転生遺族の循環論法

はたたがみ

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第1章 民間伝承研究部編

転生遺族と少女の覚醒12

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 リリィの部屋、そのベッドの上にて、縦軸は彼女の膝の上に寝かされていた。リリィは部屋着と思わしき楽な格好をしており、ショートパンツから伸びた太ももから彼女の体温が縦軸の顔に伝わっていた。
 縦軸の首に刺さった杭が物に当たらないよう真横を向いているせいでリリィの腹は暗くて見えないぐらい近くにある。苦しくならないように多少の隙間は空けられている。頭を撫でるリリィの手がとても心地よかった。

「お姉ちゃん、これは?」
「見ての通り膝枕です」
「それは分かるけど。何で急に?」
「してみたくなったからです」
「…………そっか」
「もしかして、嫌でしたか?」
「そんなことないよ!」

 縦軸はつい体を起こしてしまいそうになったが、リリィの腕力によって彼女の膝に押さえつけられた。痛みを感じるような乱暴さは無いが、抵抗はできないくらいに力がこもっていた。

「僕も……お姉ちゃんにこういうことしてもらえて嬉しい」
「本当ですか! やった」

 リリィが俯きながら顔を赤らめる。

「ねえ縦軸。よかったらでいいんですけど――」
「ん?」
「その、縦軸がしたいこともお姉ちゃんに教えてくれませんか」

 燃焼してしまいそうなぐらい真っ赤だった。
 そんな彼女の顔を縦軸はただ見ていた。笑顔でもなければ怒っているわけでもない。感情のこもっていない顔で見つめていた。
 いや、正確に言えば感情がこもっていないというより、思考に必死で喜怒哀楽を表現するのを忘れているとでも形容した方がいいのかもしれない。とにかく彼の無表情の原因が頭を働かせていることにあるのは確かだった。

「……もし、またお姉ちゃんと会えたら、したいと思ってたことがたくさんあるんだ」
「そうですか! じゃあ早速」
「でも今は我慢するよ」
「え、どうして? 私は全然構いませんよ」
「そうだね。でも今はいい」

 縦軸はリリィの膝から起き上がり、若干の立ちくらみに苛まれながらもドアへと歩き出した。

「ちょっと散歩してくる」
「分かりました。じゃあお姉ちゃんも支度を」
「いいよ。1人で行ってくるから」

 突き放すような言い方だった。

「ダメですよ。縦軸王都に慣れてないでしょう?」
「じゃあ誰か一緒に来てもらうから。お姉ちゃんは留守番してて」
「そんな酷いですよ。お姉ちゃんが一緒に」

 リリィは体を動かすことも言葉を発することもできなくなった。縦軸が彼女を睨んだせいだ。空気が凍りつくとはまさにこのような状況を指すのだろう。
 縦軸がリリィに近づいてくる。彼の首に刺された杭に手をかけながら、それでも視線はリリィを捉えて離さない。

「ねえ、お姉ちゃん」

 縦軸は首の杭を引き抜いた。そのままリリィの目の前に立ちはだかり、冷たい視線を向けたかと思うと、何も言わずに彼女を押し出す倒した。

「帰ろう」
「た、たてじく……?」
「僕待ってるから、うちに帰ろう」
「あの、どうしたんですか」
「聞こえてたら、返事しなくてもいいから聞いてて」

 杭がリリィの首に当たった。鋭利な先端が皮膚に食い込んでいる。

「母さんも、父さんも、作子も、それに三角さんたちも、皆お姉ちゃんが帰って来るのを待ってる」
「いったいなにを」
「落ち着いたらまた会おうよ。僕はいつになったって構わないから。だから――」
「縦軸!」
「またね」

 杭がリリィの首に刺された。
 エーレの作ったその杭は、魔力を吸い上げる力を持っている。ただしその力は縦軸の魔力を目立たなくする程強力に設定されており、常人に使ってしまえば魔力を全て吸い上げて気絶させてしまう。リリィの魔力量はこの世界の住人にとっては天才とさえ呼べてしまうような圧倒的な多さだが、やはり縦軸には遠く及ばなかった。
 糸が切れたかのようにぷつりと意識を失ったリリィに布団を被せ、縦軸は彼女の部屋を立ち去った。

「何をしてるの」

 部屋を出たところでエーレが縦軸を呼び止めた。

「ちょっと外を歩いてくる。夕ご飯までには戻る」
「君の、魔力は、あまりにも多すぎる。人に、迷惑がかかる」
「だったらあの杭もう1本くれない? 姉さんに使っちゃったから」
「無い。君のために作った」
「じゃあこれでいい?」

