愛に溺れたい

水玉

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第二幕 新しい日常

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教室に到着し、ホームルームが始まった。

まずは祐希の自己紹介を軽くして、祐希の席を検討して、着席する。

ど真ん中の席に位置する私の隣となった。

元々いた隣の男子は窓際へと追いやられてしまった様だが、念願の窓際だー!と大変喜んでいたので丸く治った。


こちらへとやってきた祐希は、すらっと長身になっていて、指先も長くて綺麗だった。


うん、男の子なのに中性的な顔立ちをしている。


あの頃はあまりにも近すぎて、分からなかったけど、今なら祐希がモテる理由が分かった。


「よろしくな!鈴華」


ニッと笑う祐希に複雑な心境でうんと頷いた。


あの頃と今は違うことぐらい分かってるはずなのに、心が拒絶している。

いつも通りに対応しようと思っても祐希を前にしてはいつもの私じゃいられない。


「あ、そうそう。教科書見せて?前の学校のと違うからさ」


ガタガタと机を寄せてきて、そう言って私の顔を覗き込む。


「えっ?あっ、うん」


カバンから教科書を出して、祐希と私の机の間に教科書を置く。


ホームルームが終わり、一斉に集まり始めたクラスメイトたちに祐希は笑顔で対応している。


男子にも女子にも人気なのは今も変わってないみたい。


人混みに疲れた私はするりと抜け出して葵の元へ避難した。


「いやー、幼なじみだったなんて知らなかったわよー!」


葵はやや興奮した様子でこちらをみていた。

私の過去なんて話したことなかったなぁ…。


「私もびっくりだよ。転入するなんて聞いてなかったから」


苦笑いで誤魔化しながら葵と祐希について少しばかり話をした。


家がお隣同士で、昔からよく一緒だったこと。


「そんなに仲良かったんだね!そうそう!鈴華がミュージカルしてたなんて知らなかったよ!」


1番触れて欲しくないところに葵は話題を振ってきた。


ミュージカル…というか演劇の部分がメインだったけど。


それにも少し苦笑いをして私は少しだけかじってた程度だと話を濁した。


今はまだ振り返る勇気がないの。



ーーーーーーーーー


授業が始まり、毎度毎度変わる教科担任へ軽く自己紹介をして、授業がどこまで進んでいるのか話を聞いてから、授業が始まる。


聞くところによると、祐希の前の学校は超がつくほどの進学校で、祐希の成績はダントツで良かったみたい。


おまけに幼い頃からやってきた演劇やダンスのおかげで体力もあり、スポーツ万能。


顔も声もいいから、女子のファンが絶えなかっただろうな。


「…?鈴華、俺の顔に何かついてる?」


じっと祐希を見つめていたのがバレたのか、そう尋ねられて私は慌てた。


「あ、いや、そのっ、昔と変わったなぁって」


苦し紛れの嘘をつくと祐希はクスクス笑って


「そんなことないよ。俺はあの頃のままだよ?鈴華こそ、変わったよ」


ードキン


大人びた表情の祐希に胸が熱くなる。

そんな顔、知らない。

ドキドキしちゃうから、こっちを見ないでよ。

視線を外したいのに外せなくて…

言葉も詰まってしまう。

「え?」

やっと出てもこんな程度の言葉。


「可愛くなったね、鈴華。ほんと、あの頃よりも可愛くなって、一瞬分からなかったよ」


どストレートに恥ずかしげもなく言える祐希は、きっと無自覚なんだと思う。


こんな事、好きな子以外に言わないでしょ?


私達は、幼なじみでしょ?


ドキドキしちゃうから、やめてよ。


「な、何言ってんの。恥ずかしいよ」


視線をようやく外して黒板を見る。

周りには私達の会話は聞かれていなかったらしく、特に変わった様子はない。


「本当のことなんだけどな」


再びクスクス笑う祐希に、ドキマギしながら授業を受けた。



ーーーーーーーーーーーー

お昼休みに入り、祐希は男子たちとお昼を食べるらしい。


「あっちで飯食ってきても良い?」


なんて聞くからは?って顔をになった。


「え?うん、良いと思うけど。私に聞かなくても大丈夫だよ?」


そう言うと祐希は何かをじっと考えて一度男子の元へ向かい、また戻ってきた。


「やっぱ、今日は鈴華と食べる。サポート役なんだし、食堂にでも案内してよ!ほら、行こう!」


グイグイと腕を引っ張られ私は慌ててお弁当の入ったカバンを持ち、葵に一言謝りながら教室の外へと出てきた。


あの頃に比べてちょっと強引になった?


