フォーカスレンズであなたをのぞいて…

はるの すみれ

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私の初恋

** 手作りのお菓子

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「はあ…」


「おっ、遂に彼女に振られたか!まあ上崎にしたらもった方じゃね?」


俺の溜息に勝手に理由をつけた霧島さんは休憩室でタバコを燻らしていた。


「違いますよ、二ヶ月前の俺にはこんな幸せな日々が訪れるなんて予想もできなかったんだろうなって思うと、昔の自分が可哀想になってきて…。」


霧島さんの綺麗な漆黒の瞳には俺が写っていた。
霧島さんの顔を見ていると自分の存在が可哀想になってくる。


「まだ付き合ってんの?物好きがいるねぇ世の中…遊ばれてるんじゃねぇの?」


「そんなわけないですよ!毎日メッセージやりとりしてるし…それに花白さんはそんな子には見えないし」


霧島さんはタバコの灰を落としながら長い足を組み直した。そして何かを思い出したような表情になった。


「ああ、前にここに来てた子と付き合ってるんだっけ?」


俺が頷くと、霧島さんは顎に手を当て何やら考え始めた。


「どっちと付き合ってるんだっけ?美形の吊り目ポニーテール?それともおっとりおっぱ…」


「ちょっちょっと!霧島さん!!!いきなりなんてこと言うんすか!?」


今、この人さらっと凄い事言おうとしてたよな…。
こんなに綺麗な顔してるのに、中身が伴ってないのは勿体ない…。


俺の心友の中村宏樹は自分の事をエロマスターと称していたが、宏樹がエロマスターなら霧島さんはエロ仙人だ。


 妻子持ちなのにも関わらずさらっと女の子を口説いてお持ち帰りしてる姿を頻繁に目撃している。
しかも表向きは礼儀正しく、仕事も真面目にこなすから裏を知らない女の子達はすぐに騙されてしまう。裏を知ってもギャップが好き、とか言ってさらに無中になる子もいるから虚しくなる。


霧島さんが言ったおっぱ…の続きは聞かなくても分かるけど、その意味がよく分からなかった。


確かに花白さんといつも一緒にいる有坂乙葉さんは美形の吊り目ポニーテールで納得出来た。
だけど、花白さんのことをおっとりまでは納得してもおっぱ…と呼んだのには疑問が浮かんだ。


