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第一章
【黒輪 萌は繰り返す 03】
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「野宮さんに教えてもらってびっくりしたんです。包装ラインのガラス張りになっているところが女子トイレに続く廊下だから、そこを通った人の回数とか、出てくるまでの時間を黒輪さんが覚えてて、休憩時間に大声で言いふらしてるって」
事務所にもトイレはあるが、工場側のトイレのほうが男女ともに広く個室数も多いので、パートだけではなく社員も利用している。社員の利用を禁止するルールも特にない。
「そんなの……ずるいからに決まってるでしょ! こっちはトイレに行ける回数も時間も限られてるのに、事務所のあんたたちは気軽に行けてさあ! どうせ中でぺちゃくちゃ喋ってサボってるんでしょ!? 私、知ってるんだからね!」
「まあ、確かに中にはそういう人もいるでしょうけど……。でも、それを男性の方もいる休憩室で、女性だけ名前を出して発表する必要、ありますか? 私のことも言ってたんですよね? 普通に気分悪いですよ」
「だったら真面目に働けばいいでしょうが! 私はそうしてるんだから!」
「うーん……」
恋唯は困ったように微笑んでいた。どう説明したら理解してもらるだろうかと悩んでいる顔だ。
その表情を萌は、完全に見下されていると受け取った。
「私のせいだって言うの? 私が一番真面目に働いてんのよ! 責任持って、誰よりも長く、あんたなんかよりも、ずっと!」
「黒輪さんがこの工場にとって功労者なのは確かです。だから、私も迷っていて……そう言えば、お子さんがいらっしゃるとか。娘さんでしたよね」
「娘じゃないわよ、あんなやつ! 成人して働き出して、これでやっと楽が出来ると思ったら、男になりたいとか言い出してさあ!」
「ああ、そうでした。野宮さんがその話もしてました。黒輪さん、自分のプライベートのこと、勤め先で全部喋っちゃうタイプの人ですよね」
「誰かに話さないとやってられないじゃない! あいつをここまで育て上げる為に、私がどれだけ苦労してきたと思ってんのよ!?」
喋り出したら止まらなくなってしまったのか、萌が一人でヒートアップしていく。
「可愛い名前だってつけてあげたのに、それで呼ばれるのが苦痛だとか何とか、そんな……なら、私の人生は何!? あの子が働いて、ついでに稼ぎのいい男さえ見つけてくれれば、私たちの生活が楽になる、孫の顔も早く見せてって、ずっと言い続けてたのに。何度もそう言ったのに」
喋れば喋るほど、萌の怒りは止まらなくなってくる。
「男になる手術を受けたいとか言い出して、友だちの世話になるからとか言って、旦那と同じで私を置いて出て行って……ほんっと、ふざけんなよ! 次会ったらぶっ殺してやる! ほんと、こんなことになるなら産むんじゃなかった!」
「なんか、同じこと繰り返してません? 黒輪さん」
「何がよ!?」
「無自覚でした」
「はあ!?」
「まあでも、黒輪さんの新人指導が年々きつくなっていった理由は分かりました。離職率増加してるのもここ数年ですし、そういうことですね」
「何よ、分かった気になって」
「黒輪さん」
暗がりの中から、スッと、白い手が飛び出してきた。
「私、期待してます」
江羽恋唯に手首を掴まれ、黒輪萌が身を固くする。
「黒輪さんなら、きっと――」
咄嗟に振り払おうとしたが、動けなかった。掴まれたところの感覚がおかしい。
……どこかから、パンの焼けるいい匂いが漂ってくる。
事務所にもトイレはあるが、工場側のトイレのほうが男女ともに広く個室数も多いので、パートだけではなく社員も利用している。社員の利用を禁止するルールも特にない。
「そんなの……ずるいからに決まってるでしょ! こっちはトイレに行ける回数も時間も限られてるのに、事務所のあんたたちは気軽に行けてさあ! どうせ中でぺちゃくちゃ喋ってサボってるんでしょ!? 私、知ってるんだからね!」
「まあ、確かに中にはそういう人もいるでしょうけど……。でも、それを男性の方もいる休憩室で、女性だけ名前を出して発表する必要、ありますか? 私のことも言ってたんですよね? 普通に気分悪いですよ」
「だったら真面目に働けばいいでしょうが! 私はそうしてるんだから!」
「うーん……」
恋唯は困ったように微笑んでいた。どう説明したら理解してもらるだろうかと悩んでいる顔だ。
その表情を萌は、完全に見下されていると受け取った。
「私のせいだって言うの? 私が一番真面目に働いてんのよ! 責任持って、誰よりも長く、あんたなんかよりも、ずっと!」
「黒輪さんがこの工場にとって功労者なのは確かです。だから、私も迷っていて……そう言えば、お子さんがいらっしゃるとか。娘さんでしたよね」
「娘じゃないわよ、あんなやつ! 成人して働き出して、これでやっと楽が出来ると思ったら、男になりたいとか言い出してさあ!」
「ああ、そうでした。野宮さんがその話もしてました。黒輪さん、自分のプライベートのこと、勤め先で全部喋っちゃうタイプの人ですよね」
「誰かに話さないとやってられないじゃない! あいつをここまで育て上げる為に、私がどれだけ苦労してきたと思ってんのよ!?」
喋り出したら止まらなくなってしまったのか、萌が一人でヒートアップしていく。
「可愛い名前だってつけてあげたのに、それで呼ばれるのが苦痛だとか何とか、そんな……なら、私の人生は何!? あの子が働いて、ついでに稼ぎのいい男さえ見つけてくれれば、私たちの生活が楽になる、孫の顔も早く見せてって、ずっと言い続けてたのに。何度もそう言ったのに」
喋れば喋るほど、萌の怒りは止まらなくなってくる。
「男になる手術を受けたいとか言い出して、友だちの世話になるからとか言って、旦那と同じで私を置いて出て行って……ほんっと、ふざけんなよ! 次会ったらぶっ殺してやる! ほんと、こんなことになるなら産むんじゃなかった!」
「なんか、同じこと繰り返してません? 黒輪さん」
「何がよ!?」
「無自覚でした」
「はあ!?」
「まあでも、黒輪さんの新人指導が年々きつくなっていった理由は分かりました。離職率増加してるのもここ数年ですし、そういうことですね」
「何よ、分かった気になって」
「黒輪さん」
暗がりの中から、スッと、白い手が飛び出してきた。
「私、期待してます」
江羽恋唯に手首を掴まれ、黒輪萌が身を固くする。
「黒輪さんなら、きっと――」
咄嗟に振り払おうとしたが、動けなかった。掴まれたところの感覚がおかしい。
……どこかから、パンの焼けるいい匂いが漂ってくる。
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