私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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20 黒炎龍

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 カイルさんがくれたネックレスの温かさに満たされ、彼の不器用な優しさに胸が熱くなっていた、その直後だった。

「ユイさん!」

 ルシアさんが慌てた様子で、私の元へ駆けてきた。

「副団長がお呼びだそうです! すぐに来てほしいって!」
「分かりました!」

 急いで立ち上がるが、野営地は依然として騒然としており、魔物の侵入はまだ続いていた。

「ユイ。俺が本陣まで送る。一人で行ったら危なすぎる」

 先ほどまで私の無事を心から喜んでくれたゼルフィさんが、即座に私の前に立った。

「ありがとうございます、ゼルフィさん。お願いします!」 

 ゼルフィさんの護衛を受けながら、私たちは魔物を避けながら、本陣のテントへと急いだ。大量の魔物が湧き続ける状況で、この移動さえも命がけだった。
 本陣の奥、ディオン治癒師長も並んで立っている前で、イリアス副団長はいつもの余裕を失い、深刻な表情を浮かべていた。

「ユイ、前線まで来てもらって申し訳ない。緊急事態だ」
 イリアス副団長の声は低く、張り詰めている。

「ディオンと探知魔法で龍の様子を視たんだが、様子がおかしい。『災厄の黒炎龍』の魔力の様子に異常が出ている」
 副団長は、自らの探知の結果に困惑しているようだった。
「龍が放つ防御魔力が、急激に乱れ、自壊し始めている。この三十分で、魔力の放出量が倍増した。まるで、体内の魔力が逆流しているように乱高下している。その影響で、森全体が極度の混乱状態に陥っている」

 ディオンの表情も、事態の深刻さを物語っていた。

「今現在、黒炎龍自身が自分の魔力に苦しめられている状態です。このままでは、龍自身もその卵も、放出された過剰な負の魔力で自壊しかねない。そして、魔力の暴走によって、今以上の大災厄を引き起こしかねません」

 イリアス副団長が、私をまっすぐに見つめた。

「ユイさん。君の力で龍の魔力を鎮めることは可能でしょうか」
 副団長は、苦々しく拳を握りしめた。
「しかし、あの龍の魔力の奔流は危険すぎる。我々が結界保護して近づいたとして、どれだけ君を守れるか。正直、安全かどうかも確信がない」

 ディオン団長も不安そうに私を見つめる。  

 その瞬間、私の胸の中に、大きな不安が押し寄せた。黒炎龍の魔力を鎮めるなど、私にできるのだろうか?
 服の下に隠した青いネックレスを、そっと強く握りしめた。

(カイルさんが私を守ってくれた。私は、みんなに守られてばかりじゃダメだ。私もみんなを守りたい)

 心の中で、強い決意が湧き上がった。この力を、この国の、そして森の命のために使わなければならない。
 顔を上げ、二人をまっすぐに見つめた。

「大丈夫です。やってみます」
 出た声は、驚くほど冷静で力強かった。
「龍と卵の魔力を鎮めてみせます」

「……分かった。頼む」

 イリアス副団長は深く頷いた。彼の表情には、私への信頼が宿っていた。





 私たちは、ゼルフィさんが見送る中、イリアス副団長、ディオン治癒師長、そして私の三人で龍のいる岩場へと向かった。
 龍の潜む洞窟に近づくにつれ、空気は一変した。冷たく、重い、圧倒的な禍々しさが肌を突き刺す。

