短くて怖い話3【短編集】

テタの工房

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鏡の嘲笑

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蝉の大合唱が窓を震わせる、真夏の夜。高校二年生の翔太は、喉の渇きに耐えかねて、洗面台の水をゴクッと飲んだ。

冷たいはずの水が、鉄くさい、生臭い、何かが混じったような不快な味だった。むせ返る翔太は、慌てて蛇口を閉めた。

そして、鏡を見た。

そこに映っていたのは、翔太自身ではなかった。

同じ顔、同じ髪型、同じ制服。なのに、明らかに違う。

眼窩が空洞で、黒々と空いた穴から、何かが覗いているように見えた。そして、その顔は、歪んだ、恐ろしい笑みを浮かべていた。

「……はぁ…?」

翔太は、声が出なかった。心臓が、胸の中で激しく鼓動しているのがわかった。

鏡の中の“自分”は、笑みを深めた。その笑みは、嘲笑のように、翔太を突き刺すように冷たかった。

その時、洗面台から、水が溢れ始めた。

普通の水ではない。まるで、生き物のように、蛇のように、蠢くように、洗面台から、床へと、溢れ出ていく。

そして、その水の中から、無数の腕、無数の指が伸びてきた。

細く、長く、青白い指が、翔太の足首を掴んだ。

「うっ…!」

翔太は、抵抗しようと足をバタバタさせたが、水の抵抗は想像以上に強かった。まるで、沼に足を取られたときのように、ずるずると、水中に引きずり込まれていく。

恐怖で、翔太は叫ぼうとしたが、声は出なかった。水の圧力、そして、鏡の中の“自分”の嘲笑が、翔太の喉を締め付けている気がした。

意識が薄れていく中、翔太は、鏡の中の“自分”と目が合った。

その“自分”は、満面の笑みを浮かべていた。

それは、翔太自身の死に顔だった。

……翌朝。

翔太の母は、いつものように洗面台の水をひねった。

蛇口から流れ出した水は、少し濁っていた。そして、水滴が、洗面台の縁に沿って、涙のように、ぽたぽたと落ちた。

その水滴が落ちる度に、洗面台の奥から、小さく、かすかに、何かが笑っている音が聞こえた気がした。

母は、その音に気づかなかった。

しかし、その日の夜、母は、妙な夢を見た。

夢の中で、彼女は、翔太の顔をした、眼窩が空洞の男に追いかけられていた。

男は、常に笑みを浮かべていて、その笑みは、冷たく、残酷だった。

そして、男は、常に、洗面台の蛇口の近くにいるのだった。

それから数日後、近所の家の井戸で、腐敗が進んだ遺体が発見された。

警察の発表では、身元不明の男性で、死因は溺死だとされた。

しかし、翔太の母は、その遺体が、翔太ではないかと、ひそかに恐れていた。

あの日、翔太が飲んだ水。

あの日、鏡に映った“もう一人の自分”。

そして、あの日、洗面台の奥から聞こえた、小さな笑い声。

全てが、繋がっていた。

あの夏、翔太は、水に飲まれたのだ。

そして、彼の魂は、洗面台の水の中に、永遠に閉じ込められた。

今も、誰かが蛇口をひねると、水滴が涙のように落ち、奥で、小さな笑い声が響いている。

それは、翔太の、最後の嘲笑だった。
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