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全ての女性はそれぞれに魅力という物があると言えば、大体の局面は乗り切れるはず

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「おぉ、ここに並ぶのか?」
ウエイトレスの言う通りに酒場の入り口を真っすぐ進んで行くと、目の前にはこの建物の壁に沿うような形で作られた受付。
横に2つ並べられた受付にはそれぞれ5人ずつ程の列が出来ている。
みな、年若く、汚れ一つない真新しい服装、酒場を好奇心たっぷりの目で見回す様子を見るに、ジェスター達同様に冒険者になりに来たのだろう。
自分達と似た境遇の人を見つけ不安を少し和らげた二人は、手前にあった左側の受付に続く列に並ぶことにする。

「俺たちと同じ考えの奴って結構いんだな」
「そうね、冒険者には特に資格は必要ないから、取り敢えずお金を稼ぎたい人とか、私達みたいな都市部に来たばっかの人は取り敢えず成っておくそうよ」
「へぇ....」
改めて酒場の様子を確認するジェスター。
古めかしくも重厚感のある木で出来たこの建物は、二階部分まで吹き抜けになっており、大人が数人分も在りそうなほどに太い何本のも柱がこの建物の随所に見える。
現在、並んでいる受付があるスペースの右側には、酒場のエリアとなっているようで数人が囲めるようなテーブルが複数設置されており、その広さはこの建物内の半分以上を占めている。
昼の時間にも関わらず真新しい傷を付けながらも楽し気に宴会を開いているひと達の姿に、改めて冒険者という物の自由さ、そんな自由な冒険者に今から自分もなると言う事実を実感する。
これからどんなことが起きるのかワクワクし始めているジェスターは、その視線を改めてこの受付スペースに戻す。

「おい、チェルビー。チェルビーさん。この列なんかおかしくない?」
「何が可笑しいのよ?」
「ほれほれ!」
何かに気付いたジェスターは身体を横に傾け、列の先頭を覗く。
それに倣い、チェルビーも足を一歩外に出し、列の先頭に目を向ける。

「見てみろよ、俺らの並んでいる列には男しかいない。そんで、隣の列を見ると...女しかいない。な、可笑しいだろ?」
「ウエイトレスさんは"お好きな方に"って言っていたから性別で分かれている訳ではないものね..」
「だろだろ...なんかあんのか?」
並んだ当初は様場の雰囲気に圧倒され気にしていなかったが、よくよく考えたら不自然だ。
そんな2人の疑問はそれぞれの列の先頭にある受付を見ることで解決した。

「次の方、どうぞ~」
甘く、柔らかく耳に入ってくる幼さを残す可愛らしい声。
声が可愛ければ見た目も可愛い。
ピンクのワンピースのような衣装に身を包む、肩程度まで伸びたこれまた薄いピンク色の髪。
10代後半あたりの小柄な部類に入る女性が受付をしていた。
応対されている男性は、彼女の一挙手一投足にデレデレしており、彼女が微笑むたびにでへでへと野太い声が漏れていた。

「なるほど....こりゃぁ男共がこぞって並ぶはずだわ...」
「男って単純よね...」
受付の女性に惹かれて野郎どもが群がったのだろう。
その様子は綺麗な花に群がる豚の様だとチェルビーは思った。
ジトっとした目で目の前の光景に呆れ果てているチェルビーの視線は男共から受付の女性に向かう。

「ああいう、猫なで声を常時発する"私って可愛いでしょ?"オーラ出しまくりの女は裏じゃたばこ吸ったり、野糞したりしてんのよ..」
「お前どうした? 何か恨みでもあるのか?」
「別にぃ~...何もありませんけどぉぉぉぉ~」
ぶっさいくな顔をしながらタラタラと言うチェルビーを見て、何か心当たりがあったのかジェスターはニヤニヤし出す。
「お前、あれだろ? モテモテの受付嬢ちゃんが羨ましいんだろ?...だろ?」
「別にぃぃぃぃ~。私の方が女らしいのにぃぃ~。チヤホヤされたいとかぁぁ思ってないしぃぃ~」
深い皺を顔に刻んでいき、その表情と吐き捨てる残念な言葉達。
口を開く度に女性としての尊厳を失っていくチェルビー。
うなだれる彼女の周りだけ、どんよりとした暗い雰囲気を纏っているのはその心情の表れだろう。
流石のジェスターもこれには居心地が悪い様で慌てた様子でフォローに入る。

「お前と、受付嬢ちゃんはベクトルが違うから、そもそも純粋な比較できないだろ?」
「ベクトルってなによ?」
顔を勢いよくジェスターの方へ向ける。
器用に首だけを動かすチェルビーはその表情も相まってかなり怖い。
その様子に、現状の深刻さを理解したジェスターは冷や汗を額に浮かべながら力説する。

