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明日への道
82.白樹の塔
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薄暗い闇の中、月明かりに照らされて映し出されたのは、眼下に広がる漆黒の海だった。
岸壁に押し寄せては弾ける、荒れ狂う波。
遠くに見える島では、雷雨と暴風が吹き荒れていた。
そして、ボク達が居るこの場所……。
見上げれば、その雄大な姿に思わず息を呑む。
見間違えることはない。
霊峰ヴァルムホルン!
豪雨の中、ボク達はその麓に立っていた。
「あそこ! 建物がある!」
山とは反対の方角を指差すミルフェちゃん。
神殿だろうか……白亜の建物が、闇の中で、まるで嵐に立ち向かう竜のように大地にどっしりと構える。
荘厳な佇まいの中に、神聖な力を感じる。
ボクは、水魔法を使い、水の膜で傘を作る。
天がボク達を攻撃するように大粒の雨を叩きつけてくるが、その全てを捻り伏せる。
助けを求めるように、神殿に向かって走る!
溶岩のように流れる泥流の中を、ひたすら走る!
そして、ボク達は大きく開かれた神殿の口へと飛び込んだ。
「ここは魔界?」
「違う。魔界は地上界と変わらなかった……」
「天界って天国じゃないの? 雲の上には神殿がたくさん建っていて、頭にドーナツを乗せたイケメン天使が爽やかな笑顔で迎えてくれる……」
天国のイメージって、こっちの世界でも同じなんだ。
頭にドーナツは乗ってないけどね。
「ヴァルムホルンが見えるってことは、地上界と同じような世界なのかも。確か、“天神は荒れ果てた地上世界(天魔界)を憂い、深い反省の念から理想的な世界を作った”らしいよ。魔界と同じように、地上界のコピー世界を作ってやり直そうとしたんだと思う」
「で、これが理想的な世界?」
「この天界で何かが起きているってこと?」
「もしかして魔王!? 」
「まさか……でも、天神に何かが起きたのかも」
「アユナちゃんがやらかした!? 」
「どうだろう? サクラちゃんいるし」
「そうだよね」
「それにしても、何でこんなに海が……」
「ロンダルシア大陸が海に沈もうとしてる?」
「住んでいた人達はどこに居るんだろう」
ボク達は、淡く光を放つ神殿の中、目を疑うようなあの光景を、何とか頭で整理しようと話し合っていた。
そしてその時、神殿の奥から鳴り響く鈴の音を聞いた……。
「聞こえた?」
「うん……奥に誰か居るみたいだね」
「神殿だし、鍵も掛かってないし、不法侵入じゃないよね」
「魔王とか!? 」
「ミルフェちゃん、魔王大好きだね……」
「魔物が出たらリンネちゃんが戦ってよ? 私はか弱いんだから」
あ、ミルフェちゃんのステータスが見れる?
こっそり確認しちゃおう……。
[鑑定眼!]
◆名前:ミルフェ
年齢:13歳 性別:女性 レベル:7 職業:国王見習い
◆ステータス
攻撃:0.80(+1.10)
魔力:42.5(+3.60)
体力:1.25
防御:0.95(+5.20 魔法防御+4.00)
敏捷:1.40
器用:2.35
才能:1.80(ステータスポイント0)
なるほど……魔力一辺倒だ。そして、国王見習いか。見習いって懐かしい響き。
防具はエンジェルウイングの天使の衣だね。武器はワンドか。
[鑑定眼!]
光竜の短杖
攻撃:1.10
魔力:3.60
特殊:光矢/中級
なかなか良い武器だ!
あとは、スキルは回復魔法かな?
「ミルフェちゃんのスキルって何?」
「ん? 回復魔法/上級と、光魔法/中級と、投擲/初級と、歌唱と、速読だよ。リンネちゃんは?」
そう言えば、最近ずっとステータスを見てなかった。
[ステータスオープン!]
◆名前:リンネ
年齢:12歳 性別:女性 レベル:33 職業:勇者
◆ステータス
攻撃:10.65(+4.80、火盾/中級)
魔力:64.10(+5.20 消費-10% 効果+10% 水超級)
体力:8.65
防御:8.80(+5.60 魔法防御+4.00 状態異常無効)
敏捷:8.70
器用:2.45
才能:3.00(ステータスポイント2)
◆先天スキル:取得経験値2倍、鑑定眼、食物超吸収、アイテムボックス
◆後天スキル:棒術/上級、カウンター、雷魔法/中級、回復魔法/中級、水魔法/上級、浮遊魔法、転移魔法(黒竜の翼)、召還魔法/中級、暗視、時空間魔法(時間遅滞)
◆称号:ゴブリンキラー、ドラゴンバスター、女神の加護を持つ者、大迷宮攻略者、特別捜査官、ティルス市長、秩序神の愛、魔神の愛、魔王統一戦争優勝者
レベルはどこかで上がった気がしていたけど、称号が増えてるね。
まずはステータスポイントを魔力に振っておいて……新しい称号を確認しよう。
[秩序神の愛]:秩序神に愛されし者の証、生命を慈しむ力を与える(魔法攻撃無効)
[魔神の愛]:黒の神樹に愛されし者の証、魔を支配する力を与える(魔力常時2倍)
[魔王統一戦優勝者]:魔界における第1回魔王統一戦の決勝進出者(2名同時優勝)
うわぁ、神の愛だって……宗教っぽい。しかも、効果が反則級じゃん……。
でも、ボクはこの世界を何とかしなきゃいけないんだから、戦うための力はありがたく頂いておこう!
