女だったらどのような世になったのか。 皇帝を操って、素晴らしい平和な世を築かせることが出来たのか。 太平の世を望む姫君、伽羅は、美しさと賢さを武器に戦う。 *現在放映中の中華ドラマより前に、史書を参考に書いた作品であり、独孤伽羅を主役としていますが肉付けは全くちがいます。ご注意ください。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...