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プロローグ ─勇者の召喚─
しおりを挟む王都の中心、王宮の大広間の特設祭壇。
この国の聖女ミリア・アステールは、その身を清め、魔法陣を前に跪いていた。
魔王の勢力が強まりつつある現状、魔境から溢れる瘴気は森を毒々しい紫色に染め上げている。その強大な魔力の影響は王都にまで及びはじめていた。
それを打開すべく立ち上がったのが聖女ミリアだった。
「皆さま、どうかご安心下さい。私が、古の聖女に伝わる秘術を用い、魔王を打ち倒す力を持つ『勇者』をこの王宮へ召喚します」
聖女ミリアがそう宣言し、王宮の大広間に巨大な魔法陣を描き始めた。その姿は、静謐で神々しい聖女そのもの。誰もが彼女はこの国の希望だと涙ながらに感謝した。
王家は「魔王を討伐する力を持つ勇者となる者を王都へ召喚する」という厳かなお触れを出していた。
国民の誰もが、その勇者が誰なのか、自分かもしれない、と固唾を飲んで見守っている。
ミリアが祈り始めてすでに丸一日が経過していた。
「ああ……ミリア様の美しきこと」
宰相は、恍惚とした表情でミリアを見つめた。隣に立つ騎士団長も深く頷く。
「この世の神々しさを形にしたお姿だ。透き通る雪のような肌に、アメジストの瞳。滑らかなプラチナブロンドの髪……我らがミリア様こそ、この世界で最も愛でられるべき『美』そのものだ」
ミリアは、豪華な祭祀服をまといながらも、長時間にわたる魔力集中と祈りで、額に汗を滲ませていた。その柔らかな肢体が、疲労でわずかに揺らぐ。居並ぶ人々は、その一挙手一投足に息をのんだ。
ミリアはただひたすらに、魔王討伐という大義名分のもと、最高の成果を出すことに集中していた。何度も召喚できるような力は残されていない。今回の召喚が、唯一にして最後の一回になるだろう。
祈祷は頂点に達し、ミリアの全魔力が解放された。
それまで淡く輝いていた魔法陣が、視界を焼き尽くすほどの強烈な光を放ち始めた。
「来るわ……」
ミリアは目を見開き、その光の先に現れるただ一人の影を待った。
閃光が収束し、大広間の中心に、一人の男が立ち尽くしていた。
そこに現れた男の姿は、周囲の全ての者にとって、異様で、醜悪で、そして恐ろしいものだった。男は周囲を見渡す。
「ここは王城か?」
男はミリアに目を向け、次に周囲の人々を冷徹な視線で滑らせ、足元の魔法陣を見た。
「ふむ。俺は辺境伯のゼインだ。これは、王家から通達が来ていた、魔王を倒すために勇者を呼び出すという『勇者の器』ってやつか」
彼の視線が広間を滑るたびに、周囲の貴族たちは、まるで蛇に睨まれた蛙のようにビクッと震え、顔を青ざめさせた。
「ひぃっ! な、なんだあの恐ろしい顔は! 見ていられないほどの酷さだ!」
「あの、凹凸の激しい顔……まるで化物ではないか!」
「こんな化物みたいな男に頼らなければならないとは……この国はもう終わりではないか!」
男たちの蔑みの声。女性たちは恐怖のあまり、その場にへたり込んでいる。その中で、ミリアだけはゼインから目を離さなかった。
ミリアは瞳を潤ませ、肩を震わせていた。
「あぁ、ミリア様が、彼の恐ろしすぎる容貌に、美しき聖女様までもが怯えていらっしゃる」
「無理もない。あの獣のような顔立ち。普通の人間なら卒倒する」
ゼインは、瞳を潤ませ肩を震わせる目の前の女に目を向けた。
「お前がこの国の聖女ミリアか。魔王討伐の件、協力してやる。だが、面倒ごとはごめんだ。さっさと話を進めろ」
ゼインが苛立ちを隠さずに腕を組み、冷たい声でそう言い放つ。ミリアは、ふらふらとゼインに近づいた。彼女は涙を拭いもせず、ゼインの目を真正面から見つめ、一歩、さらに彼の元へ近づいた。
「ゼイン様。お越しいただき、心より感謝申し上げます。どうか、お力を貸してくださいませ。貴方様のその強靭なお力と、気高きお姿が、このわた……いえ、この国を救う鍵となるでしょう」
ゼインは、ミリアの気丈さに不快感を示した。
(この女、 なぜ俺の顔を直視できる?)
聞こえてくる周囲の反応には慣れていた。否、慣れるしかなかった。幼少の頃より、その「醜悪な容貌」ゆえに人々から忌み嫌われ、恐れられてきた。男は蔑みの目で、女は失神寸前の恐怖の目で、彼を見てきた。彼の人生で、自分の容姿を前にして、これほど真っ直ぐな、誠実さに満ちた視線を向けられたのは初めてだった。
ゼインは、面白そうに、冷たい笑みをわずかに浮かべた。その表情の変化に、周囲の人々は「ああ、醜悪な化物の嘲笑だ!」とさらに怯え、恐怖に震え上がった。
そんな中、目の前の聖女ミリアもふるふると震えだし、今にも叫びそうになったのであろう口を両手で抑えている。
ゼインは、もっと脅してやろうと、一歩ミリアに近づき、その白い頬に指を触れた。
「そんな汚らわしい手でミリア様に触れるな!」と周囲から怒号が上がる。
聖女はぴくりと反応したかと思うと、次の瞬間
「はぁぁぁんっっっ!!!」
と、何とも言いようのない悶絶の声を上げ、糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
「ミ、ミリア様が倒れられた!」
「ああ、やはりあの異形の男の容貌と威圧感に耐えきれなかったのだ!」
「恐怖のあまり、聖女様まで卒倒なさった!」
周囲の人々はパニックに陥った。
ミリアは、召喚の疲労と、目の前で起きた事態への感情で、静かに夢の中へと落ちていった。
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