「えっと……棒術/上級、カウンター、雷魔法/中級、回復魔法/中級、水魔法/上級、浮遊魔法、転移魔法、召還魔法/中級、暗視、時空間魔法……かな.」
「リンネちゃん……師匠を超えるどころか、神を目指しているのね!」
「って、なんで押すの!? 」
ミルフェちゃんに押されながら奥へと進んで行く。
魔法攻撃無効って凄い力を貰っているので、盾になろう。
そう、ボクは盾……四角くて平らな顔で痛みに耐え続ける無表情な盾……。
パルテノン神殿か!と突っ込みたくなるような太い柱が規則正しく居並ぶ通路を、ボク達はゆっくり進んで行く。
通路に満ちる淡い光、夢の中に居るような感覚だ。
何物の気配も感じられない。深い沈黙の世界で、ボク達の足音だけが響き渡る。
300mほど歩いただろうか。
通路の終わりが見えてきた。
巨大な門が開かれている。
そして、そこからは夥しい数の光が溢れ出ていた。
「リンネちゃん……あそこ、誰か居る」
溢れ出る色とりどりの光に目を奪われてしまっていた。
よく見ると、扉の手前には小さな祭壇があり、その陰に隠れるようにして座る人影があった。
「神様? もしかして天神様?」
「そうかもしれない。行ってみよう」
近づくにつれ、扉から溢れ出る光の正体が自ずと分かってきた……これは死せる者の魂だ。
どれ一つとして同じ色が存在しない。魂というのは、これほど様々な色があるのか。大きさ、形も全て異なっていた。
魂は、扉を出ると部屋の中を彷徨う。やがて人影が鈴を鳴らすと、祭壇の横へと吸い込まれていく……。
その人影は、こちらを凝視している。
老人だ……。
サンタクロースのような白く長い髭、それと同じ色の服を身に纏っている。
悪意は感じない。リーンや魔神の、吸い込まれるような存在感も感じない。この老人は、天神ではないのかもしれない。
『“動なる魂”がここを訪れるのは初めてじゃのう。そなた……その魂は! あぁ!! 我が子らよ、立派に役目を果たしたのだな』
我が子!?
フィーネ迷宮やノースリンクで出会った竜人グラン、ニューアルンの北の塔で話した竜人フラン。召還石を守る結界の中での記憶が呼び覚まされる。温かく優しい、どこか懐かしい記憶。
この人はもしかして……。
「おじいさん、あなたは……」
『竜神じゃ』
ミルフェちゃんが両膝を付き、祈るように手を合わせ、目を閉じる。
そうか、聖神教は竜神を崇拝しているんだっけ。
「竜神様。竜人グランさんとフランさんは、他の竜達と同様、竜界という所に行ったのでしょうか」
『……わしが竜人に与えたのは、己の魂を削り、そなたを導く使命。そなたがここに居るということは、グラン達はもはやこの世に居ないということじゃ』
「そんな……」
召還石を、仲間を授けてくれた存在。
何かがずっと心に引っ掛かっていたんだ。自分を犠牲にしてまでボクを導いてくれたのかと思うと、もう一度会って感謝の気持ちを伝えたい、そして、彼らの為にもこの世界を救わないといけないという強い思いが湧き起こった。
『使命を果たした我が子らを誇りに思う。しかし、銀の勇者よ、なぜこのような所へ来られた?』
ミルフェちゃんが固まってる。
いや、寝てる?
しばらく放っておこう。
「ここはどのような場所ですか? あの魂は……」
『ここは霊峰ヴァルムホルンの麓、“静なる魂”の神殿、新たな命が生まれる場所じゃ。ここに来たということは、外の世界を見たのじゃな?』
「はい、ひどい嵐でした」
『本来、天界は、死者の魂に安らぎを与える世界として、天神様によって創られた世界じゃ。しかし、魔王復活が近づき、ここ最近は数多くの魂が送られてきた。浄化しきれなくなった魂が暴走し、天界にも憎しみの心が溢れた。世界は闇に閉ざされ、大地は暗黒の海に沈んでいった』
そうか、魔人がもたらした憎悪は、地上界に魔素を撒き散らしただけでなく、死してなお、天界にも憎しみの連鎖を持ち込んだのか。浄化しきれないほど……。天神は何もしていないのか。
「竜神様、天神は今どこに?」
『天神様は……ここから南東、白樹の塔に居られる。だが、お会いすることは叶わぬじゃろう』
「どうしてですか?」
『邪神に蝕まれておる』
邪神……一瞬、レンちゃんが南王カーリーの右腕から斬り落とした白い鬼が脳裏を過ぎる。あの魔王をも蝕む不気味な感じ……無関係とは思えない。
それに、天神の所に行けば、アユナちゃん達や魔神も居るはずだ。皆で力を併せれば天神を救えるかもしれない!
「天神を救いに行きます」
『何と!? だが……邪神の力は底知れぬ!』
「魔神も来ていますし、力を併せればきっと何とかなります!」
『魔神じゃと!! 』
やばい、竜神の顔が怖い!
天神と魔神はケンカ中だったっけ……。
「そういうことで! ミルフェちゃん、行くよ!」
ボク達は、ミルフェちゃんを引き摺るようにして竜神の下を去った。
しかし、背中に向けられていたのは、敵意でも憎悪でもなく、縋(すが)るような温かい視線だった。
★☆★
(アイちゃん? アイちゃん? アイちゃん! アイちゃん……答えてよ……)
ダメだ……こっちに来てからずっと念話が通じない。
アイちゃんに、地上界に、何かが起きたの!?
