私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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22 夜の訪問

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 激しい遠征から無事に帰還し、王城で解散した後、私はすぐに自宅に戻った。

 自分の家が、まるで天国のように思える。

(ああ、なんて平和なの……)

 いつものルームウェアに着替え、熱いお風呂にゆっくりと浸かった。体中の疲労と、緊張で凝り固まった身体が溶け出していく感覚。
 浴室から出ると、体はぽかぽかと温まり、心底ほっとした。

 ミルクティーでも飲もうか、とキッチンでお湯を沸かし始めた、その時だった。

──コンコン

 控えめなノック音が響いた。

(こんな夜に誰だろう?)
 私は髪をざっと拭き、玄関の扉を開けた。

「はーい……って、カイルさん!?」

 扉の向こうに立っていたのは、黒いコートと、冷徹な青灰色の瞳。
 夜遅くの訪問に驚き、私の声は上擦った。

「どうしたんですか、こんな夜に。何かトラブルですか?」
「いや、違う。少し話があって来た」

 彼の声は低く、相変わらずクールだ。

「あの、どうぞ、中へ……」

 扉を開けて招き入れようとするが、彼は一歩も動かない。

「いや、ここでいい」

 彼は扉の枠に寄りかかった。夜の闇の中、彼の存在がいつもより大きく見える。
 私は、彼の真剣な顔を見て、話さなければいけないことを思い出した。

「あの、カイルさん。実は、このネックレスのことなんですけど」

 私は、首から下げている青い石のネックレスをそっと手に取った。

「あの、このネックレスの保護魔法、本当にありがとうございました! 森ですごく助かって……」

 あの巨灰狼の一撃から守ってくれたこと。彼の優しさに救われた感謝を、必死に伝えた。
 カイルさんは、私の言葉を遮ることなく、じっと聞いていた。そして、いつもよりほんの少しだけ柔らかい声で、言った。

「ああ。無事に帰って来てくれて、良かった」 
「ありがとうございます……」

 その飾り気のない、素直な一言が胸に響く。
 カイルさんが一歩だけ私に近づいた。

「そのネックレスを、いいか」

 彼はそう言うと、首から下げていたネックレスに、そっと触れた。
 お風呂で温まっていた私の肌に、彼の指先が触れる。その手の温度に、思わず息を飲んだ。その指先はとても冷たい。優しい手つきでネックレスを掌の中に包み込むと、彼の指先から静かな魔力が流し込まれた。

 ネックレスの青い石が、まるで命を吹き込まれたかのように、優しく、深く、青く光り始める。その光は、彼の魔力に満たされていくように、どんどん強くなった。

(カイルさんの魔法だ……)

 その光景と、彼の手の冷たさが、私の意識を全て奪う。光がゆっくりと収まり、石は再び静かに輝く。
 彼は、ネックレスを静かに放した。

「保護魔法を、かけ直しておいた」

 彼の行動は、クールでありながらも、私の安全を気遣う優しさそのものだった。

「ありがとうございます!」
「別に礼などいらん。お前が怪我をして困るのは、俺だからな」

 満面の笑みでお礼を伝えると、彼は眉をひそめていた。だけど、その言葉に含まれた優しさに胸が温かくなる。

「じゃあ、俺は帰る」
「はい……」
「風邪ひくなよ」

 カイルさんはまだ少し湿っていた私の髪に、そっと触れた。

 「おやすみ」と低く囁くように告げ、彼はそのまま背を向けた。私はドキッとしたものの、彼の去っていく背中に声をかけた。

「おやすみなさい!」

 背を向けたカイルさんは、何かを思い出したかのようにピタリと立ち止まり、再び振り返った。
 そして彼は、無表情のままぽつりと告げた。

「夜に、男を家に招き入れようとするのはやめろ」

 それだけ言うと、彼は今度こそ夜の闇の中へ歩き去っていった。
 私は、ぽかんと口を開けて立ち尽くした。そして、遅れて彼の言葉の意味を理解し、顔が一気に熱くなる。 

「なっ、なにそれ!!」

 私は、誰もいない玄関で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。





 数日後。
 遠征後の疲労が抜けきった日。私は、借りていた治癒師団の制服を返すために、王城の治癒師団の詰所を訪ねた。 

 詰所のドアを開けると、顔見知りの治癒師たちが温かく迎えてくれた。遠征を共にした仲間との再会は、やはり嬉しい。

 ルシアさんが、すぐに私のそばへ来てくれた。制服を返却し終えると、ルシアさんから「少しお茶でもしませんか?」と声がかかる。詰所の奥にある休憩スペースで、ルシアさんが淹れてくれた温かいミルクティーを二人で飲む。その優しい甘さが、ホッと落ち着かせてくれた。

