異世界八険伝

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求められし力

65.魔界へ

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 地境の狭間に作られた空間で、ジャグジーの中に身を隠すリーン。神も、いや、神だからこそ羞恥心を持っているのだろう。

『子ども等よ、よく来てくれた。暫し後ろを向いてはくれないか?』

 顔を赤らめ懇願する神。そこには残虐性の欠片も見当たらない。ボクのリーンに対する怒りや疑念が急速に冷めていくのを感じた。

「分かりました……」

 リーンの裸を凝視したがるアユナちゃん、クルンちゃんを引っ張り、後ろを向かせる。
 ふと、前方にこの空間の光源が目に入った。キャンプファイアのように燃え盛る焔……虹色と言うべきか、一抱えほどのそれは、揺らめくことなく輝きを放ち続けている。思わずその美しさに見とれてしまう。


『それが魔王の魂だ』

 フリルが付いたヴァルキリー風の服に身を包んだリーンが、ボク達に近づきながら呟いた。

「これが、魔王!?
 ならば、今ここで消し去るべきでしょ!!」

 杖を振り上げ焔に向けようとするボクの前に、リーンが両手を広げて割り込んだ。やっぱり魔王の手先なの!?

『お前を死なせたくない……』

 リーンの、あまりにも悲痛な表情がボクの戦意を刈り取る。たくさんの悲劇を目の当たりにしてきたことを伺わせる顔だ。
 ボクと似ている。リーンは多くの別れを乗り越えここにいるんだ。悲しみが、魂をなぞるように伝わる。胸が、心が軋む……。

『魔王の魂は、剣も魔法も……憎悪の感情さえも吸収して糧とする。魔王を滅ぼそうとした数多の正義が、力を得ようとした数多の魔物が喰われた。もし魔王を滅ぼせるとしたら、それは唯一、産み出した魔神自身だけだろうな』

「魔王を倒すためには、魔神を倒さないといけないってことですか?」

『すまない。記憶を失った私には、正確なことは分からないんだ。今私に分かることは、依り代を得れば魔王が即復活するだろうこと、得られなければ49日後に不完全なる復活を遂げるということだ』

 今日がボクの召喚から51日目だから、あと49日ということか。完全にしろ不完全にしろ、魔王は甦るのか。魔王の復活を止めるには魔神を倒さないといけない……魔王を倒せないのに、魔神なんて、無理だ。

「なら、魔王を倒す手段は2つ……不完全な状態で復活させて倒すか、復活する前に魔神を倒すか?」

『その認識で間違いないはずだ。私には魔王が復活するまで魂を見張ることしかできん。今以上に魔王が魂の糧を得ようものなら、不完全と言えど勝ち目がなくなるからな』

「畏れながらクルンが申し上げます!リンネ様は魔神に会うべきです」

『魔神にか?何処にいるとも知れぬのに?』

「闇の世界が見えます。そこにいます!」

『魔界、か。しかし、白狐よ、姿も分からぬのに如何様に探すつもりか』

「行けば分かるです……」

「クルンちゃん……ボク達は、魔神に会いに魔界へ行くべきってこと?魔神には話し合いが通じるのかな……」

「占いはそう伝えていますです」

『ねぇ、リンネちゃん!最後の召喚石の話をしに来たんでしょ!エルフの敵は何処にいるの?』

 そうだった!
 エルフの集落を蹂躙し、最後の召喚石を奪った奴を探しに来たんだ。リーンなのか、違うのか。

『山吹色の天使よ、ウィズは魔界にいる』

「『ウィズ!?』」

『あぁ。お前が軽率だったせいでな』

「どうやって結界を、召喚石を!?銀の召喚者にしか不可能なはずなのに!!」

『そこは訂正が必要だ。私も結界を抜けて召喚石に触れることは出来る。だが、あいつは恐るべき方法で不可能を可能にした……』

「一体、どうやって……」


『あいつは……』

「ウィズは?」





『お前のシャツを着て、縞パンを被った……』

「「……」」

『まさか、あんな裏技があるとはな!!』

「最悪!!!」

 今すぐ魔界に乗り込んで消し去りたい!!
 アユナちゃんもクルンちゃんもぷるぷる震えている。怒りで顔が真っ赤だ。ボクは羞恥心で顔が真っ赤なんだけど。
 そう言えば、訊かないといけないことが!