クルンちゃんが言ってた“何か嫌なこと”という言葉が気になる……。
「ミルフェちゃん! アイちゃんと連絡が取れない。どうしよう、クルンちゃんの占いの件が心配だよ」
「アイちゃんが“私に任せて”って言ってたじゃない! あの子のこと、信じられないの?」
「でも……」
「“でも”じゃない! 地上界にはたくさんの仲間が居るでしょ。それに、リーン様だって!」
「うん。そう、だよね」
「私達は何を任された?」
「アユナちゃん達を助けること……」
「そう。私は天界を救うことを任された。それぞれが与えられた役割を果たす、それが“力を併せる”ってことだよ!」
「うん、ありがとう。吹っ切れた! ミルフェちゃん、昔みたいに髪を結んでくれない? 気合入れたいから!」
「任せて!! 」
手首に嵌めていた青い輪ゴムをミルフェちゃんに渡す。
すると……突然輪ゴムが光を放ち、蒼白い光の渦が巻き起こる。
やがて、その光の中から1人の少女の姿が現れた。
ラピスラズリのような煌く髪、大きな黄金色の瞳……そして、一糸纏わぬ透明な肌……神秘的な美少女だった。
「ミール姫、久しぶりね!」
『ミルフェ王女、今は王ですか。似合わない……』
「それは知ってる!」
ミルフェちゃんと仲が良さそうに笑っている。でも、服は着た方がいいと思う。
『リンネ様、この姿でお会いするのは初めてですね。いつもお側でご活躍を見ておりました……』
「えっ? あ、ミルフェちゃんの使い魔のゴムさん?」
『ゴムさん……ワタシは花の妖精ミールと申します。王女とは妖精王の森で出会いました』
「ミールはね、こう見えても妖精王の娘。気高き妖精姫なのよ! 普段はゴムだけどね」
「妖精、姫!? 確かに可愛い、ですね……」
『念の為言っておきますが、本当の姿は蝶ですからね!』
花の妖精さんなのに、蝶なんだ……。
というか、服を着ないと身体が丸見えなんですが。
「因みに、使い魔ということになっているけど、本当は友達」
『私の正体は内緒でお願いしますね、家出同然で人間界に来ていますので……』
「あ、はい……」
『敬語はお止めください、リンネ様』
「あ、うん」
「で、どうしてそんな裸の格好で出てきたの?」
『助言です。天界に邪悪な力が満ちています。念話が出来ないのは、それが原因かと』
「邪悪な力……って、邪神!? 」
『可能性が高いです。天神様が心配です、急ぎましょう』
妖精姫ミールは、再びゴムの姿になった。
真の正体とか姿を見ちゃうと、髪を縛る紐にするのは気が引ける……。
ボクのそんな気持ちを察することもなく、ミルフェちゃんががっつりポニテで結んでくれた。まぁ、いつも通りにいこう。いや、いつも以上に気合を入れていこう……。
「スカイ!」
指輪を上空に翳して叫ぶと、頭上に巨大な魔法陣が出現した。レベルが上がる度に魔法陣が大きくなっている気がする。
魔法陣から現れるスカイドラゴンのスカイ。
頭から尻尾の先まで測れば15mにも達するだろう。順調に大きくなっている……。
「南東へ! 白樹の塔に連れて行って!」
『シュルルッ!』
相変わらず人懐っこく頬を摺り寄せてくるけど、一口で食べられてしまいそうな大小関係だ。
ミルフェちゃんがあまりの恐怖にペタリと座り込んでしまった。
「ミルフェちゃん、乗るよ!」
「えぇ!! 」
「白樹の塔は多分クルス光国の場所にある。遠いよ」
地上界のクルス光国、魔界の魔神教国……どちらも地理的には同じ位置、しかも白を基調とした国だった。
それが、白……天神の影響だとしたら、白樹の塔はそこにあるかもしれない。竜神が言っていた、“ここから南東”という位置関係からも、その可能性が高い!
今のスカイならボク達2人を乗せられる、はず。
「ミルフェちゃん、体重何キロ?」
「し、失礼ね! 確かに最近運動不足で太ったけど……平均体重よ!」
まぁ、いいか。
胸が大きいから平均より少し重い位かもしれないけど、大丈夫でしょ。
★☆★
ヴァルムホルンの麓から、力強く飛び立つスカイ。
あっという間に雲を突き抜け、空高く舞い上がった!
そして、穏やかな水平飛行に移る。
ボクは水魔法で傘を作ろうとしたけど、不要だった。
背中に柔らかい感触がある。
必死にしがみ付くミルフェちゃん……この超絶叫系は慣れないと怖いよね。
ひたすら広がる闇の世界。
今は時間的に夜だと思うけど、このまま太陽が昇らない世界と言うのは考えられない。例え暗視スキルがあっても、ぞっとする。
闇の中、空には月と星がひときわ輝き、地上の白波を照らす。
そう、ヴァルムホルンから南東、そこはひたすら海だった……。
白樹の塔も海に沈んでしまったのだろうか。
しかし、その危惧は杞憂に終わる。
「見えた!」
ボクの声でミルフェちゃんが我に返る。
振り返ると、肩口には死にそうな顔があった。
「スカイ、あそこへ!」
白樹の塔。
それは、雲を突き抜けて伸びる大樹だった。
巨大すぎる幹、枝、葉……その全てが白い。
まるで蛍光塗料を塗られたかのように……その白さは、闇を一蹴している。
スカイは徐々に高度を下げる。
再び豪雨に晒されるボク達は、白樹の塔に打ち寄せる荒波を目にする。
「リンネちゃん! 入り口が海の中!! 」
どうしよう……。
ふと、以前同じような状況に遭遇したことを思い出した。
北の大迷宮25階層、あのアクアドラゴンの階層だ。
湖に沈む守護竜の神殿、そこに入る為に使ったアイテム!
そう、北の大迷宮17階層で手に入れたシャークリング!
アイテムボックスの中に……あった!
「ミルフェちゃん、泳ぐよ!」
「えぇ??!! こんな海、無理だよ!! 」
喚くミルフェちゃんの指にシャークリングを嵌める。
これはあくまで保険……いざとなったらボクには転移魔法がある。スカイも帰還させればいい。でも、万が一にもミルフェちゃんと逸(はぐ)れたら……取り返しのつかないことになる。それだけは避けたい!
