ヴィータマン

ハヤシカレー

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第一話—1 命、それを護る者

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——


「はぁっ……はぁ……!」 

 夕暮れの中、大きく揺れる大地の上、瓦礫の山と山——その間を、1人の少年が息を切らしながら、額と右肩から血を流しながら進む。
 その進む先には、彼の睨みつけるその先には——

「ゼルッ……ァァァア!」
「ゲルグィイッ——」

 空色のラインを走らせ、黄金と銀の肉体に白い装甲を纏い、空色の大きな……人と同じ様に2つある瞳を輝かせる巨人が存在していた。
 巨人は突き出した左拳から、空色に煌めく光線を放ち……そして空中にその巨大な、龍の様な長い肉体を舞わせる青い怪物——怪獣をその光で呑み込み、その中で灰と化させ……やがて消失させる。

「っ……うおぁあ!」

 その光線から発せられた衝撃波によって、少年は周囲の瓦礫やガラスの破片と共に吹き飛ばされ……地面に強く頭を打つ。

「視界がッ……眩む……けど!」
「ゼルァ……」

 少年は歪む視界の中、少しずつその身を景色の中に……溶け込む様にして消えていく巨人の方へ向かい走り出す。

「あいつがッ……!」

 少年が走り続け、巨人が完全に姿を消した時……少年は視界の中央に、全身を微かに……空色に輝かせる男を見つける。
 血走った目で男を睨み……そして男の目の前で足を止めた。

「お前かッ……お前なのか!?」
「なっ……君その怪我大丈夫なのか……?」
「お前なのかって聞いてんだよ!」
「うぉっ……と、なんの事だ?」

 男は少年の顔を覆う血を見て、心配した様子で聞くが、少年はその声を無視し……男の金と銀色のジャンバーの襟を掴む。

「お前があの巨人なのか……!?」
「……いや違う。俺は偶然居合わせただけだ」
「ならさっきの身体の発光はなんだ……大体この場で居合わせて無傷なんて有り得ないだろ!」
「それはッ……」

 少年はまくし立てる様に叫び続け、男は困惑した様子で、返す言葉を見つける事が出来ずに言葉を詰まらせてしまう。

「さっさと答えろッ——」

 少年は痺れを切らした様に叫び、男の顔面に拳を叩き込もうとする——だが。

「っ……」

 拳が男の元に到達する前に、少年は白目を剥き、そのまま倒れ……そして動かなくなる。

「おい……おい大丈夫か!? 救急車ッ……いやヴィータマンの力を使った方が確実か……!」

 男はすぐに少年を背負い、そして破壊された街の中で走り出した。
 その背の上で、少年は揺られながら、気絶しながら夢を……いつかの記憶を見る。


——10年前


「いたっ……ぃ……」

 まだ6歳の頃の少年は、全身から血を流しながら、その小さく弱い身体で、瓦礫の中を歩き回っていた。
 何故血まみれで瓦礫の中を歩いているのかといえば、突然現れた怪獣と……そして巨人の歩行による振動に吹き飛ばされたからであり……何の目的で歩き回っているのかといえば、はぐれた両親を探しているからである。

「ギルガァア!」
「うわぁぁ!?」

 さっきまでその身を空に舞わせていた赤い……ムカデと蛇の混ざった様な見た目の怪獣が、少年の近くに落下し、少年は簡単に……地面に転がる紙くずの如く吹き飛ばされる。

「ッ……」

 傷は更に増え、少年の心はどんどんと絶望に染まっていく——が、少年は薄れゆく意識の中で希望を見つけた。

「居たッ……」

 距離が遠いせいで本当にそうかは分からない……だが少年の視界の中央には、彼の両親が居た。
 母と父は全身を血で染めながら、地面を這いつくばって少年の方へと向かう。
 少年も同じ様に地面を這い……そして手を伸ばす——が。

「ゼルァァァ!」

 両親は上空から勢い良く着地した巨人の右足の下敷きになり……その命は一瞬にして、巨人に気付かれる事も無く終わりを迎えたのだった——


——


「ッ……! どこだ……ここ」

 少年は目を覚まし、悪夢から……トラウマから解放される。
 頭と右肩に包帯を巻かれた少年は、目を覚ましてすぐに辺りを見渡す。
 だが天井も壁も、カーテンも部屋の内装も……今現在彼の乗っているベッドさえも、何もかもが彼の知らない……見た事のない物であった。

「あ……ようやく起きたか」
「なッ……お前ッ——がぁっ……!」

 少年が困惑していると、玄関の扉が開かれ、そして巨人に変身していたと思われる男が、レジ袋をぶら下げて姿を現した。
 少年はその姿を見た瞬間に立ち上がり……右拳を握り締めるが、突然右肩に走った激痛により、呻《うめ》き声を上げながらその場に倒れ込んでしまう。

「ヴィータマンの力で治癒速度を加速させたとはいえ元通りって訳じゃない。まだ無理はしない方がいい……飲むか?」

 男は説明口調で語りながら、倒れた少年の横にあぐらをかき……レジ袋から取り出したお茶を少年に差し出す。

「ヴィータマン……?」
「あの巨人……俺の変身していた存在、その名前だな」
「やっぱりお前がっ……うぐぃ……!」
「だから無理するなって言ってんだろ……」

 男に対する疑惑が事実だと分かった瞬間、少年はまた男に殴りかかろうとするが、さっきと同じ様に痛みに悶え、そして倒れる。
 男はその様子を見て、呆れた様に言いながらも心配そうな視線を向けていた。

「君……名前は?」
「誰がお前なんかに……ヴィータマンに名前を教えるかッ……」
「今の俺はヴィータマンじゃなくて人間……延命えんめい 菠希ほまれだ」
「今が人間でもヴィータマンとして戦ってきたんだろ……」

 少年は男に……菠希に名を聞かれても何も答えず、不貞腐れた様に言って顔を逸らす。

「あ……」
「ッ……」

 だが、そんな態度を取りながらも、少年の腹は鳴り……その視線はゆっくりと、菠希の横に置かれたレジ袋に向けられていく。

「これ……食いたいか?」
「……別に」

 菠希は少年の視線の方向に気が付くと、レジ袋からメロンパンを取り出して、少年に見せびらかす様にして掲げた。
 少年は強情を張るが腹の音は止まらない。

「名前を教えてくれたらこれ渡してもいいんだけどな」
「……弟切おどきり つむぐ

 少年は……弟切 紡はあまりの空腹に耐えかね、諦めた様に自身の名を——ずっと前に目の前で……今、目の前に居る男によって殺された2人——両親から貰った名を答える。
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