アーマードナイト

ハヤシカレー

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第六界—4 『海ノ開界』

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——過去の事、出来事……記憶の回想


「なぁ……白波、これからはちゃんとゲーム作り手伝うから設定ノート見せてくれよ」

 色に溢れた、鮮やかな景色を柵の先に映す展望台。
 そこで、いつかの朝日 昇流は、彼にノートの内側を決して見せない様に、その内側を凝視する緑煙 白波に、半分諦めた様に、ダメ元で頼み事をする。

「駄目、どーせまたラスボスの能力のページを探そうとするんでしょ」
「……バレたか」
「もう47回目だからね」
「なんでそんなの覚えてんだ」

 白波は明日の予定とか、今日やらなければならない事とか、そういうのはすぐに忘れるくせにこういうくだらない事は絶対に忘れない、いつまでも記憶し続けるのだ。
 正直それを記憶してるならもっと大事な事を……とか、色々言いたくなってしまうのだが、以前それに近い事を言ったらしばらく、普段の明るさからは想像も落ち込んでしまったので、決して言わないように、禁句にしている。

「ラスボスの事少しくらい教えてくれたっていいじゃんか」

 別に白波の作るゲームに、考え付いたというラスボスの最強の能力に興味がある訳じゃない。
 だが、もう3年経っても絶対に見せてくれないとなるとその隠された答えを知りたくなる、無理矢理にでも見たくなってしまう。
 所謂カリギュラ効果、というやつだろうか

「だからラスボスは秘密……けどまぁそのラスボスを倒す為の武器くらいなら教えてあげてもいいよ」
「本当か!?」
「でもそれだけ、武器だけで絶対にラスボスの能力は教えないからね!」

 倒す為の武器、その情報だけでも構わない。
 最強の能力を持つ者、それを打ち倒す武器となれば、その武器と能力には何かしらの関連性があるはずなんだ。
 だから、その武器の情報は最強の能力のヒントとなり得る。

「分かってる分かってる、武器だけな」
「でも詳しい事言ったら最強の能力が何か分かっちゃいそうだから武器の絵だけ見せるね」

 白波はこちらの考えを見透かした様に言い、そしてノートのある1ページを見せ付けてくる。

「……鎌?」

 そこには、そのページに描かれていたのは、存在していたのは黒い、夜空の様な色の刃を持つ鎌だった。


——


 温かい……気持ちがいい……そんな心地の良さと関連した単語が脳の中で繰り返し反響する。
 温かな海水が鎧の隙間から入り込み、アーマードナイトの内側を満たして……そして俺の体内にも侵入してきた。
 だが不思議と、何故か苦痛——不愉快には感じなかった。
 ただ気持が良いと、心地が良いと——まるで家に……灰色の街とはまた違う、本来の故郷へと帰還していく様に感じる。


 今、俺は、ナイトという名の鎧を纏いながら、アーマードナイトという名の姿で沈んでいく——海の奥底へと……崩壊の、海底都市へと堕ちていく。


 俺は、朝日 昇流は、あの日から分からなくなっていた。
 生き方も、死に方も……自分はこのまま生きていていいのかも、死んでもいいのかさえも——

 そして、朝日 昇流は崩壊した世界で生きたいと願う……生への渇望こそが人に、生物における最も重要な要素——存在意義であると気が付いた。

 だが、それは間違い……勘違いだったのかもしれない。

 朝日 昇流はあの日、何もしなかった。
 出来なかった——ではなく、何もしなかった……しようとしなかったのである。
 救おうとも、逃げようともせず、ただ最期の最期まで、白波に無い希望の欠片を見せながら、ただ見殺しにした。
 だから、きっと白波は朝日 昇流を恨んでいる——殺してやりたいと、そう願っている。
 だけれど白波はもう死んでいる……朝日 昇流を自分の手で殺す事は出来ない。

 だから、代わりに朝日 昇流が自分で自分に罪を与えなければならない——俺が朝日 昇流を殺さなければならない。
 白波の代わりに、白波の意思——遺志を継いで、俺が朝日 昇流を死へと、黄泉へと誘わなければならないのだ。

 そんな事を、自己嫌悪の様な、そんな思考の中へ、俺は沈みながら、それと共に灰色の街の元へと沈む。

 きっと、街に——壊れきった故郷に辿り着いた頃にはもう俺の意思は無くなり、遺志も遺らないだろう。


 それでいい、それこそが、俺の——


「ッ……?」

 何か、浮き上がってきた物がアーマードナイトの三日月の複眼に当たり、軌道を少しずらして、海面に向かい上昇し、海底の街から遠ざかっていく。

 俺の意識を現実に、僅かながらも引き戻した物、それは——

「白ッ……は……!」

 灰色ではなく、白いノート……長方形の紙の束の中に、白波のアイデアが集約されたゲームノート——白波の遺品であった。

 追いかけて、浮上する。
 遺品を追い求めて、海面へと向かい上がっていく。
 さっきまでの自己嫌悪を、自分に向けた殺意を忘れ、必死に、ただ遺品をこの手に掴み取ろうとして上る。

 海の中を上る——波の中を昇る。

 太陽の薄く白い光が……揺らめく水面という天井が近付き……そして——

「ッはぁっ……あぁ……!」

 気が付くと俺は展望台の上にいた……立っていた。
 灰色の雲に覆われた空の下で、アーマードバトラーの軽い装甲を抱えながら、俺はただ呆然と直立している。
 いつ、どうやってあの海から抜け出したのか……何故アーマードバトラーを抱えているのか、分からない……何も覚えていない。
 だけれど……それでも、俺自身が海から上がる事を選び、そしてまたアーマードバトラーも救い出したのだと、そう感覚で——本能的に理解出来た。

