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第三章

【イルザは鉱山の中 01】

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 あたくしは昔から美しかった。
 そしてアリッサも、同じように美しいのだ。

「あの人、料理人の娘なのですって!」
「まあ、そんな方が私たちと同じ学校に?」
 資産家の娘たちが小鳥のように囁き合っては、くすくすと笑い合う。
 いくつもの鉱山を所有している父を持つイルザの周りに群がるのは、親のお金で何の苦も無く暮らしてきた娘たちばかりだった。
 女学校に入ったのも父親に決められていたからで、大半の娘たちは卒業を待たずに、親が見繕った相手と結婚するために退学していく。
 それはイルザも同じはずだった。
 アリッサに出会うまでは――。

 こげ茶色の髪を驚くほど短くして、いつも鋭く冷静な緑の瞳で、真っ直ぐに前を見ていたアリッサ。
 同世代の中でも頭一つ分背が高く、手足がすらりと長いせいか、ちょっとした動作さえも目で追ってしまう格好良さがある。
 その中性的な外見と、どこか近寄りがたい雰囲気に、イルザは惹かれていたのかもしれない。そんな人、初めてだったから。
 女学校への入学が花嫁修業の一環でしかなかったイルザと違い、アリッサは学校の薬草園に毎日通っては、成長の様子や葉の効能を調べるのに夢中のようだった。
 入学当初は孤立していたアリッサも、半年も過ぎれば周囲に人が集まるようになっていた。アリッサと同じく学ぶことに熱心な生徒たちから慕われるようになり、彼女たちの中心人物のようになっていったのだ。
 一方、イルザの周りからは少しずつ人がいなくなっていった。早い者はもう嫁ぎ先が決まったのだ。
 人によっては貴族に嫁入りすることが決まったと、勝ち誇るようにイルザに報告してきた者もいる。
「ああ、そう」
 けれどイルザは相手にしなかった。富を築いた父親が、次は地位を手に入れたがっているのは知っている。
 イルザの姉も貴族に嫁いでいたし、自分もそうなるだろうと考えていたから。

 イルザ、お前はどんな宝石よりも美しい。
 お前のふっくらした唇から零れる言葉、長い睫毛に縁取られた瞳の輝きに、敵う者などいないだろう。
 お前はただ、美しくあればいい。傲慢なくらいが男は躍起になる。誰もがお前に気に入られようと、必死になって傅くさ。

 父親は幼い頃からイルザをそう褒め称えた。
 イルザが父の膝に乗せられている間、器量のあまり良くない姉が、自分を恥じるように口を閉ざしていたのも知っていた。

 ……ねえ、お父様。
 傲慢なくらいが男は躍起になるというのなら、女が相手のときはどうしたらいいの。
 どうしたらアリッサが、私に気に入られようと必死になってくれるというの。

 アリッサとて、勇気を出して何回か声をかけてみたことはある。
「まあ、なんて汚い手でしょう! 毎日土いじりなどしているからよ。そんな真似は止めて、貴方もあたくしのお茶会に参加なさったらいかが? 料理人の娘なのでしょう。お茶くらい淹れられるはずですわよねえ!」
「毎日毎日、飽きずに本ばかり読んで、社交というものをご存じないのかしら? 貴方がいる場所はいつも空気が悪いのではなくて? あたくしとお喋りすれば、宝石の煌めきのように毎日が明るくなるというものですわ!」
 恥を忍んでこちらから誘いをかけてみたというのに、アリッサはうんざりした目を向けるばかりだった。
「……あんたさあ、そういう言い方、本当に止めなよ。友だちなくすよ? 私と話したいなら、それだけでいいんだよ。普通に話そうよ」
「普通ですって!?」
 普通に、アリッサの周りに集まる人間の一人になれというのだろうか。それでは他と同じではないか。
 私はどの宝石よりも美しいはずなのに。
 家の中で、集団の中で、一番に可愛がられるのが当然のはずなのに。
「絶対にいや!」
「じゃあ、無理ね」
 やがてアリッサは、まるでイルザに当てつけるかのように、特定の後輩を可愛がるようになった。
 『鑑定』のスキルがあるとかで、アリッサが行っている薬草の研究に協力するようになったのだ。
 制服が汚れるのも構わず薬草園にしゃがみ込む二人は、見かける度に楽しそうに笑っていた。
 二人でまとめた研究成果をどこかに提出する計画があると人伝いに聞いて、イルザは居ても立ってもいられなくて、それを盗んだこともある。
 結局すぐにバレてアリッサの手に戻ったが、その時の彼女の目が今も忘れられない。
 あの射殺さんばかりの苛烈な眼差し。どんな宝石よりも輝く緑の瞳。
 たった一人、確かにイルザだけに向けられていた、激しくて特別な感情を。
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