アーマードナイト

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第一界—2 『極夜ノ鎧』

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——回想終了、現在の橋

「はぁっ……悪い遅れた!」

 橋に辿り着き、俺は息を切らし、頭を深く下げて待ってくれていた青年に……夢中 啓示に謝罪の意を見せる。

「……別にいいよ、時間に限りがあるわけでもないんだし」
「……そうだな」

 啓示は簡単に、俺の事を一切責めずに許してくれた……だがその声は重く、冷たかった。
 大切な友人の命日に、その友人を救えず罪悪感を感じていたはずの人間が遅刻して来たのだ……不快に感じて当然である。

「……っし、墓参りに行く前にまずは花束を用意しないとだよな……」
「花束……どうする? 例年通り菊の花束にする? それとも今年は別の花に……」

 話題と共に空気を切り替えようとすると啓示は俺の考えを、気持ちを察してくれたのだろう……声色を普段の明るさに変え、問いかけてくる。

「いや菊でいい、違う奴を選んで良くない花言葉だったら困るからな」
「りょーかい……そんじゃ行こうか」
「おう」

 そうやって過去に……本当の死んだ場所である川でなく、死体を移動させ埋めた場所である墓という現在に向かい、俺達2人は歩き出した。

「……」

 歩きながら、いつかを……トラウマを思い出しながら、太陽を反射して輝きを放つ川の大人しい水面を眺める。
 その水面の水鏡により映し出された俺の瞳、その中に輝きは無かった。


——朝日 昇流の自宅、その地下

「……る」

 ドンボールで……ガムテープでぐるぐる巻きにして作られた、そんな粗末な鎧が震えていた。

「る……くっ……る……」

 震えはどんどんと強まり、そして雑音の様だった何かは……

「奴らが……来る!」

 確実に、意思のある声となった。

 その声は長年待ち続けた、いつ来るかも分からない何かへの威嚇の様な……決意とも言える、覚悟の様であった。


——ショッピングモールに繋がる、人気の少ない路地

「おい啓示……道間違えてないか?」

 ずっと黙っていた、気のせいだと考え口に出さない様にしていたのだが……明らかに今歩いている道筋は花屋へ辿り着けるものではなかった。

「ん? あぁ毎年行ってた花屋、あそこ先月辺りに潰れたんだけど知らなかった?」
「知らなかった……」

 初耳である……啓示の場合は通学路に、また学校や駅に繋がる道に毎年利用していた花屋がある為すぐに認知出来たのだろう。
 だが俺の場合その道を通る機会は滅多に無い、通るとしたら10月16日、白波の命日くらいである。

「潰れちゃったのかあそこ、店主の夫婦優しかったんだけどなぁ……」
「まぁ仕方ないよ、去年出来たショッピングモールにでっかい花屋が入っちゃったから客が居なくなったんだろうね」

 弱い者は強い物に淘汰され、小さな物は大きな物によりその存在意義を奪われ……そして存在を失う。
 要するに弱肉強食、というやつである。

「……じゃあ今から行くのはその新しい花屋って事か」
「そうなるね、そこくらいしか買う所が無いし」

 毎年扱っていた花屋への愛着は未だ消えないが今、花束を手に入れるにはショッピングモールの方へと行くしかない。

「……去年もした同じ話、してもいいか?」

 6年前からの10月16日にしている話を始めようとする……最初の1回を除いて切り出し方も完全に一致する、5回目の言葉を口に出した。

「白波が作ろうとしてたゲームの設定、結局どんな感じだったんだろうな……」

 6年前のあの日、俺と啓示……そして白波の3人で集まろうとしていた理由、目的は白波のゲームの設定ノートを見せてもらう事だった。
 何に影響されたのかは知らないが6年生になった途端に白波はゲームを作りたいと言い出しその手伝いを半ば強制的にさせられていた……当時は面倒くさくて協力している様に見せて何もしていなかったが、今になって、というより6年前のあの日からはちゃんと手伝ってやれば良かった、そう思い……後悔し続けている。

「最強のラスボスを思い付いた! とか言ってたよね、その最強のラスボスがどんな力を持っているのかも分からなくなったけど……」
「毎年その力が何なのか議論してるよな、去年は時間を操れる能力か空間を操れる能力のどちらかって事で終わったけど」

 毎年……弔いに向かう度に最強のラスボスとは何か、その事について議論を啓示と交わしている。
 前回は時間や空間以外にも氷や爆発、絶対に貫く矛と絶対に破壊されない盾を組み合わせた矛盾、という能力も挙がったが結局、世界自体に干渉できる能力が強いだろうという事で時間と空間が最強という結果になった。

「それで、あれからまた新しい能力思い付いたか?」
「一応考えておいたよ」
「おー……どんなのだ?」

 去年は矛盾という能力を挙げ、ギリギリの所で時間と空間に敗北した男、啓示……彼は一体、今年はどんな能力を挙げるのだろうか。

「死とかあの世、黄泉そのものの存在とかどう?」
「死とかあの世……? 解説頼む」

 言葉の雰囲気だけなら確かに相当強そうに感じる……だが曖昧すぎてどんな能力なのかが分からない。
 能力の強さを比べる議論においてあやふやな力を扱うのは反則だ。

「解説か、言葉で説明すんの難しいんだよなぁ……」

 言葉による説明が難しい……となるとおそらく、去年の矛盾と同じ系統の概念的な能力なのだろうか。

「なんというか、こう……死っていう概念そのものだから、どんなに攻撃を受けても倒れないし敵を確実に死に追い込める……みたいな?」
「あー……なんとなく分かるかも」

 頭の中でだけなら……感覚だけでならぼんやりと理解は出来る……だが言葉で表す難易度が高い、というか人類の言語ではおそらく表す事は不可能だろう、少なくとも俺の語彙力では無理だ。

「で、俺の案はこんな感じだけど朝日のはどんな感じ?」
「俺は……去年と同じ時間と空間をそのままにしようと思ってたんだけど」

 どんな案が来ても時間を戻したり、空間の歪みに消す、等の方法で完封出来るから今年もこの2つで行ける……そう考えていたのだが……

「黄泉の存在には勝てない気がするんだよな、論理的なのは一切無くて完全に感覚で……駄目だ語彙力が足りねぇ」

 とにかく時間と空間では黄泉には勝てない、それだけ伝わってくれればいい。

「ほほう……つまり負けを認める、という事だね!?」
「あぁ、今年はお前の勝ちだ」

 これで……啓示の勝利により最強能力議論は3:3、来年までは引き分けとなる。
 幼なじみの遺す事が出来なかった言葉、それを勝負とするのは不謹慎に感じられる……だがそうでもしないと耐える事が出来ないのだ。
 俺も啓示も、こうやってふざける事で毎年の墓参りを耐え、白波の弔いを行う事が出来る。

「やっぱりでっかいねー……」
「何気に来るのは初めてだな」

 ふざけ合っている内に俺と啓示はショッピングモールが見える所にまで辿り着いていた。
 白いショッピングモール、その巨大な立方体は所々に窪みや曲線を作られ、その歪みにより向けられる太陽光、周囲の反射光……辺りに存在する全ての輝きを内部へと取り込み、月と見間違う程に美しく、神々しく煌めいていた。
 これを人間が設計し、作り出した……そう考えると本物の月も、太陽も、地球も、この青空、そして……夜空さえも人工的に作り出せるのではないかと思ってしまう。

 俺はその事を口には出さず、心の中だけに閉じ込めて啓示と共にその輝きの中へと立ち入った。
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