「いいか? 受付嬢ちゃんは全ての要素が"可愛い"に向かっている。これは理解できるだろ?」
「まぁ、同性の私から見ても可愛いわね....マジで」
「その点、お前は可愛いではなく、どちらかというと美人の要素が強い。そのすらりとしたスタイル、凛々しさを感じさせる目がお前が美人よりであることを示している。つまり、可愛い受付嬢ちゃんとと美人っぽいチェルビーでは純粋な比較ができない。なので、お前が可愛い受付嬢ちゃん人気に嫉妬する必要なないんだよ。」
「ほぅ。ジェスターは私の事を美人だと思っていると...」
「おうおう、見てくれはそれなりだと思ってるよ」
ジェスターの渾身のフォローにより、暗い雰囲気が霧散した。
どうやら彼の策は成功したようだ。

「そんなに言うなら仕方ないわね。うん。うん。」
「そうだろ? それに有象無象に好かれるよりも、お前の好きな奴に好かれた方がいいに決まっているだろ?」
「それもそうね!! 私の魅力オーラが溢れてしまい、他の男どもを虜にしてしまうかもしれないけども、いつか現れる私の王子様がメロメロになってくれないと意味ない物ね!!」
気分はハイ!!
チェルビーは途端にキラキラしながら語る。

(...チェルビーの将来が不安だ。イケメンに騙されないといいけど...お?)
ジェスターが何かを発見したようだ。

「チェルビーさん、チェルビーさん。あなたの王子様候補見つけましたよ」
そういって手招きする。
その様子は、怪しい商品を売り込もうとする詐欺師のようだ。

「なによ? 今、将来のプランを王子さまと....」
ジェスターが指し示す方向は、隣の女性ばかりが並ぶ列。
先頭はピンク色のオーラに満ちていた。
男性が並んでいた列には可愛い受付嬢。
という事は、女性が列をなしているこの受付には...という事だ。
期待を込めて視線を送ると、ジェスターの言う通り、かなりの美形の男性職員が受付をしていた。
黄色い声を上げながらすぐさま隣の列に移るだろうと予想していたジェスターだが、未だに動くどころか声も上げない様子に疑問を持つ。

「おい、どうしたチェルビー。お前の好きなイケメンだぞ? 喰いたくないのかよ?」
「私をそんな風に言わないで!! イケメンなら直ぐ頂いたりしないわよ...ゆっくり、たっぷり骨の髄までしゃぶり尽くすの....はぁはぁはぁ..あはぁはぁはぁ」
「おっおぅ。それなら、隣の列に移ろうぜ~、そっちの方がじっくりたっぷり出来るだろ?」
今のチェルビーの状態は不安定であり、一刻も早く安定してもらう必要がある。その為にも目についたイケメンを捧げようとする。
しかし、チェルビーの口から告げられたことは、ジェスターの予想を裏切る。

「いや、別にこっちの列でいいわよ。」
「あれま? どうして?」
「なんというか、イケメン過ぎるのよね?」
彼女の口から出てきたのは"イケメン過ぎる"という言葉。
勿論、疑問に思うジェスター。

「その心は?」
「何と言うか、あのキラキラは私には眩しいのよ...分かる?」
「う~ん......えぇと、何となく。言い方がアレかもしれないが、チェルビーとあのイケメンは釣り合っていないんだろ?」
「本当に言い方っ!...まぁそうね。アンタだって、聖女様は綺麗って思うけど、結婚したいとは思わないでしょ?」
「おぉ! 例えうまいな。確かにぃ、聖女様ともなると綺麗すぎて近寄りがたいって印象持っちゃうな...まぁ、あちらが俺の魅力にぃメロメロにぃなっちゃうのならぁ、仕方がないけどねっ!!!」
「はいはい、そうそう。つまり、私はもう少しランクの低いイケメンが良いの。だから、あの人はそういう目で見てないわ」
彼女の理論に納得する。

「そういうアンタこそ可愛い受付嬢ちゃんに興味はないの?」
先程のお返しと言わんばかりにジェスターに問いを投げる。

「俺の好みとはちょいとズレているから...どちらかと言うとガンバレって応援したくなる」
「うんと...妹的に見えちゃうって感じ?」
「そうそう!! そんな感じ。俺は大人っぽい人が好きだから。ウエイトレスさんなんてドストライクだなぁ」
思い浮かべるのは、チェルビーの拳に少し引いた様子だった、ウエイトレス。

「成程、じゃぁ、お互いに受付の職員さんは恋愛対象外ということね。」
「だな..」
雑談している内に自分たちの番が来たようだ。
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