 縦軸はポケットからシワだらけになった札を取り出し自分の額に貼り付けた。彼がこの世界に転移してきた直後に使われた物だ。

「それは、吸収じゃなくて隠すだけ。限界がある」
「でも姉さんやカール君は優秀な魔術師って聞いてたのに僕の前で吐いたりしなかったよ。目立ちはしても最低限の効き目はあるよね」
「う、うん」
「行ってくる。誰か一緒に来てもらうから安心して」
「あ、うん。えっと、いってらっしゃい」

 縦軸の背が遠くなっていく。

「……気づいたか」

 エーレは思わず、しかし決して縦軸には聞こえないように呟いた。いずれこうなるだろうと覚悟をしていたつもりだったが、やはり心のどこかで恐れていたらしい。
 ずっと先の見えなかった暗闇がさらに深くなってしまったことをエーレは悟った。



 イデシメが眠っていた3日間の間に縦軸たちとリリィたちはすっかり打ち解けていた。互いの身の上についてそれぞれ話した結果だ。特にエーレについてはおよそ200年前を生きた人物であり、リリィたちの母校の創設者にしてリリィの母方の先祖であるという事実が大きな衝撃を与えていた。ちなみに最も驚いていたのは紛れもない子孫であるリリィだった。
 その後目覚めたイデシメともその日のうちに縦軸たちは仲良くなった。これに関しては微が積極的に話しかけたことが最大の要因だろう。結果的に縦軸たち民間伝承研究部の面々でイデシメと最も仲がいい相手は微およびディファレだった。次点は縦軸だ。

「タテジクさん、お出かけですか?」
「ちょっとね。イデシメちゃんも?」
「はい。少し」

 イデシメの目はすっかり元通りになっていた。誰がどうやったのか縦軸には見当もつかなかったが、ていりによると縦軸たちが寝ている間にやって来た優秀な医者が一瞬で治してエーレが治療費を受け取るなり帰って行ったのだという。

「タテジクさんの方は大丈夫なんですか? 魔力が多すぎて吸収する必要があるからずっと家にいるって決まりだったのでは」
「この札があるから多少は何とかなるよ。それにほら、皆だけ街を観光してるのもずるいしさ」
「そう、ですか」

 他に理由があるとイデシメには分かった。だが詮索はしないことにした。
 嘘が通用していないと縦軸には分かった。そしてイデシメが詮索を控えてくれているのだと察した。

「あ、外に出るなら案内と護衛が必要ですよね」
「護衛……? まあそうだね。イデシメちゃんは用があるんだよね」
「はい。ごめんなさい。カール君は出かけているみたいですし、リムノさんは私が目覚めた日からまた1人でどこかへ行ってしまってますし」
「エーレは地縛霊みたいなものなんだっけ」
「はい。リリィちゃんは」
「寝てる」
「……分かりました。ちょっと待ってて下さい」

 数分の後、イデシメは彼女の髪と同じ白銀の毛を纏った巨大な狼を連れて戻って来た。彼女の相棒のコヨだ。フェンリルという上位の魔物だと縦軸たちは教わった。

「話せはしませんが人の言葉も理解できます。鼻が効くので迷ったりはぐれたりしても安心です。おまけに私はおろかリリィちゃんにも負けないくらい力が強いので護衛にもなります。この子と一緒に行って下さい」
「分かった。ありがとう。よろしくな、コヨ」
「バウ!」

 コヨは上機嫌に尻尾を振っていた。ペットは飼い主に似るという言葉はあるが、コヨもイデシメが最も打ち解けている微、ディファレ、縦軸によく懐いていた。

「ところで三角さんは平気? コヨを取り上げたら機嫌悪くなりそうだけど」

 コヨが微やディファレ、縦軸に懐いたことに嫉妬したのがていりだ。本人によると「大型犬が好き」とのこと。彼女がいつものポーカーフェイスをかろうじて保ったままコヨに抱きついている様は縦軸たちにとっては既に見慣れた光景だ。

「今は出かけているようなので」
「またか。毎日どこ行ってるんだろ」
「ちゃんと帰って来るからいいじゃないですか。テイリちゃんもこの家が1番安全って言ってますし」
「まあそれもそっか」
「では私はこれで。そろそろ行かないとなので」
「うん。いってらっしゃい」
「タテジクさんも。お気をつけて」
「分かってる。いってきます」

 挨拶を交わして縦軸はイデシメを見送り、その後自分も散歩に出かけた。
 この時のやり取りが、縦軸たちが元の世界へ帰るまでにイデシメを目撃した最後の瞬間だった。
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