【意味が分かると怖い百合】ハズレ異世界人は美味しいパンが食べたい

第六章

【唯一の恋 01】

　ブドウ畑が夕焼けに染まっている。
　今頃は広場でダンスタイムが始まっているのだろうか。遠くからゆっくりした音楽が響いていた。
　恋唯と若子はその郷愁をかき立てるような風景の中で佇んでいた。
　全く知らない国の、知らない光景なのに、不思議と泣いてしまいそうになる。
「あたしが……悪かったんでしょうか」
　若子がぽつりと呟いた。
「あそこから這い上がれなかったあたしが……」
「若子さんは何も悪くありませんよ」
　恋唯はすぐさま否定し、無気力な若子の手をそっと掴む。
「踏みつけられても立ち直れる人は、確かにいるかもしれません。けれど、若子さんもあの人も……ただ、助けを求めれば良かったんです」
「あたしは助けを求める勇気も機転もなかったなあ」
「それは私もです。難しいですよね……」
　目を見合わせて、二人は力なく笑った。
「あたし、まりあ姫みたいに整形したかったんです。顔を変えれば、自分のことを好きになれると思ったから。誰かがあたしのこと、好きになってくれるかもしれないって、思ったから……」
「若子さんは今のままでとても可愛いですよ。何も変える必要なんてありません」
　まりあという女性の顔立ちに覚えた違和感の正体が分かって、恋唯は力強く断言した。
　確かに整形で幸せを手に入れることが出来る人もいるだろう。しかし若子が抱えていた心の問題、そして境遇の問題は、彼女が外見を変えることで解決出来るものではなかった筈だ。
「何か……楽しい話をしませんか？　折角のお祭りですし……楽しい気持ちで、一日を終えたいじゃないですか」
「あ、そうですね！　あたしも賛成ですっ」
　若子が恋唯の手を握り返す。
　健気に笑うその姿に、恋唯は抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。
「そう言えば……アリッサさんに今日言われたんです。空き店舗を借りて、サロンを開いたらどうかって」
「サロンですか？」
「はい、あたしの水のスキルが髪にいいって判ったじゃないですか。今日も街の女の人たちが髪のこと気にしてましたし」
　お祭りの広場で囲まれたことを思い出し、恋唯が頷く。
「カーラちゃんがお店のお客さんとかにも話してたみたいなんですよ、あたしのスキルのこと。それで、お金を払うから自分にもやって欲しいって希望してる人がいるって」
「それはすごいですね。確かにここ、空気が乾燥してますし。私は若子さんのお陰で、いま人生で一番、髪のコンディションがいいくらいです。じゃあ私も払いましょうか。一回、幾らくらいにします？」
「えっ！？　恋唯さんからお金取ったりしませんよ！　恋唯さんの髪がツヤツヤだとあたしもときめくから、むしろそれが報酬です！」
「どういう心理ですか？　それ」
「あとそれから……化粧水も作ってみないかって言われたんです。アリッサさんに」
「化粧水も？」
「はい。アリッサさんが元々作っていた化粧水を改良するのに協力してほしいって。アリッサさんの薬草園で育ててる花のエキスとか、混ぜてみたらどうかって言ってました。香りも良くなるし」
　うきうきした声でアリッサの名前を出す若子に、恋唯は先ほどのやりとりを思い出して複雑な気分になった。胴衣の紐は結び直したから、どこもおかしくない筈だ。
　しかし若子が働くことに意欲的になっているなら、余計なことを言うつもりはない。
「スキルと相性のいい配合を調べないといけないから、これはもっと長期で考えなくちゃいけないですけど……」
「すごいですね、若子さん」
「何だか今、自分に出来ることが沢山あるって気づき始めてて。あたし、賢くはないですけど……少しずつ、出来ることを増やしていきたいんです」
　若子はまりあに傷つけられた自尊心を、自らの行動で回復しようとしている。
　それが夕陽よりも眩しくて、恋唯は目を細めた。