 イリアス副団長が静かに両手を掲げた。

「ディオン、頼む。全魔力を結界に注いでくれ。ユイさん、決して結界の外に出るなよ」

 ディオン治癒師長が張った『保護と鎮静の結界』が、私たちを包んだ。イリアス副団長も、自身の魔力をディオン団長の結界に重ねて注ぎ込み、強固な二重障壁とした。

 外の禍々しい魔力を結界が弾くたびに、ビリビリ、バチバチという激しい摩擦音が響き、私の体にまでその圧が伝わってくる。結界の透明な壁が、時折、歪むのさえ見えた。

 そして、私たちは、『黒炎龍』の姿を、間近で視認した。
 漆黒の龍は、巨大な岩場で、全身の鱗を逆立たせ、苦しそうに息を吐いている。その周囲には、禍々しい黒と、龍自身の防御魔力である赤が混ざり合い、凄まじい嵐のように渦巻いていた。その混沌の中心には、巨大な卵が横たわっている。
 龍の瞳は、苦痛と、そして我が子を守りたいという切実な願いに満ちていた。

「ユイ。これが、我々が君を守れる限界だ。この魔力の流れに飲み込まれたら、我々ではどうにもできない。……出来るか?」

 イリアス副団長の声が、張り詰めた空気の中で響く。
 私は青いネックレスを、ローブの上から強く握りしめた。深く息を吸い、目を閉じる。体内の魔力を、頭のてっぺんから足先まで、全て両手に集中させる。

「──っ!」

 両手から、これまでにないほど強く、温かく、そして慈愛に満ちた青い光が溢れ出した。それは、まるで天から降る清らかな雨のように、優しく、しかし確かな力を持っていた。
 青い光は、結界を突き抜け、嵐のように渦巻く黒炎龍の魔力場へと、静かに、しかし決然と、広がっていった。

 青い光が、黒と赤の混沌とした魔力の嵐に触れる。

ゴオオオオオオオオッ……!

 結界の外で、全てをかき消すような轟音が響き渡る。私の全身に、魔力の反動が凄まじい衝撃となって跳ね返ってきたが、副団長たちが必死に結界を維持しているのが分かった。

 浄化の光は、龍の魔力の嵐を押し返す。黒と赤の混沌とした魔力は、青い光に包まれると、まるで熱湯が冷やされるように一瞬で安定し始めた。

 龍の体から噴出していた禍々しい黒い魔力は、みるみるうちに澄んだ、穏やかな光へと浄化されていく。それは、龍の全身の魔力の詰まりを、根元から溶かしていくようだった。
 龍の体が、一瞬大きく痙攣した後、フッと、全身の緊張が解けたように脱力した。

「ッ……! 魔力の濁りが、完全に消えた。龍の魔力が、鎮静に向かっている」
 イリアスが、驚愕と安堵の混じった声を上げた。

 数秒後、龍の周囲を覆っていた魔力の嵐は、穏やかな、澄んだ赤い光へと変わっていた。それは、ただ卵を守るためだけの、純粋な、温かい愛の魔力だ。
 龍は、深く長いため息を吐いた。その琥珀色の瞳から、苦痛の色が完全に消え、静かな安堵と、深い感謝の念が宿る。

 そして、その直後だった。
 カッ!というまばゆい閃光が、卵から放たれた。その光は、浄化された龍の防御魔力と共鳴し、森全体を優しく照らした。

パキ、パキパキッ──

 巨大な卵にヒビが入り、その隙間から小さな、しかし力強い命の鳴き声が聞こえてきた。

「生まれた! 孵化だ!」

 龍は、優しく卵を見つめた。そして、生まれたばかりの子竜を、そっと身体で包み込む。
 イリアス副団長の顔に、初めて心の底からの安堵と歓喜が浮かんだ。私はネックレスを握りしめたまま、その場に膝をついた。

「ユイさん!」
 ディオンさんが慌てて私を支えようとする、その一瞬だった。

 ゴウッ……
 洞窟の奥から、再び巨大な風圧が吹き荒れた。

「何だ!?」

 イリアス副団長が即座に構え、結界を再び展開しようとする。龍が、最後に暴走を始めたのかと、緊張が走った。

 しかし、龍の魔力は、先ほどまでのような禍々しさを全く含んでいなかった。それは、純粋な、強大な風の魔力だ。
 漆黒の『黒炎龍』は、生まれたばかりの小さな子竜を、優しく大きな前足で抱きかかえていた。龍は、私たちの方を一瞥すると、感謝とも、あるいは別れとも取れるような、静かな視線を向けた。
 そして、龍は巨大な翼を広げた。