そんなことを考えながら食堂の場所を教える。

食堂はいつでも賑わっていてすごい混んでいる。


お弁当を広げて食べる生徒や、食堂のメニューを食べている生徒もいるし、中には教師だって紛れている。


「この券売機で買って、受付口に券を出せば大丈夫だよ」


一通りの流れを説明して祐希は何にしようか悩んでいた。


ちょっぴり優柔不断な所も変わってない。

クスッと笑いながら、ちょっと意地悪をした。


「ほらほらー、早くしないと後ろがつっかえちゃうよー?」

肘で小突くと祐希はさらにあたふたしてた。

いつもこんな事してなぁ。


「決めたっ!生姜焼き定食にするっ!」


そう言ってようやく選んだ食券片手に受付口へ足を向けた。

私は席を確保しておくね、と伝えて辺りを見渡す。


グラウンドに面した窓際の4人がけの席が空いている所を見つけてそこへ座った。


持ってきたお弁当を広げて、祐希を待つことにした。


「ん?榎本、1人か?」


祐希を待っていて数分、降り注ぐ声に私はまたしても胸がドキッとしてしまった。


顔を上げるとそこにはハンバーグ定食のトレイを持っている石井先生の姿があった。


「へ?あ、いやっ、そのっ」


あたふたしていると、目の前の席にトレイを置いて当たり前の様に座った。


「いやー、今日は激混みだな。ちょっと相席させてくれ。」


強引だな…と苦笑いになりながらも先生だし拒否権ないし。


どうぞと言うと満足そうに笑ってる。


「そういえば、嵩原と付き合ってるのか?」

真顔で直球すぎる質問に私は飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。


「っ?!ゴホッゴホッ!なんで、そうなるんですか?」


私の反応がよほど良かったのかニヤニヤ全開の石井先生。


「そりゃ、全校生徒の前で抱き合ったり、息の合ったダンス見れば付き合ってんのかと思うだろうよ?だから、今朝も遅かったんだろ?」



そんな勘違いされてたなんて…

私はともかく、祐希がかわいそうだ!


なんとか誤解を解かなくては…と必死に説明しても、さらにニヤニヤする石井先生になす術もない。


「鈴華、お待たせっ!…て、あれ?先生?」


祐希が出来立ての生姜焼き定食を持ってやってきた。

すぐさま私は祐希に弁解してもらうようにことの経緯を説明すると、祐希は爆笑してた。

私との噂なんて誰も望んでないでしょ?!


「確かに、鈴華とは幼なじみですけど、付き合ってませんよ?今は。」


さらりと否定したかと思ったら、最後にとんでもない一言を残した。


「は?!」

「へー?今は?」

慌てふためく私と興味津々とでも言うような石井先生。

さらに意味深な笑みを浮かべている祐希は続けた。


「今後お付き合いするかもしれないし?どう進んでいくのが分からないのが人生じゃないですか?」

いや、そうなんだけど。そうなんだけど、祐希の一言は重みと含みが多すぎるよ?!

勘違いしちゃうでしょ?!


「石井先生、あまり祐希の言葉は真に受けなくていいですよ!こいつ、わざとやってますから」


祐希はいつも面白がって、真剣な顔して含みのある言い方をするんだもん。


「だって、どうなるか分かんないじゃん?例えば…」


そう言っておもむろに祐希は隣に座っている私の手を取り、手の甲にキスをした。

ーーードキン!!!


「誰もこんなことするって思わなかったでしょ?俺だって、つい数秒前までこうするって思わなかったし。人生何があるか分かんないね?」

固まる私と石井先生を置いて、祐希はニコニコ笑顔で生姜焼き定食を頬張る。


「石井先生、ハンバーグ冷めちゃいますよ?」


その一言で石井先生は食べ始めた。

私もギュッと手の甲を握りしめて

「油でベタベタしたから洗ってくるっ!!!」

ガタッと席を立ちトイレへと向かう。

祐希と石井先生を2人っきりにするのはどうかと思ったけど、今の私にはそんなこと考えられない!!

顔が熱いし、手の甲も祐希の唇の感触が…って!何変なこと考えてるのよ!!


しっかりしろ、私!!


手を洗い、元の席に戻るとなんだか険悪な雰囲気?になっている。


「えっと、どうしたんですか?」


石井先生の邪悪な微笑みと祐希の真っ黒な微笑みが見えない火花をばちばちさせている。

「いや?榎本には少し関係のない話をしてたんだよ?」


関係ないならそんな笑顔をこちらに向けないでよ。

「そうそう。男同士の会話ってやつだよ?」

じゃ、男同士の会話が終わった今は普通にしていただけますか?