ボクは、杖を取り出して魔力を練り始める。
イメージするのはスカイごと包み込む水の膜。大波にも嵐にも負けない、水圧にも負けない、そして、空気を閉じ込めて外に出さない膜だ。
降りしきる豪雨を抱え込む。あっという間にプール数杯分の水が集まる。それを、ボク達の周りに圧縮していく……中の空気が決して漏れないように、高密度の水の壁を作り上げていく。
やがて半径10mほどの膜が完成した。
でも、この巨大で高密度の膜、維持出来ても5分!
「スカイ! 海の中へ!! 」
悲鳴を上げるミルフェちゃん。
ボクを信じて海面に突っ込むスカイ。
上空1000mからのダイブ!
豪快な水飛沫を上げ、白樹の根元を目指して飛び込む!
集中だ!
空気を逃がさない!
この体積の空気、思ったより水圧が強い!
水深が増す毎にさらなる水圧が掛かる!
水圧に軋む膜を必死に支える!!
塔の入り口は……まだ見えない?
10m
15m……まだか!?
20m
30m……やばい!
50m……見えた!!
「スカイ! 入り口に飛び込んで!! 」
直径が200mを軽く超えるだろう白樹の根元……そこには巨大な洞窟を思わせるような、大きな穴が開いていた。
スカイの推進力とボクの水操作。
絶妙のコンビネーションで、ボク達は白樹の塔に潜り込んだ!
今度は浮力に任せて急上昇する!
残りあと1分……まだ水の上に出ない!
30秒
20秒……出た!!
塔内部の大きな空洞を翔け抜け、水上に出た!
「死ぬかと思った……」
「ごめん、魔法もギリギリだった。頭が痛い。スカイ、とりあえず上に飛んで……」
『シュルル……』
多分、魔神の加護があったから何とかギリギリ助かったのかも。樹の幹を殴って穴を開けた方が早かったかな……。
内部は中央部が空洞になっていて、その周りには多くの植物が茂っていた。植物だけでなく、動物も居るようだ。
「リンネちゃん、ここに天神様が?」
「居るはず、なんだけど。最上階まで行ってみようか」
体感で高さ2000mを超えたかというところで、白亜の大きな神殿が見えてきた。
神殿より上には木々もなく、空洞が続いているだけだった。
スカイは、指示を出すまでもなく神殿の前に降り立つ。
これは……竜神が居た神殿に似ている。
天神はきっとこの中に居る!
「スカイ、ありがとう。ゆっくり休んで」
首を撫でてあげると、嬉しそうな眼を向け、スカイは指輪の中に帰還して行った。
「行こう!」
「うん、リンネちゃん、お先にどうぞ……」
薄明かりの中、辺りを警戒しながら奥に進んでいく。
ミルフェちゃんはボクのローブをぎゅっと掴んでいる。
数分も経たない内に、奥まで到達した。
「誰も居ないね……」
「うん、不安になってきた」
「竜神様が嘘を言う訳がないと思うけど」
「どこか別の場所に避難したのかも?」
「せめて、ここに居たという形跡だけでもあれば」
神殿内を彷徨うこと1時間……。
ボク達は神殿の隠された地下室の中で、必死に身を隠そうとする人影を見つけた。
「お邪魔しています……」
「怪しい者じゃないですよ」
『……』
「私たち、天神様に会いに来ただけよ」
「アユナちゃんとサクラちゃん来てませんか?」
『えっ!? 』
反応があった!?
恐る恐るだけど、足音が近づいてくる。
『その声は、もしかして勇者リンネ様ですか!? 』
「あぁ!! 」
アユナちゃんのお母さんだ……。
魔人に襲撃されて亡くなったアユナママだ!!
あぁ……優しくしてもらった思い出、エリ村の惨劇、両親の敵を討つ為に必死に戦って死んだアユナちゃん……走馬灯のように浮かんでくる記憶!
その優しい声を聞いた瞬間、熱い涙が一気に溢れ出す。
『もしかして、死んでしまわれたのでしょうか……』
「アユナちゃんのお母さん……ごめんなさい、助けてあげられなくてごめんなさい……ごめんなさい……」
『あらあら、泣かないでくださいよ。リンネ様にはアユナを生き返していただいたし、感謝の気持ちしかありませんよ』
アユナママはボクを優しく抱きしめて背中を撫でてくれた。
とても気持ち良くて、心が静まっていくのを感じた。
「お母さん……ごめんなさい、ボク達は死んだ訳ではありません。アユナちゃん達を探しに天界まで来ました」
『そうなの! 良かった……本当に良かった!』
ボクや、面識のないミルフェちゃんが死んだ訳ではないと知って、泣き崩れるアユナママ。優しい人……エルフか。
しばらくしてお互いに落ち着くと、アユナママから天界で何が起きたのかを聞くことが出来た。
『突然、天界に邪神が現れたのです。多くの魂が食べられてしまいました……。天神様は天界人をここに匿い、自らは邪神と戦いました。それが10日ほど前のことです。そして、アユナがお友達を連れてここ、白樹の塔に来たのが3日前。その頃には天神様の御体は邪神に蝕まれ……』
「今はどこに!? 」
『一昨日、アユナのお友達がここは危険だからと連れて行きました。恐らく、聖樹結界に向かわれたのだと思います』
魔神はアユナちゃんのお友達認定されたんだね、おめでとう。
「聖樹結界?」
『はい、エリ村の場所ですね。主人もエリザベート様もそちらにいらっしゃいます』
えっ!?
アユナパパもエリ婆さんも……会いたい!
「おばさん、因みに邪神は今どこに?」
ミルフェちゃん……おばさんはないでしょ。アユナママって、どう見ても見た目は20歳くらいだし!