「気をつけろ動くぞ!」 

 イリアス副団長が、思わず低く叫ぶ。しかし、龍は私たちを気にする様子もなく、その強靭な翼で一度、地を蹴った。
 ドオンッ!という轟音と共に、龍は子竜を抱えたまま、一気に洞窟の岩壁を突き破り、空へと舞い上がった。

 私たちは、その巨大な影が、遠く北の空へと一直線に向かっていくのを、ただ見上げることしかできなかった。

「……行ったか」
 イリアス副団長が、深く息を吐いた。ディオン治癒師長は安堵したように天を仰ぐ。

「ええ。この『嘆きの森』は、彼女の棲家すみかではない。故郷の高山地帯の巣へと戻るのでしょう。子竜が生まれた今、これ以上魔物の群れの中で留まる理由はないですからね」

 私も全身から力が抜け、膝をついたまま、その漆黒の影が夜空に消えるのを見届けた。

「ユイさん、大丈夫ですか」とディオン治癒師長が私を支えてくれた。

「は、はい……大丈夫です」 

 私の疲労は極限だったが、龍が去ったという事実に、安堵が勝った。

 イリアス副団長はすぐに通信用の魔法具を取り出した。

『前線、応答しろ。魔物の動きはどうか』
 遠くで戦闘を続けている声が、魔法具から響く。
『副団長! 魔物が、突然、動きを緩めました! まるで糸が切れたかのように、動きが緩慢になっています。数は多いですが、凶暴性はありません!』
『周囲の魔力も確認しろ』
『は! 周囲の負の魔力が、急速に薄れています!』

 無線での報告を聞き終え、イリアス副団長は、静かに魔法具を懐に収めた。
 そして、私たち三人を見回し、深い安堵の笑みを浮かべた。

「……山場は過ぎたようだな」
 ディオン治癒師長も、心から喜んだ表情を見せた。
「森の危機は去ったようですね」

 私もようやく実感が湧き、大きく息を吐いた。

(終わったんだ……)

 イリアス副団長は、私の前に屈みこんだ。そして、私を労わるように、そっと私の頭に手を乗せた。彼の瞳は、強い光を放っていた。

「ユイさん。本当に、ありがとう。君のおかげだ」
 
 その優しい仕草と、率直な感謝に、私は慌てて首を振った。

「い、いえいえ! 私は、副団長やディオン治癒師長が、命がけで結界を維持してくださらなければ、何もできませんでした」

 イリアス副団長は静かに首を横に振った。

「謙遜する必要はない。ディオンの結界と私の魔力で、龍の魔力の奔流を止めることはできても、その濁りを取り除くことは不可能だった。君の高純度の魔力がなければ、我々に残された選択肢は、龍を刺激して甚大な被害を覚悟で討伐するか、あるいは撤退し森全体を災厄に委ねるかの二択だった」

 彼は、私の目をしっかりと見つめた。

「助かった。本当に、ありがとう」

 その言葉に、私の胸は熱くなった。大きな達成感と、人から心からの感謝を伝えられた喜びに、私の頬は自然と緩んだ。
 イリアス副団長は、ゆっくりと立ち上がると笑みを浮かべた。

「さて。これ以上の戦いは続かない。騎士団と魔道士団に指示を出すとしよう」

 彼はそう言いながら、私をチラリと見て、悪戯っぽい目つきになった。

「そして、ユイさんはすぐに団長のもとに戻らないとな。心配しているだろうからな」
「え?」

 イリアス副団長は、そのまま通信用の魔法具を取り出し、前線への指示を始めた。

(え、何? どういう意味!?)
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