メイク上手で天然な飯田くんは、鉄壁な守護で妹に溺愛されている

茜カナコ

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 念願の文学部に入れたことに喜びながら、私は本を開いた。
 高校までは、本の虫なんて意地の悪い呼び方をされていたが、これからは堂々と本を読める。しかも、この大学は蔵書が多くて有名だ。私はウキウキとしていた。

「隣、いいかな?」
 突然、やたら顔の良い男子が話しかけてきた。
「……あ、ごめんなさい」
 私は本のつまったトートバックと、肩掛け鞄を慌てて隣の席から避けた。
 もうすぐオリエンテーションが始まる。

 授業の説明や大学での過ごし方などが説明された。
 そして、自己紹介の時間が来た。
 次の自己紹介は私だ。
「赤井 ひなたです。本が好きなので、沢山読みたいと思っています」
 自己紹介は淡々と続いた。

 隣に座った男子は、飯田(いいだ)樹(いつき)と言うらしい。
 オリエンテーリングの後、飯田君が話しかけてきた。
「赤井さん、よかったら明日の朝の授業前に、30分僕に時間をくれない?」
「え? 何でですか?」
 私は飯田君をじっと見た。はっきり言って、イケメンだ。身長はそんなに高くないけど、女性に困ったことはないだろうという物腰と顔面偏差値の高さが見て取れる。
 そんな男子が、何故私なんかに声をかけたのだろう?

「あ、分かった。飯田さんも本が好きなんですね? お気に入りの本を何冊か持ってきましょうか?」
「えっと……まあ、本も好きだけど、赤井さんに是非試してみて欲しいことがあるんだ」
 飯田君の顔が近づく。
 綺麗な肌をしてるな、とか感心していたら、派手目の女子が声をかけてきた。
「飯田君だっけ? これからよろしくね」

「えっと、君は?」
「やだなあ、さっき自己紹介したじゃん。野崎愛羅(のざき あいら)です!」
 野崎さんは顎を人差し指で押さえながら、飯田君を上目遣いで見つめていた。
「よろしくね、野崎さん」
「愛羅でいいよ?}
「じゃあ、愛羅さん。今、僕は赤井さんと話をしてるから、また後でいいかな?」

「うん。いいよ」
 野崎さんは去って行くとき私を横目で見て、鼻で笑った。
 野崎さんの口が、不細工って動くのを私は見逃さなかった。
「赤井さん、明日、七時半に学校前のコンビニで待ち合わせで良いかな?」
「ええ、まあ、いいいですけど……」
 私は不思議だった。
 どうして美人の野崎さんじゃなくて、私に声をかけたんだろうと。

 翌日。

 私は約束通り、七時半にコンビニで飯田君を待った。
「おはよう、赤井さん」
「おはよう、飯田君。あれ? 荷物多いね」
「うん、赤井さんに試して欲しいと思って」
 私はホッとした。
 やっぱり飯田君も本が好きで、お気に入りの本を持ってきたんだろう。

「じゃあ、教室に行こうか」
「うん」
 飯田君は四角いバッグとリュックを抱えて、まだ、誰も来ていない教室に入った。
 私も後を追って、中に入る。
「私のお薦めの本は、これとこれかな?」
 私が本を出すと、飯田君はメイクセットを机の上に並べていた。

「赤井さん、肌も目も綺麗なのにメイクしてないから、もったいないと思って」
「……へ?」
 私は間抜けな声を出してしまった。
「ちょっと髪止めるね」
 大きなヘアピンで私の前髪を止めると、飯田君の表情が変わった。

 化粧水や乳液を付けられた後、ふわふわのブラシで頬を撫でられた。
「くすぐったい」
「じっとしててね」
 しばらくすると、飯田君が言った。
「はい、できあがり」

 私は鏡を見て驚いた。
 そこに映っていたのは、一重のモデルのような美女だったからだ。
「おはよー! 飯田君。……って、貴方誰だっけ?」
 教室に入ってきたのは野上さんだった。
「赤井ですけど」
「はあ!?」

 野上さんは目を丸くした。
「私も驚いてます。……飯田君がメイクしてくれたんです」
「あ、あの、僕がメイクが好きってことは秘密にして下さい」
「うん、りょーかい! これ以上倍率上がっても困るし」
 野上さんは私の顔をじっと見ながら言った。

「赤井さんは肌も目も、メイク映えする感じだなって思ってたから、今日は時間くれてありがとう」
 飯田君が嬉しそうに言った。
「なんで、メイク系の学校に行かなかったの?」
「妹が追いかけてきちゃいそうだから」
 そう言った飯田君の表情は少し暗かった。

「妹さん、仲いいんだ?」
「というか、僕の周りに女子がいるとスゴイ怒るから、妹以外にメイク出来なくて寂しかった」
 飯田君はそう言った後、私に微笑みかけた。
「赤井さん、基礎のメイク道具上げるから、これからはちょっとだけでもメイクして見てね」
「うん。努力する」
 私はお薦めしようとしていた本をしまった。

「私もメイクして欲しいな?」
 野上さんが首をかしげて飯田君の顔をのぞき込んだ。
「野上さんは、メイクを休んだ方が良いと思うよ。肌が疲れてる」
「……!!」
 野上さんは私を睨み付けた。

 飯田君は言った。
「ファンデーション、もっと薄くて大丈夫だよ。その代わりよく寝た方が良いんじゃないかな?」
「飯田君なんて、顔だけじゃない。メイクが好きなんて変なの!」
 野上さんはクラスの後ろの席に移動してしまった。
「あの、私、何かメイクのお礼とかしたいんですけど……」
「じゃあ、写真撮らせて」
 飯田君が私の写真を撮ると、満足そうに頷いた。

「やっぱり、いろんな人にメイクできるのって楽しいなあ」
 私はちょっと不安になって飯田君に聞いた。
「その写真、どうするんですか?」
「べつに、何もしないよ? 後でメイクの勉強のために見直したいだけ」
「そうですか……」
 私はそれだけ言うと、席を離れようとした。

「あれ? 授業始まるよ?」
「飯田君の隣だと、目立っちゃうから……」
 私は前髪を自分のヘアピンで留め直して、前の席に座った。
「あ、そうだ。よかったらスマホの番号教えて?」
 飯田君が言った。
「了解」
 私は飯田君とスマホの番号を交換した。

「あ、ひょっとしたら妹から電話が来るかもしれないけど、相手にしなくて良いから」
「はい?」
 私は驚いて聞き直した。
「家の妹、僕が女の子に近づくと怒るんだ。だから、他人にメイクしたのも今日が初めて」
 飯田君はちょっと笑って言った。
「……そうなんだ。メイク、ありがとう」

 飯田君は妹に守られているらしい。
 私は、スマホを鞄にしまってお気に入りの本を読み始めた。
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