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23、吟遊詩人が現れました

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橘 信司はふと目を覚ました。
店の外から歌が聞こえてきたからだ。

「おや、もうこんな時間。寝過ごしましたね」
猫たちのブラッシングと朝食を慌ててこなし、店を開けた。

「おはようございます」
「おはよう♪」
店の外にいたのは、吟遊詩人だった。

「お名前を教えて頂けますか?」
「メローと言います」
信司は、紙にメローと言う名前と入店時間を書き、メローの首にさげた。
「楽器はお預かりします」

「いえ、これは僕の一部なので、預けることはできません」
そう言ってメローは小さなハープを抱きしめた。
信司はちょっとためらったが、悪いこともなさそうなので注意するにとどめた。
「それでは、猫様がもし爪を研いだり粗相をしてもこちらでは責任は取れませんがよろしいですか?」
「いいですよ♪」

メローは窓際のキャットタワーに近い席に座った。
信司がメニューを持って行く。
メローは、パンケーキと紅茶のセットを頼んだ。
「少々お待ちください」
信司が台所に行くと、メローはハープを弾きながら歌い始めた。

「猫、それは気まま♪ 自由な旅人~♪」
「すばらしい歌ですね」
「即興ですよ」
信司はメローの美声に聞き惚れていた。

「はい、今日はここまで。お代は1000ギル」
メローは、パンケーキと紅茶を運んで来た信司に手を差し出した。
「お代、取るんですか?」
「だって、僕吟遊詩人だもの。歌は有料だよ」

信司は少しぼったくりだと引っかかったものの、猫たちのうっとりした様子に満足してお代をメローに払った。

しばらくして、メローは店を出た。
信司も店を出て、メローを見送った。

「ありゃりゃ、お宅もやられたのかい?」
下の階から、女将さんが信司に話しかける。
「お宅も、とは?」
「メローは時々やって来て勝手に歌って、お客から金を持ってくんだよ」
女将さんは舌打ちをしながら、塩をまいていた。

「でも、良い歌を歌ってくれました。猫様の歌です」
「あんたが文句ないんなら良いけどさ」
女将さんはあきれ顔でため息をついた。
信司はにっこり笑って、メローの後ろ姿に言った。

「また、気が向いたときにご来店お待ちしております」
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