『分かりません。天神様を探しているのかもしれません』
「リンネちゃん、急ごう!」
「そうだね……お母さん、ボク達は行きますね……」
『はい、気を付けて……頑張ってね。いえ、無理をしないでね……さようなら……』
アユナママはボクを抱きしめてくれた。
泣きながら強く強く、1分以上も抱きしめてくれた。
本当に……ごめんなさい……。
魔力が足りない状況で、再び海中に潜ることは不可能だった。
邪神がうろついていることを聞き、樹に穴を開けて外に出ることも躊躇われた。
結局、ヴァルムホルンの麓、竜神の神殿まで転移することにした。
そして再び、スカイの背に跨ってボク達は地上界のエリ村のある場所、聖樹結界に向けて飛び立った。
岸壁に押し寄せては弾ける、荒れ狂う波。
遠くに見える島では、雷雨と暴風が吹き荒れていた。
そして、ボク達が居るこの場所……。
見上げれば、その雄大な姿に思わず息を呑む。
見間違えることはない。
霊峰ヴァルムホルン!
豪雨の中、ボク達はその麓に立っていた。
「あそこ! 建物がある!」
山とは反対の方角を指差すミルフェちゃん。
神殿だろうか……白亜の建物が、闇の中で、まるで嵐に立ち向かう竜のように大地にどっしりと構える。
荘厳な佇まいの中に、神聖な力を感じる。
ボクは、水魔法を使い、水の膜で傘を作る。
天がボク達を攻撃するように大粒の雨を叩きつけてくるが、その全てを捻り伏せる。
助けを求めるように、神殿に向かって走る!
溶岩のように流れる泥流の中を、ひたすら走る!
そして、ボク達は大きく開かれた神殿の口へと飛び込んだ。
「ここは魔界?」
「違う。魔界は地上界と変わらなかった……」
「天界って天国じゃないの? 雲の上には神殿がたくさん建っていて、頭にドーナツを乗せたイケメン天使が爽やかな笑顔で迎えてくれる……」
天国のイメージって、こっちの世界でも同じなんだ。
頭にドーナツは乗ってないけどね。
「ヴァルムホルンが見えるってことは、地上界と同じような世界なのかも。確か、“天神は荒れ果てた地上世界(天魔界)を憂い、深い反省の念から理想的な世界を作った”らしいよ。魔界と同じように、地上界のコピー世界を作ってやり直そうとしたんだと思う」
「で、これが理想的な世界?」
「この天界で何かが起きているってこと?」
「もしかして魔王!? 」
「まさか……でも、天神に何かが起きたのかも」
「アユナちゃんがやらかした!? 」
「どうだろう? サクラちゃんいるし」
「そうだよね」
「それにしても、何でこんなに海が……」
「ロンダルシア大陸が海に沈もうとしてる?」
「住んでいた人達はどこに居るんだろう」
ボク達は、淡く光を放つ神殿の中、目を疑うようなあの光景を、何とか頭で整理しようと話し合っていた。
そしてその時、神殿の奥から鳴り響く鈴の音を聞いた……。
「聞こえた?」
「うん……奥に誰か居るみたいだね」
「神殿だし、鍵も掛かってないし、不法侵入じゃないよね」
「魔王とか!? 」
「ミルフェちゃん、魔王大好きだね……」
「魔物が出たらリンネちゃんが戦ってよ? 私はか弱いんだから」
あ、ミルフェちゃんのステータスが見れる?
こっそり確認しちゃおう……。
[鑑定眼!]
◆名前:ミルフェ
年齢:13歳 性別:女性 レベル:7 職業:国王見習い
◆ステータス
攻撃:0.80(+1.10)
魔力:42.5(+3.60)
体力:1.25
防御:0.95(+5.20 魔法防御+4.00)
敏捷:1.40
器用:2.35
才能:1.80(ステータスポイント0)
なるほど……魔力一辺倒だ。そして、国王見習いか。見習いって懐かしい響き。
防具はエンジェルウイングの天使の衣だね。武器はワンドか。
[鑑定眼!]
光竜の短杖
攻撃:1.10
魔力:3.60
特殊:光矢/中級
なかなか良い武器だ!
あとは、スキルは回復魔法かな?
「ミルフェちゃんのスキルって何?」
「ん? 回復魔法/上級と、光魔法/中級と、投擲/初級と、歌唱と、速読だよ。リンネちゃんは?」
そう言えば、最近ずっとステータスを見てなかった。
[ステータスオープン!]
◆名前:リンネ
年齢:12歳 性別:女性 レベル:33 職業:勇者
◆ステータス
攻撃:10.65(+4.80、火盾/中級)
魔力:64.10(+5.20 消費-10% 効果+10% 水超級)
体力:8.65
防御:8.80(+5.60 魔法防御+4.00 状態異常無効)
敏捷:8.70
器用:2.45
才能:3.00(ステータスポイント2)
◆先天スキル:取得経験値2倍、鑑定眼、食物超吸収、アイテムボックス
◆後天スキル:棒術/上級、カウンター、雷魔法/中級、回復魔法/中級、水魔法/上級、浮遊魔法、転移魔法(黒竜の翼)、召還魔法/中級、暗視、時空間魔法(時間遅滞)
◆称号:ゴブリンキラー、ドラゴンバスター、女神の加護を持つ者、大迷宮攻略者、特別捜査官、ティルス市長、秩序神の愛、魔神の愛、魔王統一戦争優勝者
レベルはどこかで上がった気がしていたけど、称号が増えてるね。
まずはステータスポイントを魔力に振っておいて……新しい称号を確認しよう。
[秩序神の愛]:秩序神に愛されし者の証、生命を慈しむ力を与える(魔法攻撃無効)
[魔神の愛]:黒の神樹に愛されし者の証、魔を支配する力を与える(魔力常時2倍)
[魔王統一戦優勝者]:魔界における第1回魔王統一戦の決勝進出者(2名同時優勝)
うわぁ、神の愛だって……宗教っぽい。しかも、効果が反則級じゃん……。
でも、ボクはこの世界を何とかしなきゃいけないんだから、戦うための力はありがたく頂いておこう!