「霧島さんの言うおっとりの子の方です。というか、なぜおっとりおっぱ…なんて言ったんですか?花白さんそこまで胸は…」


 俺は花白さんを見ていて霧島さんが言うほど胸を意識したことはなかった。
流石に度を超えて大きければ俺だって分かるはずだし…。


俺の疑問の答えを霧島さんは簡単に答えた。


「童貞には分かんねーか、あれは隠れ巨乳タイプだよ。一見分かんねーけどよく見たら分かんだよ、ったく上崎はまだまだお子様だな」


「まじですか…」


霧島さんの言葉を半信半疑に頭に入れて俺は休憩室のテーブルにあったクッキーをかじった。


「また、すぐ振られるのを楽しみにしてたのに、期待はずれだったな。」


本当に霧島さんは俺の傷を抉る達人だ。


「昔の話はいいんですよ…」


「罰ゲームで告られてオッケイして気付かないのもすげーよな」


「その話はやめてくださいよ…忘れたい記憶何ですから…」


俺のちょっとしたトラウマは霧島さんには揶揄い甲斐のあるネタにしか過ぎない。


夏休み明けの始業式、俺は隣のクラスの細谷に呼び出され、告白をされた。


もちろん、彼女が欲しかった俺はすぐに告白を了承した。


細谷と付き合っていた短い間、俺はデートもしたし連絡だってまめに取っていた。


浮かれていたのは俺だけだと知らずに…。


付き合い始めて一カ月くらい経った日のこと、俺は細谷からキスをしてほしいと言われた。


キスなんて人生で経験がないから心臓が破裂しそうなほどに緊張した。


目を瞑り、お互いの顔が近づいたその瞬間。


『やっと終わった』


細谷が俺に呟いた。


俺は細谷が何を言ったのかよく分からなかった。


だけど、次の瞬間。俺は全てを理解した。


『上崎君…罰ゲームに付き合ってくれてありがとう…でも一カ月も一緒にいたら好きになるかなって思ってたけど…ならなかったし、上崎君とキスしたいとも思わなかった』


俺はいきなり突き落とされた谷底で身動きが取れずにもがいていた。


恋なんて…。愛なんて…。恋愛なんて、俺には無理だったんだ。


そんなことまで毎日考えてしまった。
俺は友人に謝って回った。


自分の事のように俺に彼女が出来たことを喜んでくれた友人達はこの事実を聞き今にも細谷を殴りに行きそうな勢いで怒った。


でも俺は、細谷を責めなかった。
別に俺が勘違いしなかったらこんなことにはならなかったんだから…。


  昔から俺はあまり他人を責めたりしなかった。
何かあれば自分のせいにして押さえ込んだ。
だから細谷の件も時間が経つと共に落ち着いていった。


とはいえ、体育祭の付近までは人間不振になりそうだった。
あの日から俺に声をかけてくる女の子には警戒心を抱いた。


大抵が、岡本宛のラブレターを話しやすい俺に託して渡してもらう目的だったが、それすら俺にはいい顔ができなくなっていた。


だからあの日、花白さんが俺に手紙を渡しに来た時も冷たくしてしまったんだ。


花白さんは他の女の子とは違って俺を揶揄いもせず、しっかり彼氏として見てくれている気がして毎日話しているだけでどんどん好きになってしまう。


少しでも共通点があるとすごく嬉しくて、安心感を抱いた。


悲しい記憶や花白さんの事を思い出していると、霧島さんが立ち上がった。


「先仕事戻るわ。」


「了解です。俺も後15分休んだら行きます」


霧島さんは身支度を済まし、厨房に消えていった。
実のところ、霧島さんには感謝していた。
霧島さんの飼い犬の黒糖丸をメッセージアプリのアイコンにしていた事で花白さんとの話題ができた。


霧島さんというより、黒糖丸には頭が上がらない。
今度、黒糖丸におもちゃかお菓子を買ってあげよう。そう心に決めた。


チロリンッ。


休憩も残りわずかになった時、俺の携帯にメッセージが入った。


『上崎先輩、お疲れ様です!


明日、先輩の教室に行ってもいいですか?


移動教室とかでいない時間があれば教えてください、迷惑なら日を改めます!


今日もバイト頑張って下さい!』


目頭が熱くなるくらい嬉しかった。


俺は携帯画面をタップして返信を送る。


『お疲れ様、今休憩中だった。


明日は多分移動教室なかった気がする。


いつでも待ってます!


花白さんに応援されたからやる気、急上昇!


