『粘液の楽園』

テタの工房

文字の大きさ
1 / 1

第1話

しおりを挟む
37歳、独身、趣味は筋トレと美味しいものを食べること。友人も多く、仕事も順調だった。そんな平凡で幸せな日々を送っていた蓮見翔太は、ある日突然、路上で通り魔に襲われた。刃物が胸を貫き、意識が遠のく。

次に意識を取り戻した時、彼は視界の中に何も見なかった。いや、正確には、自身の存在を、漠然とした粘液状の何かとしてしか認識できなかった。

「……え?」

かすかな、しかし確かに彼の声だと認識できる呟きが、広がる粘液の中から生まれた。彼は、スライムになっていたのだ。

最初はパニックになった。自分の身体、いや、粘液の塊を確認するのに必死だった。手足はない。顔もない。ただ、意識だけが、このプルプルと震える、半透明の粘液の中に閉じ込められている。

「……何でスライムなんだよ!?」

叫びたいのに、声は震える粘液の中で共鳴し、奇妙な音を立てるだけだった。

しかし、絶望に浸っている暇はなかった。彼の周囲は、森のような場所だった。鳥のさえずり、風の音、木々のざわめき。異世界に転生したらしいことは、すぐに理解できた。

スライムとしての能力は、最初は限定的だった。形を変えること、粘液を伸ばすこと、そして小さな虫を捕食すること。しかし、驚くべきことに、彼のスライムは、驚くべき速度で成長していった。

最初は小さな虫しか食べられなかったが、数日後にはネズミを丸呑みできるほど大きくなり、一週間後には野ウサギを捕食できるほど巨大化した。彼の粘液は、驚くべき再生能力と吸収能力を備えていた。

そして、彼は気づいた。自分のスライムは、吸収した生物の能力をコピーできるのだ。ネズミの俊敏さ、ウサギの聴力、そして、ある時捕食した毒蛇からは、強力な毒を生成する能力を得た。

彼は、このチート能力を駆使して、森を生き抜いていった。最初はただ生き延びることに必死だったが、次第に、この異世界での生活を楽しんでいくようになった。

スライムとしての生活も、意外に悪くなかった。空腹知らずで、危険を察知する能力も優れており、睡眠も必要ない。自由に形を変えられるため、隠れるのも得意だ。

ある日、彼は森の中で、他のスライムと出会った。小さな、弱々しいスライムだった。彼はそのスライムを捕食する代わりに、保護することにした。

そのスライムは、彼に従うようになり、やがて他のスライムも集まってきた。彼は、いつしかスライムたちの王となった。

彼は、彼らを「粘液の楽園」と名付けた自分の王国に導き、安全で豊かな生活を送らせようとした。最初は少なかったスライムたちも、彼の能力と指導によってどんどん増えていった。

彼の王国は、徐々に大きくなっていった。彼の粘液は、あらゆるものを吸収し、変化させることができた。森の木々は、彼の意思によって、住みやすいように変えられていった。

しかし、楽園は永遠ではなかった。ある日、強大な魔物が現れた。その魔物は、彼の王国を破壊し、スライムたちを襲ってきた。

蓮見翔太、いや、スライム王は、初めて恐怖を感じた。しかし、彼は諦めなかった。彼は、これまで吸収してきた生物の能力を全て駆使し、その魔物と戦った。

激しい戦いの末、彼は魔物を倒した。しかし、彼の体は大きく損傷していた。多くのスライムたちも、犠牲になった。

悲しみに暮れる中、彼は新たな決意を固めた。彼は、二度とこのような悲劇を繰り返さないために、強くなることを決意した。彼は、魔王になることを決めた。

「私は、この世界を守る魔王になる!」

彼の粘液は、再び輝き出した。彼の王国は、より強大になり、より多くのスライムたちが集まってきた。

彼の楽園は、これからも続いていく。粘液の楽園は、彼の意志によって、永遠に続くのだ。彼は、スライムとして、魔王として、この異世界で生き続ける。そして、彼の物語は、まだ終わらない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

【完結】アル中の俺、転生して断酒したのに毒杯を賜る

堀 和三盆
ファンタジー
 前世、俺はいわゆるアル中だった。色んな言い訳はあるが、ただ単に俺の心が弱かった。酒に逃げた。朝も昼も夜も酒を飲み、周囲や家族に迷惑をかけた。だから。転生した俺は決意した。今世では決して酒は飲まない、と。  それなのに、まさか無実の罪で毒杯を賜るなんて。

異世界ファンタジー的短編まとめ

よもぎ
ファンタジー
異世界のファンタジー的短編のまとめです

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

こうしてある日、村は滅んだ

東稔 雨紗霧
ファンタジー
地図の上からある村が一夜にして滅んだ。 これは如何にして村が滅ぶに至ったのかを語る話だ。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...