「えっと……棒術/上級、カウンター、雷魔法/中級、回復魔法/中級、水魔法/上級、浮遊魔法、転移魔法、召還魔法/中級、暗視、時空間魔法……かな.」
「リンネちゃん……師匠を超えるどころか、神を目指しているのね!」
「って、なんで押すの!? 」
ミルフェちゃんに押されながら奥へと進んで行く。
魔法攻撃無効って凄い力を貰っているので、盾になろう。
そう、ボクは盾……四角くて平らな顔で痛みに耐え続ける無表情な盾……。
パルテノン神殿か!と突っ込みたくなるような太い柱が規則正しく居並ぶ通路を、ボク達はゆっくり進んで行く。
通路に満ちる淡い光、夢の中に居るような感覚だ。
何物の気配も感じられない。深い沈黙の世界で、ボク達の足音だけが響き渡る。
300mほど歩いただろうか。
通路の終わりが見えてきた。
巨大な門が開かれている。
そして、そこからは夥しい数の光が溢れ出ていた。
「リンネちゃん……あそこ、誰か居る」
溢れ出る色とりどりの光に目を奪われてしまっていた。
よく見ると、扉の手前には小さな祭壇があり、その陰に隠れるようにして座る人影があった。
「神様? もしかして天神様?」
「そうかもしれない。行ってみよう」
近づくにつれ、扉から溢れ出る光の正体が自ずと分かってきた……これは死せる者の魂だ。
どれ一つとして同じ色が存在しない。魂というのは、これほど様々な色があるのか。大きさ、形も全て異なっていた。
魂は、扉を出ると部屋の中を彷徨う。やがて人影が鈴を鳴らすと、祭壇の横へと吸い込まれていく……。
その人影は、こちらを凝視している。
老人だ……。
サンタクロースのような白く長い髭、それと同じ色の服を身に纏っている。
悪意は感じない。リーンや魔神の、吸い込まれるような存在感も感じない。この老人は、天神ではないのかもしれない。
『“動なる魂”がここを訪れるのは初めてじゃのう。そなた……その魂は! あぁ!! 我が子らよ、立派に役目を果たしたのだな』
我が子!?
フィーネ迷宮やノースリンクで出会った竜人グラン、ニューアルンの北の塔で話した竜人フラン。召還石を守る結界の中での記憶が呼び覚まされる。温かく優しい、どこか懐かしい記憶。
この人はもしかして……。
「おじいさん、あなたは……」
『竜神じゃ』
ミルフェちゃんが両膝を付き、祈るように手を合わせ、目を閉じる。
そうか、聖神教は竜神を崇拝しているんだっけ。
「竜神様。竜人グランさんとフランさんは、他の竜達と同様、竜界という所に行ったのでしょうか」
『……わしが竜人に与えたのは、己の魂を削り、そなたを導く使命。そなたがここに居るということは、グラン達はもはやこの世に居ないということじゃ』
「そんな……」
召還石を、仲間を授けてくれた存在。
何かがずっと心に引っ掛かっていたんだ。自分を犠牲にしてまでボクを導いてくれたのかと思うと、もう一度会って感謝の気持ちを伝えたい、そして、彼らの為にもこの世界を救わないといけないという強い思いが湧き起こった。
『使命を果たした我が子らを誇りに思う。しかし、銀の勇者よ、なぜこのような所へ来られた?』
ミルフェちゃんが固まってる。
いや、寝てる?
しばらく放っておこう。
「ここはどのような場所ですか? あの魂は……」
『ここは霊峰ヴァルムホルンの麓、“静なる魂”の神殿、新たな命が生まれる場所じゃ。ここに来たということは、外の世界を見たのじゃな?』
「はい、ひどい嵐でした」
『本来、天界は、死者の魂に安らぎを与える世界として、天神様によって創られた世界じゃ。しかし、魔王復活が近づき、ここ最近は数多くの魂が送られてきた。浄化しきれなくなった魂が暴走し、天界にも憎しみの心が溢れた。世界は闇に閉ざされ、大地は暗黒の海に沈んでいった』
そうか、魔人がもたらした憎悪は、地上界に魔素を撒き散らしただけでなく、死してなお、天界にも憎しみの連鎖を持ち込んだのか。浄化しきれないほど……。天神は何もしていないのか。
「竜神様、天神は今どこに?」
『天神様は……ここから南東、白樹の塔に居られる。だが、お会いすることは叶わぬじゃろう』
「どうしてですか?」
『邪神に蝕まれておる』
邪神……一瞬、レンちゃんが南王カーリーの右腕から斬り落とした白い鬼が脳裏を過ぎる。あの魔王をも蝕む不気味な感じ……無関係とは思えない。
それに、天神の所に行けば、アユナちゃん達や魔神も居るはずだ。皆で力を併せれば天神を救えるかもしれない!
「天神を救いに行きます」
『何と!? だが……邪神の力は底知れぬ!』
「魔神も来ていますし、力を併せればきっと何とかなります!」
『魔神じゃと!! 』
やばい、竜神の顔が怖い!
天神と魔神はケンカ中だったっけ……。
「そういうことで! ミルフェちゃん、行くよ!」
ボク達は、ミルフェちゃんを引き摺るようにして竜神の下を去った。
しかし、背中に向けられていたのは、敵意でも憎悪でもなく、縋(すが)るような温かい視線だった。
★☆★
(アイちゃん? アイちゃん? アイちゃん! アイちゃん……答えてよ……)
ダメだ……こっちに来てからずっと念話が通じない。
アイちゃんに、地上界に、何かが起きたの!?