 そこで、私はずっと気になっていたことを、ルシアさんに尋ねることにした。

「ルシアさん、ちょっとお聞きしたいんですが。魅了っていう魔法があると聞いたんですが、それはどういう魔法なんでしょうか?」

 私の言葉を聞いたルシアさんは、一瞬ハッとした表情を浮かべた。その反応に、私の胸はドキッとする。

「魅了ですか……。魅了はですね、簡単に言えば相手の心を一時的に操る精神魔法の一種です」

 ルシアさんは、静かに説明を始めた。

「術者の魅力や魔力を使って、相手の判断力を鈍らせたり、自分に好意を抱かせたりする、非常に強力で危険な魔法です。倫理的にも禁止されている魔法の一つなんですよ」
「なるほど。それは、魔法で解除することも出来るのでしょうか?」
「はい。もちろんです」

 ルシアさんは、カップを置いて、丁寧に続けた。

「魅了の効果は永続的ではありませんし、私たち治癒師の精神鎮静魔法で解除することもできます。また、状態異常無効化の魔導具などでも防ぐことは可能です。魔道士団の方など、常に精神的に鍛えている人は、通常であれば、よほど強力な術者でなければかかることはほぼないはずですよ」
「そうなんですね」

 私が納得した返事をしていると、ルシアさんの顔色が、再び変わった。

「あの……。やはりユイさんは、その話が気になっていたんですね?」
「え?」

ルシアさんの言葉に、私はドキッと心臓が跳ねた。なぜ私に矛先が向くんだろう?    この前の副団長もそうだけど、魅了の話ってどこまで広がってるの!?  私の心臓は焦燥でバクバクと音を立てた。

 私がどう答えるべきか焦っていると、ルシアさんは、戸惑うような深刻そうな表情で続けた。

「やはり、あの異世界から来たという噂になっている聖女はおかしいですよね……」
「え?」
 今度は私が戸惑う番だった。

「え?」
 ルシアさんも、私の反応に驚いたようだ。

「何ですか? その、異世界から来た聖女さんって?」

 ルシアさんは、目を見開いたまま、すぐに申し訳なさそうな顔になった。

「すみません、てっきり魅了という言葉が出たので、ユイさんの耳にもその話が入っているのかと勘違いしました……」
「何も聞いてないです。私と同じように、また異世界から召喚された人がいるんですか?」

 ルシアさんは、首を振った。

「いえ、それがまだその点は謎だそうです。最近、王都の北区にある教会に、黒目黒髪の不思議な治癒の力を使う女性が現れたそうで」 

 黒目黒髪。私と同じだ。

「人々を癒やす……というか、その女性を聖女と崇め、礼拝する人が、王都の住民の中に急激に増えているそうなんです。人々は、口々に『異世界から来た聖女さまで、この国を救ってくれる』と言っているそうですよ」
「じゃあ、どこかの誰かが異世界からまた人を呼んだんでしょうか?」
「いえ、それが……」ルシアさんは、声を潜めた。

「そもそも、異世界から人を呼ぶなんていう魔法は、この国でも使える人はカイル団長くらいです。それを国が把握できていない他の誰かが使えるなんていうことは、ありえないと思います。何らかの理由でそういう噂が広がっただけなのか、もしくは魅了などの魔法を使い、人々を集めているのでは、という話になっています。いま、魔道士団が調査しているようです」

(なるほど。それならカイルさんも知っているのか)

 ルシアさんの話を聞きながら、私はカイルの顔を思い浮かべた。

「カイル団長は、あえてユイさんにお話していないのかもしれませんね。それなのに、私がユイさんも知ってると思い込んで話してしまってすみません……」
 ルシアさんは、困り顔になってしまった。

「いえ、とんでもない!」
「すみません。ありがとうございます……」

 私たちは、お互いにペコペコと頭を下げ合った。その後ルシアさんと別れ、部屋を出た。
 王城の通路を、考えながら歩いた。

(私の他に、異世界から来た人がいるかもしれないのか……。しかも、私と同じ黒目黒髪で、聖女なんて呼ばれて……)

 そんなことを考えていると、「あ、ユイだ」という声が聞こえた。
 
 ゼルフィさんだ。

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