“私だけに”優しい上司と焼肉に行くまで

植木苗

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ついに、約束の日がやってきた。

超がつくほどの焼肉日和。いや、焼肉日和って何だろう。

そんなのどうでもいいことのように、いつも以上に、空の色が澄んで見えた。

「西山さん、おはよう」

「おはようございます!」

今日はいつもの三倍くらい弾んで、挨拶する。課長も私の笑顔に応える。

〈今日はデートですね!〉

〈そうだな、楽しみ!〉

そのようなアイコンタクトを取る。課長はどう思っているのか、わからないけど。多分、そう思っているはずだ。

仕事を終えると、課長が席まで迎えにきた。

「行くか」

「はい」

時間をかけて仕込んだ熟成肉を、ジューと金網で焼く。私たちの恋は、まさに“焼肉”のようだった。

そして、ゴールはこの焼肉屋にある。

店内に入ると、金・金・金の内装。ちょっとゴージャス過ぎる。

課長って普段、こんなところで食事しているの? 少し不安になる。

「いつも、こんな高級そうなお店に?」

「いや。初めてくる」

課長がネクタイを締め直した。退勤後に、ネクタイを締め直すとは、これまた貴重な光景だ。

「ここまで高級じゃなくても、良かったのに」

個室に通されているにも関わらず、なぜか小声になってしまう。

「だって、喜んでほしかったから」

何を可愛いことを言ってるんだ、この非合法課長! 心の私が悶絶した、当然いい意味で。私は深々と頭を下げる。

「それは……とても有難いことです」

「ふふふ。何それ?」

「すっごい嬉しいです。めちゃくちゃ喜んでいます、という意味です」

課長がニヤッと笑って、顔を背けた。照れているらしい、いや。絶対にそうだ。

とんでもないお肉たちが運ばれてくる。卑しい私の脳内では、お金の音がチャリンチャリンとなり続ける。

これを奢ってもらって、いいものだろうか。そんな私の心配をよそに、課長が話し始めた。

「あの、最初に話しておきたいことがあって。もう噂で聞いてると思うけど」

「……はい」

「俺、二年前に離婚したんだ。まぁ、その、いろいろあって……」

「はい。なんか概要は、噂で聞きました」

「だよな。ちゃんと、自分の口から言っておくべきだと思って」

「わざわざ、ありがとうございます」

「不倫されたからって、自分は悪くないとは思ってない」

課長は真剣に話している。言葉を選んでいる感じもあった。

「俺も悪いところはあったし。反省すべきところは、たくさんあった。だから、次は、そういうことがないように、と思っています」

語尾が敬語になり、課長の真面目なところが垣間見える。

お見合いかよ! と思わず突っ込みたくなったけど、課長のあまりに真剣な表情に、今日は茶化さないでおこう。

きっと結婚適齢期を過ぎた私への、誠意なんだと思う。優しさが沁みる。

「はい。私たちなら、大丈夫ですよ」

そう言って、私史上最高の温かい視線を向けた。

あれ? これってなんか、プロポーズみたいになってない? やばい、なんか変なこと言ったかも? そう思って、心の中でアタフタする。

でも、幸い課長は気づいていないようで、満足そうにビールに口をつけていた。
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