クルンちゃんが言ってた“何か嫌なこと”という言葉が気になる……。
「ミルフェちゃん! アイちゃんと連絡が取れない。どうしよう、クルンちゃんの占いの件が心配だよ」
「アイちゃんが“私に任せて”って言ってたじゃない! あの子のこと、信じられないの?」
「でも……」
「“でも”じゃない! 地上界にはたくさんの仲間が居るでしょ。それに、リーン様だって!」
「うん。そう、だよね」
「私達は何を任された?」
「アユナちゃん達を助けること……」
「そう。私は天界を救うことを任された。それぞれが与えられた役割を果たす、それが“力を併せる”ってことだよ!」
「うん、ありがとう。吹っ切れた! ミルフェちゃん、昔みたいに髪を結んでくれない? 気合入れたいから!」
「任せて!! 」
手首に嵌めていた青い輪ゴムをミルフェちゃんに渡す。
すると……突然輪ゴムが光を放ち、蒼白い光の渦が巻き起こる。
やがて、その光の中から1人の少女の姿が現れた。
ラピスラズリのような煌く髪、大きな黄金色の瞳……そして、一糸纏わぬ透明な肌……神秘的な美少女だった。
「ミール姫、久しぶりね!」
『ミルフェ王女、今は王ですか。似合わない……』
「それは知ってる!」
ミルフェちゃんと仲が良さそうに笑っている。でも、服は着た方がいいと思う。
『リンネ様、この姿でお会いするのは初めてですね。いつもお側でご活躍を見ておりました……』
「えっ? あ、ミルフェちゃんの使い魔のゴムさん?」
『ゴムさん……ワタシは花の妖精ミールと申します。王女とは妖精王の森で出会いました』
「ミールはね、こう見えても妖精王の娘。気高き妖精姫なのよ! 普段はゴムだけどね」
「妖精、姫!? 確かに可愛い、ですね……」
『念の為言っておきますが、本当の姿は蝶ですからね!』
花の妖精さんなのに、蝶なんだ……。
というか、服を着ないと身体が丸見えなんですが。
「因みに、使い魔ということになっているけど、本当は友達」
『私の正体は内緒でお願いしますね、家出同然で人間界に来ていますので……』
「あ、はい……」
『敬語はお止めください、リンネ様』
「あ、うん」
「で、どうしてそんな裸の格好で出てきたの?」
『助言です。天界に邪悪な力が満ちています。念話が出来ないのは、それが原因かと』
「邪悪な力……って、邪神!? 」
『可能性が高いです。天神様が心配です、急ぎましょう』
妖精姫ミールは、再びゴムの姿になった。
真の正体とか姿を見ちゃうと、髪を縛る紐にするのは気が引ける……。
ボクのそんな気持ちを察することもなく、ミルフェちゃんががっつりポニテで結んでくれた。まぁ、いつも通りにいこう。いや、いつも以上に気合を入れていこう……。
「スカイ!」
指輪を上空に翳して叫ぶと、頭上に巨大な魔法陣が出現した。レベルが上がる度に魔法陣が大きくなっている気がする。
魔法陣から現れるスカイドラゴンのスカイ。
頭から尻尾の先まで測れば15mにも達するだろう。順調に大きくなっている……。
「南東へ! 白樹の塔に連れて行って!」
『シュルルッ!』
相変わらず人懐っこく頬を摺り寄せてくるけど、一口で食べられてしまいそうな大小関係だ。
ミルフェちゃんがあまりの恐怖にペタリと座り込んでしまった。
「ミルフェちゃん、乗るよ!」
「えぇ!! 」
「白樹の塔は多分クルス光国の場所にある。遠いよ」
地上界のクルス光国、魔界の魔神教国……どちらも地理的には同じ位置、しかも白を基調とした国だった。
それが、白……天神の影響だとしたら、白樹の塔はそこにあるかもしれない。竜神が言っていた、“ここから南東”という位置関係からも、その可能性が高い!
今のスカイならボク達2人を乗せられる、はず。
「ミルフェちゃん、体重何キロ?」
「し、失礼ね! 確かに最近運動不足で太ったけど……平均体重よ!」
まぁ、いいか。
胸が大きいから平均より少し重い位かもしれないけど、大丈夫でしょ。
★☆★
ヴァルムホルンの麓から、力強く飛び立つスカイ。
あっという間に雲を突き抜け、空高く舞い上がった!
そして、穏やかな水平飛行に移る。
ボクは水魔法で傘を作ろうとしたけど、不要だった。
背中に柔らかい感触がある。
必死にしがみ付くミルフェちゃん……この超絶叫系は慣れないと怖いよね。
ひたすら広がる闇の世界。
今は時間的に夜だと思うけど、このまま太陽が昇らない世界と言うのは考えられない。例え暗視スキルがあっても、ぞっとする。
闇の中、空には月と星がひときわ輝き、地上の白波を照らす。
そう、ヴァルムホルンから南東、そこはひたすら海だった……。
白樹の塔も海に沈んでしまったのだろうか。
しかし、その危惧は杞憂に終わる。
「見えた!」
ボクの声でミルフェちゃんが我に返る。
振り返ると、肩口には死にそうな顔があった。
「スカイ、あそこへ!」
白樹の塔。
それは、雲を突き抜けて伸びる大樹だった。
巨大すぎる幹、枝、葉……その全てが白い。
まるで蛍光塗料を塗られたかのように……その白さは、闇を一蹴している。
スカイは徐々に高度を下げる。
再び豪雨に晒されるボク達は、白樹の塔に打ち寄せる荒波を目にする。
「リンネちゃん! 入り口が海の中!! 」
どうしよう……。
ふと、以前同じような状況に遭遇したことを思い出した。
北の大迷宮25階層、あのアクアドラゴンの階層だ。
湖に沈む守護竜の神殿、そこに入る為に使ったアイテム!
そう、北の大迷宮17階層で手に入れたシャークリング!
アイテムボックスの中に……あった!
「ミルフェちゃん、泳ぐよ!」
「えぇ??!! こんな海、無理だよ!! 」
喚くミルフェちゃんの指にシャークリングを嵌める。
これはあくまで保険……いざとなったらボクには転移魔法がある。スカイも帰還させればいい。でも、万が一にもミルフェちゃんと逸(はぐ)れたら……取り返しのつかないことになる。それだけは避けたい!