「ウィズには召喚は可能ですか?」

『次元を司る存在が力を貸せば、可能だ』

 あの靄(もや)か……精霊だか神だかという。
 自分に意思はないとか言ってたような。また会えればウィズに力を貸さないように頼みたい。

『会うことは叶うまい。あれは全ての世界を統べる高次なる存在、人が望んで会えるものではなかろう。私にも不可能だ』

 読まれた!そう言えば、リーンは心を見透すんだった。まぁ、構わないか。

「もし、ウィズが召喚に成功したら……召喚された者はどうなるのでしょうか?」

『分からぬが、召喚した者の魂に従うはずだ。その者、魔人の下僕に堕ちるのだろうな』

「召喚者が8人揃えば、神を……あなたを召喚出来るんですよね?もしかして、召喚者が行う儀式であなたの力や記憶が取り戻せるとか?」

 ボクは召喚について、今まで考えていたことを伝えた。神石による神の召喚……既に顕現している神に行うことに意味があるなら……。

『私にも分かりかねる。試す価値はあるが……私がそれをしなかった理由は分かるか?』

 ボク達は、お互いに顔を見合わせて首を振る。確かに、リーンが秩序神たる力を取り戻せば魔王や魔人を滅ぼせるかもしれない。なぜそれをしなかったんだろう……。

『難しく考える必要はない。私が力を失い地上に放逐されたのだとしたら、相応の苦痛か罰を受けているはずだ。記憶が無いことこそが幸いだということだ』

「要するに、自分の過去と向かい合うことが怖いということですね?」

『そうだ……』


 神召喚の儀式……リーンを召喚するということすら不明。リーンが地上にいる状況で何が起こるか何てさらに読めない。情報が無さすぎる!

 やはり、魔神に会うしかなさそうだね。しかも、ウィズが召喚をする前に召喚石を取り返したい!!
 召喚の責任は全てボクが負う。必ず、皆を元の世界に戻すんだ、皆を幸せにするんだ!自分の全てを捧げても……その覚悟を持たない者には召喚なんてさせない!!

「ボクは、魔界に行きます。魔神に会う覚悟を決めました!そして、ウィズから召喚石を取り返し、8人の召喚者による儀式を行います。だから、あなたも、覚悟を決めてください!!」

『……そうだな……私が魔界へ導こう』

 あっ……魔界へ行く方法無かった!
 でも、ヴェローナでさえ1時間しか門を開けなかった。制限時間内に魔神に会って戻ることができるんだろうか……。

『心配ない、地境は魔界へと通じている。付いてこい』

 リーンはそう言うと、地境の奥へと歩いていく。いつの間にか、白と黒の仮面の生物が魔王の魂を見張るように佇んでいる。
 ボク達は、リーンの後に付いて行った。


 険しい下り道を小1時間ほど歩いただろうか。
 地下に数百mは下った感覚がある。
 ボク達は今、地境の最奥とも言うべき場所まで到達している。

『ここだ』

 リーンの指差す先には、黒曜石のように黒々と渦を巻く空間の歪みがあった。あまりの不気味さに背筋が凍る。
 1度、ミルフェちゃんを救う為に魔界に行った経験は役に立たなかった。あの時は、無我夢中だったから。いざ、こうして魔界の中を覗くと、純粋な恐怖しか湧いてこない。

『どうした、怖じ気づいたか?』

 そうだ、覚悟を決めたんだ。
 震えながらボクにしがみついているアユナちゃんとクルンちゃんを見る……ボクが勇気を振り絞らなきゃ!

「行きます。なるべく早く戻ります!」

 脚が震える。
 太股をパチンと叱る。

 ボク達は、手を繋ぎながら闇の世界に足を踏み入れて行った。



 ★☆★



 暗闇を進む。
 ウィルオーウィスプは召喚に応じない。
 魔が深い為か、異空間の為か。

 ボクの目を頼りに、結んだ手の温もりを勇気に変えて、ひたすら闇を進んでいく。

 2時間ほどして、徐々に明るさを感じてきた。
 険しい上りが、ボク達の体力と精神力を奪う。


 やがて……ボク達は、地上に辿り着いた。

『ここ……』

「グレートデスモス地境です……」

「そう言えば、魔界は地上世界と同じだった」


 ボク達の目には、東の空から昇る陽光に照らされた、南の霊峰が見えている。ヴァルムホルンは、尖端を有して堂々と聳えていた。
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