じゃあバイト戻るね!』


  花白さん…なんていい子なんだ。
 あの日俺に手紙をくれた天使はいつのまにかかけがえのない存在になっていた。


  生まれてから始めて俺宛にもらったラブレターに母さんから便箋と封筒を貰って返事を書いた。
 あれから一カ月経った今も俺たちは変わらずに過ごしている。


 人生初めての彼女は優しくて笑顔が素敵で少し天然な人だった。


 この日の俺は何をするにもやる気が出てバイトが終わるのも早く感じた。


 翌朝、月曜日に体育館で行われる全校朝会の列に広樹と太一と並ぼうとしていると、背後から誰かが俺の手を握った。


「えっ?」


 経験のないことに俺は戸惑って思わず声をあげた。
 ゆっくり振り返ると俺の手には小さな手が重なっていた。


 その小さな手から視線をあげると俺の心臓が跳ね上がった。


「おはようございます!先輩に会いたくなって探して来ちゃいました…。見つけられてよかった。あっすみませんっ!」


 俺の手を握っていた小さな手は離れていき、少し寂しさを感じた。


 「おはよう花白さん!俺も…会えて良かった。」


 俺の言葉を聞いた花白さんは顔を赤らめて俯いた。
 一つ一つの行動が俺には可愛く見える。


 そんな彼女を迎えに来た友人の有坂さんが遠巻きにこちらを見ていた。


 花白さんは有坂さんの視線に気付いてはっと顔を上げた。


「じゃあ先輩、また後で伺います!」


「うん、待ってるね」


 花白さんは俺に一礼をすると、有坂さんの方へ走っていった。
 花白さんが見えなくなるまで目で追っていた俺は、ここにはギャラリーがいたことを思い出した。


「うん、待ってるね。だってよ!ヒューヒュー!可愛いな柚子ちゃん」


「樹の彼女には勿体無いんじゃない?」


 人の恋を好き放題揶揄い出した広樹と太一は俺を見て吹き出して笑い始める。


「しかも、付き合って一カ月経つのに花白さん呼びかよ。笑えてくるぜ」


「樹のピュアボーイ感には吹き出しそうになった」


「ああ!うるせーな!お前ら、人の恋愛を馬鹿にするな!俺が幸せならいいんだ!」


 俺の言葉に二人は一瞬静まり返ったが、瞬く間にゲラゲラ笑い始めた。
 終いには…


 「後で大輔に報告しようぜ」


 なんて言い始めて、俺はなんだか惨めな気持ちになった。
 

   だけど、宏樹は急に振り返ったと思ったら。


「樹、良かったな!」


一言そう言った。
隣の太一も頷いていた。
なんだかんだでこいつらのことは憎めない。


「ありがとな」


俺は二人にそう告げた。


全校朝会はいつも通り校長の長い話を聞き無事に終わった。
俺の一日の中でいつもと違っていたことは、花白さんが、昼休みに訪ねて来たことだった。


「上崎、彼女が呼んでるよ!」


俺に知らせに来たのは柏崎大輔だった。
大輔に呼ばれて俺は花白さんの元に急いだ。


廊下に出た俺は花白さんと有坂さんの姿を目にした。花白さんは俺に気付くと走り寄って来た。


「上崎先輩!こんにちは、あのっこれ…良かったら食べて下さい!お芋と栗を使った蒸しケーキです。」


小さな紙袋を俺に渡した花白さんが頭を下げて帰ろうとした時。


「ちょっと!!!樹邪魔!!」


怒りに満ちた声が俺の横を通過していった。
俺の名前を呼んだ女子生徒はヅカヅカと教室の中に入って目的の人物を捕まえていた。


音無めぐみ。


山崎太一の彼女で昔からの知り合いだ。
その様子を花白さんと呆気にとられて眺めていた。


山崎は胸倉を掴まれ、勢いよく平手打ちを食らった。


花白さんに見せてはいけないものを見せてしまった。仲間内からしたらいつものことだけど、初めて見る人には衝撃的な映像だろう。


「失礼しました!!!」


怒りを発散させためぐみは俺の横をすり抜けて歩き去っていった。


花白さんは目を丸くしながら口を開いた。


「上崎先輩のお知り合いですか?」


俺は苦笑いを知らながら口を開いた。


「昔からの知り合いで友達の彼女。あいつが怒ってるのは毎日だから、大丈夫…。変なもの見せちゃってごめん」


俺が謝ると花白さんは首を横に振った。


