孤児院の司書

テタの工房

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第1話

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麗乃の意識が戻った時、鼻腔を満たしていたのは埃と獣の臭いだった。薄汚れた粗末な布が身体を覆い、硬い土の床が肌に突き刺さる。頭が痛む。記憶の断片が、鮮やかな色彩と同時に、鈍い痛みとして蘇る。大学図書館への就職が決まっていたこと、司書資格取得の喜び、そして……事故。トラックのヘッドライト、耳鳴り、そして闇。

彼女は死んだのだ。本に囲まれた人生を夢見ていたのに、人生はあっけなく幕を閉じた。今、彼女は、どこかの異世界、薄暗い小屋の中で目を覚ました。

「……ここは…?」

かすれた声は、自分のものではないようだった。周りの様子を窺うと、粗雑な木造の小屋で、薄汚れた食器や粗布が散乱している。小さな窓から差し込む薄暗い光は、この世界の貧しさを露呈していた。

「おい、アイリス!寝ぼけてるのか!」

怒鳴り声が響き、太い腕が彼女の肩を掴んだ。父親らしき男の、酒臭い息が鼻をつく。アイリス。それが、この世界の彼女の名前らしい。

それからというもの、アイリスとして生きる日々は、想像を絶する苛酷さだった。父親は酒浸りで、母親は数年前に病死している。食料は乏しく、日々の生活に追われる日々。識字率の低いこの世界では、本などという贅沢品は存在しない。本への渇望は、彼女を蝕んでいった。

麗乃の魂は、アイリスの体を通して、この世界の理不尽に怒りを燃やした。彼女は、この世界の不平等、貧しさ、そして何より、本がないことに、激しい憎悪を抱いた。

「本が…本が読みたい!」

彼女は何度も叫んだ。しかし、返ってくるのは、父親の罵声と、空腹の痛みだけだった。

そんなある日、彼女は偶然、廃墟となった教会の地下室で、古びた羊皮紙を発見した。文字は、彼女が知っている言語とは異なっていたが、絵画や記号から、物語を想像することはできた。

そこから、アイリスの行動は一変した。彼女は、昼間は父親の仕事を手伝い、夜は羊皮紙を模写し、少しずつ文字を解読していった。文字の読み書きを覚え、絵を描いて物語を創作し、手製の紙を作り、自ら本を制作し始めた。

最初は、粗末な紙とインクで、絵と簡単な文字で綴られた物語だった。しかし、彼女は諦めなかった。粘り強く、地道に、技術を磨き、より質の高い紙とインクを手に入れるために、村人を説得し、交渉し、時には騙しすら使った。

彼女の人格は、転生前と比べて、歪んでいた。他人を利用し、欺き、時には暴力も辞さなかった。目的のためなら手段を選ばない、冷酷で利己的な人間になっていた。彼女にとって、本を作ることは、生きることそのものだった。

何年もかけて、アイリスは小さな図書館を作った。手作りの本が、ぎっしり並んでいる。それは、彼女が血と汗と涙を流して作り上げた、彼女自身の血と骨で出来た図書館だった。

しかし、ある日、彼女は気が付いた。彼女の図書館には、彼女が作った本しか存在しないことに。彼女は、他の人々の物語に触れる機会を、自ら奪っていたことに。彼女は、本を愛するあまり、本を共有することを忘れていたのだ。

自らの冷酷さに、アイリスは初めて恐怖を感じた。彼女は、本を求めるあまり、人間性を失いかけていた。

その日から、アイリスは変わった。彼女は、村の子供たちに読み書きを教え、一緒に本を作った。彼女が持っていた知識を、惜しみなく分け与えた。彼女は、自分の作った本を、村人たちに読ませた。

彼女の図書館は、村の希望の光となった。人々は、アイリスの作った本を通して、世界を広げ、新たな夢を叶え始めた。アイリスは、ついに、本に囲まれた人生を手に入れた。しかし、それは、かつての麗乃とは全く異なる、新たな人生だった。冷酷で利己的なアイリスは消え、本を愛し、人を愛するアイリスが誕生した。それは、転生という奇跡と、苦難の道の果てに得た、かけがえのない宝物だった。
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