現状と発してる言葉が一致しない2人に心でツッコミを入れつつ、ご飯を食べ終えた。

終始バチバチの2人だったけど…


先に食べ終えた石井先生が立ち上がり


「あ、榎本。今日の生徒会よろしくなっ」

そう言って頭をポンポンと撫でて返却口へ向かった。


そのあまりにも自然な行動と、今までなかった接触にドキドキと胸が高鳴る。


え?今、先生に、頭、撫でられた…?!


顔から火を吹きそうな勢いで熱くなるのがわかる。


それをジトーっと見つめている祐希にこっち見ないで!っと言いつつ、残りのご飯を食べ切った。


今日の石井先生、なんだかおかしいよ。



ーーーーーーーーーーー



午後の授業もあっという間に終わり、周りは部活へ行く生徒や帰宅する生徒で騒がしかった。


中でも祐希は休み時間のたびに連絡先を交換して欲しいとか、放課後どうとか色々聞かれていた。


どれも祐希は遠慮気味に断っていた。


引っ越して来てまだ落ち着かない事や携帯を忘れただの言っていた。


「鈴華?どこ行くの?」


私も荷物をまとめて教室を出ようとした時、祐希に呼び止められて振り返る。

「え?生徒会だけど…祐希は帰るんじゃないの?」

私はこれから生徒会だし、祐希は何か部活に入りたがる様子はなかったし、そのまま帰宅するのかと思っていた。


祐希のおじさんやおばさんにも後で挨拶に行かなきゃなぁ~


「え?俺、鈴華の家知らないし」

なんでうちが出てくるの???

「はい?なんで、私の家?」

祐希は2、3秒固まった後、ため息をついた。


「はぁ…おばさんから聞いてない?俺、今日からそっちで世話になるって」


え?世話になる????


あ、


「えっ?!あっ!そうだったね!ごめんっ!すっかり忘れてた!!!」


そうだった!!今朝、お母さんに言われてた!!!


今日は色々ありすぎて、お母さんが海外に行ったことが薄くなりすぎて、祐希が泊まることも忘れてしまうぐらい…


「クスクス…大丈夫だよ。鈴華らしいなっ」


クスクス笑う祐希に私は恥ずかしくて仕方なかった。


今日は祐希に笑われてばっかりだわ。


「もー!笑わないでよ!それにより、どうする?私生徒会抜け出せないし、時間結構かかっちゃうかもしれないし…」


そう。先程、生徒会長はルンルンでおデートに向かったし、私までいなくなると会をまとめられるのが誰もいなくなる。


「あー、そっか!生徒会ね。俺も行くよ。見学したいし」


え?!

生徒会に来るの?!


「え…?」

きょとんとした私に少しムッとした表情になった祐希は、一歩私に近づいて


「なんでそんなに迷惑そうな顔してんの?そんなに嫌?」


困った顔をして私の顔を覗き込む。


若干顔が近いのは気のせいじゃないし、わざとやってるし、いい声出してるし…

周りの女の子たちが顔赤くしてるし…


「べっ、べっ、べつに!そんなこと言っては無いじゃない!」


あ、しまった!言っちゃったよ…


「じゃ、決まりね!」


笑顔になった祐希は急いで荷物をまとめて私の元までやってきた。


うー…周りの視線が痛い。


祐希のあの顔はずるいと思う。

あんな顔されたら…何も言えないじゃない。


祐希と並んで校内を案内しつつ、生徒会室へ向かう。


どんな授業で使うとか、どの先生が厳しいとかそんな話をしながら歩いている。


なんだか不思議だな…。祐希とこうして並んで歩けるなんて。


「なんだか、不思議な感じだよな」


心地よい雰囲気の中、祐希も同じことを考えていたようだ。


「こうやって、鈴華の隣に立てるってすごい不思議だよ。もう叶わないかと思ってた」


今にも泣き出しそうで悲しそうな笑みを向ける祐希に胸が締め付けられる。


「えっと…」


言葉を失い、どうしようもない私に祐希はふといつもの笑みに戻った。


「暗い顔して欲しくてそんな事言ったんじゃないよ。さっさと、生徒会始めて帰ろうぜ」


クシャクシャと私の頭を撫でて一歩前を歩き出す祐希。


「ちょっ!?髪の毛グジャグジャにしないでよー!」


そのあとを慌てて追いかける私。


まるであの頃のように戻った感じがした。


無邪気で何も考えず、好きなことに夢中だったあの頃。

全てが輝き、希望に満ち溢れていたあの頃。


今ではもう、戻らないのに…

祐希がそばにいるだけで、私はこんなにもドキドキして、ワクワクして、笑みが絶えなくて…

あの頃の私に戻ったように感じる。


今まで封じ込めていたものが溢れかえるような感覚…

閉じ込めておきたい私と、解放したい私が混じり合って、混乱している。


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