「ろぁっ……トォ……!」
「……」

 肌の上を滑り、削ぐ様に凍てつく潮風が吹いた時——波が揺れ動き、そして舞い上がった波飛沫は展望台の上で人型を象り……シーワールデスとなる。
 現れたシーワールデスは頭部に配置された碧の球体を輝かせ、その青の人型に日暈の様な光輪を描いていた。

「よく抜け出せたなァ……それに関しては褒めてやるよ、賞賛してやる……ガァ……?」

 俺の……アーマードナイトの姿を、形——デザインを見回しながら、何処か嘲笑う様に否定の1文字を発音する。

「その結果お前はァ……お前達はァ! 気持良ォく安らかァに死ねるはずだったのになァ! 地獄の苦しみの中! 絶叫をこのゴミみたいな灰色地球に世界に響かせそしてェ……!」

 シーワールデスはその感情的な語りを1度停止——というより途中で溜め、それと同時に、先端から水滴を落とす人差し指を俺に向けた。
 沈黙の中、床と水滴が当たり……弾ける様な音が一定の間隔で鳴り響く。

 そんな水滴のメトロノームの音はやがて止まり……その音と入れ替わりに、叫びが静寂を打ち壊す——

「この俺にぶっ殺される事になった死ぬ事になたってしまったんだよなァアア!?」
「なぁ……シーワールデス」
「あァ?」

 そして、静寂を打ち壊した叫びは、ナイトの静かな声掛けによって停止させられる。
 ナイトの言葉と、シーワールデスに向けられた視線は冷たく——何処か呆れている様であった。

「命乞いでもすんのかァ? それともあれか、ご主人様とやらだけでも助けてくれとかなんとか情けなァく懇願するつもりなのかァ!?」
「昔から言っている事だがお前の弱点……その青玉、分かりやす過ぎるからどうにかして隠した方がいいぞ」
「お前が言う度に言い返してんだろ触られなければッ……」

 シーワールデスが余裕に溢れた様子で、ナイトの忠告を嘲笑う様に反論の言葉を言い放とうとした……だが——

「ァ……ォッ……?」

 突然、シーワールデスの頭部の球体に風穴が空き……その輝きは一瞬にして消え失せ、人型を模した水はただの無色透明となる。
 碧の球体を撃ち抜いたのは、シーワールデスにトドメを刺したのは……

「まぁ、ナイトのヒントが無くてもあれだけ目立ってれば一目で弱点くらい分かるよね」

 俺に抱えられながら、気絶したフリをしていたアーマードバトラーが左腕に隠し、そして脇と腹の隙間から放たれたバトライルブラスターの光線であった。
 アーマードバトラーは球体の明滅を確認すると自分の力で立ち上がり……そして地面に広がる海水と、転がる破損品の球体に蔑む様に言い放つ。

「ほら、突っ立ってないでさっさと帰ろ」
「あ……あぁ」

 そう言われて海水と球体と、柵の先の海に背を向け、帰路につこうとする。
 だが、何か違和感……というか、消化不良何感じがした。
 まだ何かが残っている様な、やり残した事がある様な……そんな気がしてならない——

「ッ……まだ世界が消えてない!」

 そう、柵の向こうにはまだ海が、海の世界が広がっていたのである。
 まだ世界が消えていない……それはつまり、シーワールデスが死んでいない……未だ生き続けたまま、自らの世界を開いたまま——という事であった。

「あれ本当だ……ちゃんと貫いたはずなんだけど……」
「その貫かれたはずのあいつの脳……球体自体が無くなっているな」

 ナイトの発言の通り、直前にバトライルブラスターの光線が貫き、無惨に転がっていたはずの球体……ナイト曰く脳は展望台から消失していた。

「やばいんじゃないか……これ……!」

 嫌な予感しかしない……冷静に考えればさっきまでの不穏な流れは完全にフラグだったのだろう。
 爆煙の中に、爆散したはずの敵の影が映るのと同じ様な、そんな2戦目——第2形態への前兆……今、おそらく俺達はそれに直面している。

 そして、直面した前兆は、次の瞬間現実となった——


  シェルラァァァァアァァアアア!!


 その骨の髄まで響き渡り、魂そのものが恐怖する様な雄叫びが柵の先の海から放たれたと共に、海は荒れ始め、激しく波打く。
 水飛沫は蛇の様な、龍の様な姿を象り宙を舞う。

 飛沫の龍達は空中で、円を描く様に旋回を始め……その円の内側の範囲と海とが重なる場所に黒く……そして見た瞬間に何かがいると、そう遠くからでも分かる程の巨影が、魚影が映り込む——

「怪人……どころの話じゃない……」

 魚影は海面から姿を——その筋肉隆々な上半身と、蛇や龍の様に長く……螺旋を描く下半身に、そして鮫の様であり……無数の黒い瞳を持つ頭部を持った、そんな、正に怪獣と——界獣と言える様な姿を現した。

「オレの海からは逃げられない……!」

 界獣の声には確実な殺意が……憎しみや、怒りや、愉悦といった哀しみ以外の全ての感情が込められおり、胸から生え、入り組む牙の隙間のその奥からは不気味な、不快感を煽る笑い声の様な音が発せられているのだった——
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