ボクは、杖を取り出して魔力を練り始める。
イメージするのはスカイごと包み込む水の膜。大波にも嵐にも負けない、水圧にも負けない、そして、空気を閉じ込めて外に出さない膜だ。
降りしきる豪雨を抱え込む。あっという間にプール数杯分の水が集まる。それを、ボク達の周りに圧縮していく……中の空気が決して漏れないように、高密度の水の壁を作り上げていく。
やがて半径10mほどの膜が完成した。
でも、この巨大で高密度の膜、維持出来ても5分!
「スカイ! 海の中へ!! 」
悲鳴を上げるミルフェちゃん。
ボクを信じて海面に突っ込むスカイ。
上空1000mからのダイブ!
豪快な水飛沫を上げ、白樹の根元を目指して飛び込む!
集中だ!
空気を逃がさない!
この体積の空気、思ったより水圧が強い!
水深が増す毎にさらなる水圧が掛かる!
水圧に軋む膜を必死に支える!!
塔の入り口は……まだ見えない?
10m
15m……まだか!?
20m
30m……やばい!
50m……見えた!!
「スカイ! 入り口に飛び込んで!! 」
直径が200mを軽く超えるだろう白樹の根元……そこには巨大な洞窟を思わせるような、大きな穴が開いていた。
スカイの推進力とボクの水操作。
絶妙のコンビネーションで、ボク達は白樹の塔に潜り込んだ!
今度は浮力に任せて急上昇する!
残りあと1分……まだ水の上に出ない!
30秒
20秒……出た!!
塔内部の大きな空洞を翔け抜け、水上に出た!
「死ぬかと思った……」
「ごめん、魔法もギリギリだった。頭が痛い。スカイ、とりあえず上に飛んで……」
『シュルル……』
多分、魔神の加護があったから何とかギリギリ助かったのかも。樹の幹を殴って穴を開けた方が早かったかな……。
内部は中央部が空洞になっていて、その周りには多くの植物が茂っていた。植物だけでなく、動物も居るようだ。
「リンネちゃん、ここに天神様が?」
「居るはず、なんだけど。最上階まで行ってみようか」
体感で高さ2000mを超えたかというところで、白亜の大きな神殿が見えてきた。
神殿より上には木々もなく、空洞が続いているだけだった。
スカイは、指示を出すまでもなく神殿の前に降り立つ。
これは……竜神が居た神殿に似ている。
天神はきっとこの中に居る!
「スカイ、ありがとう。ゆっくり休んで」
首を撫でてあげると、嬉しそうな眼を向け、スカイは指輪の中に帰還して行った。
「行こう!」
「うん、リンネちゃん、お先にどうぞ……」
薄明かりの中、辺りを警戒しながら奥に進んでいく。
ミルフェちゃんはボクのローブをぎゅっと掴んでいる。
数分も経たない内に、奥まで到達した。
「誰も居ないね……」
「うん、不安になってきた」
「竜神様が嘘を言う訳がないと思うけど」
「どこか別の場所に避難したのかも?」
「せめて、ここに居たという形跡だけでもあれば」
神殿内を彷徨うこと1時間……。
ボク達は神殿の隠された地下室の中で、必死に身を隠そうとする人影を見つけた。
「お邪魔しています……」
「怪しい者じゃないですよ」
『……』
「私たち、天神様に会いに来ただけよ」
「アユナちゃんとサクラちゃん来てませんか?」
『えっ!? 』
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「あぁ!! 」
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『もしかして、死んでしまわれたのでしょうか……』
「アユナちゃんのお母さん……ごめんなさい、助けてあげられなくてごめんなさい……ごめんなさい……」
『あらあら、泣かないでくださいよ。リンネ様にはアユナを生き返していただいたし、感謝の気持ちしかありませんよ』
アユナママはボクを優しく抱きしめて背中を撫でてくれた。
とても気持ち良くて、心が静まっていくのを感じた。
「お母さん……ごめんなさい、ボク達は死んだ訳ではありません。アユナちゃん達を探しに天界まで来ました」
『そうなの! 良かった……本当に良かった!』
ボクや、面識のないミルフェちゃんが死んだ訳ではないと知って、泣き崩れるアユナママ。優しい人……エルフか。
しばらくしてお互いに落ち着くと、アユナママから天界で何が起きたのかを聞くことが出来た。
『突然、天界に邪神が現れたのです。多くの魂が食べられてしまいました……。天神様は天界人をここに匿い、自らは邪神と戦いました。それが10日ほど前のことです。そして、アユナがお友達を連れてここ、白樹の塔に来たのが3日前。その頃には天神様の御体は邪神に蝕まれ……』
「今はどこに!? 」
『一昨日、アユナのお友達がここは危険だからと連れて行きました。恐らく、聖樹結界に向かわれたのだと思います』
魔神はアユナちゃんのお友達認定されたんだね、おめでとう。
「聖樹結界?」
『はい、エリ村の場所ですね。主人もエリザベート様もそちらにいらっしゃいます』
えっ!?
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ミルフェちゃん……おばさんはないでしょ。アユナママって、どう見ても見た目は20歳くらいだし!
『分かりません。天神様を探しているのかもしれません』
「リンネちゃん、急ごう!」
「そうだね……お母さん、ボク達は行きますね……」
『はい、気を付けて……頑張ってね。いえ、無理をしないでね……さようなら……』
アユナママはボクを抱きしめてくれた。
泣きながら強く強く、1分以上も抱きしめてくれた。
本当に……ごめんなさい……。
魔力が足りない状況で、再び海中に潜ることは不可能だった。
邪神がうろついていることを聞き、樹に穴を開けて外に出ることも躊躇われた。
結局、ヴァルムホルンの麓、竜神の神殿まで転移することにした。
そして再び、スカイの背に跨ってボク達は地上界のエリ村のある場所、聖樹結界に向けて飛び立った。
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