「上崎先輩は、悪くありません!少しびっくりしましたけどああいう過激な恋愛も素敵だなと思いました。」


「えっ?」


「好きな人のためにあんなに怒れるのはやっぱりそれだけ好きなんだろうなって…あっすみません勝手に…わっ私、そろそろ行きます!」


  「花白さん!ありがとう!いただきます」


 俺に手を振りながら有坂さんの元に走って戻る花白さんはやはり天使だ。


 あの修羅場的シーンを見てあの感想が出る人は少ないと思う。
 花白柚子は今日も天使だった。


 俺は貰った紙袋を手に教室に戻った。
 教室では宏樹と太一が先に弁当をつついていた。
 先ほどの平手打ちがなかったかのような普通な態度には毎回感服する。


 俺が宏樹達に近寄るとにやけた宏樹から早速声をかけられる。


「なあに、貰ったんだ??」


「蒸しケーキだってさ、楽しみだ!」


 「ふうん、味わって食えよ」


 俺はいつもより早く早めに弁当をかき込むと、花白さんがくれた紙袋を開けた。


 袋の中から甘い香りが漂った。
カップに入ったケーキが二つと手紙が一枚入っていた。


『お家の畑で採れたお芋と親戚からもらった栗を使って蒸しケーキにしてみました。


お口に合うか分かりませんが食べてみてください!



先輩、今日も好きです 。


花白 柚子   』


先輩、今日も好きです。


今日も好きです。


「樹、鼻血出てる。エロいこと考えてたんだろ!」


 宏樹の冗談を交わしながら鼻に手を当ててみた。
 自分でも知らぬ間に鼻から赤い液が伝っていた。
 太一からティッシュを貰って鼻に詰めた。


 「まじで俺、花白さんにやられてる」


 俺の呟きに二人が首を傾げた。
 俺は二人に笑顔で返した。


 「てかさ、いい加減花白さんじゃなくて下の名前呼んでみたら?」


太一の提案に宏樹が頷いた。


 「市川さんより、麻里子って呼んだ方が響きがエロいだろ?音無さんよりめぐみって呼んだ方が響きがエロいだろ?分かるか?」


 宏樹と太一の彼女で説明されてもピンとこないが、確かに花白さんより柚子って呼んだ方が近い関係になれる気がする。


 「迷惑じゃないかな」


 俺の不安はそこだった。
花白さんを好きになる度に押し寄せるのはあの日のトラウマだった。


 もし、名前で呼ばれるまでの罰ゲームだったら…。そうじゃないと分かっていても不安は募るばかりだった。 


  「また…名前で呼んだら…実は罰ゲームで…さようならとかだったらと思うと怖いんだよ」


 俺の言葉に二人は悲しそうな顔をしていた。


「柚子ちゃんを信じてみろよ、きっとあの子はちゃんと樹のこと好きだと思うけど」


「うん…」


 太一の言葉に小さく返事をすると、先程の修羅場を思い出す。


「そういえば、今日のめぐみは何に怒ってたんだ?」


俺が今日はと言ったのには訳がある。
ほぼ毎日あの現場を俺たちは目撃しているからだ。


「今日は隣のクラスの女子とのワンナイトラブがばれて逆鱗に触れたみたい、めぐみを一番大事にしてるって何で分からないのかな」


 「いや、普通ならもう別れてるだろ」


 太一の言葉を聞いた宏樹が呆れながら呟いた。
俺も頷いた。


「めぐみだから別れないんだろうな」


宏樹はめぐみを按じていたのか遠い目をしていた。


俺はふと自分の手元から甘い香りを感じた。


手元に目をやると花白さんの手作りお菓子が待っていた。


 俺は慌てて鼻を抑えていたティッシュを外すと袋から蒸しケーキを取り出して一口齧った。


 口の中に優しい甘さが広がって俺の食欲を刺激した。


「花白さん、美味しい…」


 思わず声に出た感想に宏樹たちが笑い出した。
それでも恥ずかしいと思わなかった。


 今度、花白さんに何かお礼をしなければとそう思っていた。


 次に会ったら花白さんじゃなくて柚子ちゃんと呼べるように、練習しようかな。


 人生初めての好きな人からの手作りお菓子は初恋の味がしました。

 
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