90 / 178
第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第4-2節:いつもと同じ視察の風景……ではない?
しおりを挟むやがて私たちは屋敷の敷地内にある畑の横に差し掛かる。いつもならすでにリカルドたちが農作業をしている時間だけど、今日はジョセフの公務を手伝ったあとに始めるらしいから今は誰の姿もない。
さらにそこを通り過ぎてしばらく進むと、ようやく水路の掘削現場に到着する。
するとトミーさんを始めとする作業員の皆さんは、いつものようにグランさんの合図で休憩に入る。
水とお菓子の受け渡しなどは普段通り私とポプラが担当し、ノエルくんは私たちの横で身を乗り出してその様子を興味深げに見学している。
ちなみに今日の視察にはノエルくんたちが同行すると事前に連絡がいっているとはいえ、やっぱり戸惑っている人が何人かいるようだった。まぁ、警備の兵士さんがたくさんいて、端から見たら物々しい雰囲気があるのは確かだもんね……。
こうして水の配布を続けていき、それが一段落して息をついているとノエルくんが私の前に歩み出る。
「シャロン姉さん、俺も水をいただいて良いですか? 喉が渇いてしまって」
「もちろんです。それにお代わりが必要ならおっしゃってください。まだまだ水は樽の中にたっぷりありますので。ただし、飲みすぎにはご注意くださいね」
「ははは、分かっています」
「揚げ花――えっと、お菓子もいりますよね?」
「いえ、俺は水だけで充分です。間食をして、夕食を残すようなことになっては困りますので」
「ふふっ、なるほど。では、少々お待ち下さい」
私はポプラからカップを受け取り、柄杓で樽の中の水を汲んだ。
跳ねた雫は冷気を漂わせながら滴り落ち、乾いた大地をわずかに潤す。そして透き通った水で満たされたカップをノエルくんに渡すと、彼は美味しそうに飲み干していく。
やっぱり水は生命の源。水がなければ人間も動物も植物も生きていけない。モンスターや魔族も全種族ではないと思うけど、大抵はそれなりに必要とするはず。あらためて水の大切さを噛み締める。
その後は警備の兵士さんの希望者にも水を配り、それも終わるとトミーさんたちが待ちわびてくれているオカリナの演奏へと移る。私が視察に来られなかった間、それが聴けなくて作業員さんたちは寂しく思ってくれていたとのこと。
また、その普段のルーティーンが崩れたことで作業もなんとなく捗らない気がしたらしく、私も間接的にみんなの手助けが出来ていたのだなぁと確信できたのだった。
もちろん、妖精さんの手助けがなくて実際に水路の掘削に苦労したという面もあるだろうけど、精神的な面で少しは彼らの癒しになれていたのだと思う。そうだとすれば、私としてはとにかく嬉しい。
◆
「……ふぅ」
やがて演奏が終わり、私は構えを解いてオカリナから口を離した。
周囲を眺めてみると、グランさんやトミーさんなど作業員さんたち全員が座り込んだままウトウトと眠り込んでいる。ほかにも警備を担当している兵士さんの一部やノエルくんまで無垢な顔で静かな寝息を立てている。
起きているのは私とポプラ、キールさん、警備の兵士さんたち数人くらいだ。
私は演奏に夢中で、そうなっていることに今の今まで全く気付かなかった。よく考えてみると、いつもは演奏が終わるとあちこちから拍手や歓声が上がるはずなのにそれがない。
もちろん、私の演奏が期待はずれで、満足できなかったから拍手がないということはあり得る。でも今回に限ってはみんなが眠っているから反応がないということだろうし、そもそも演奏でもそこまで大きな失敗はしていない……と思う。
いずれにしてもいつもと違う様子に私は戸惑い、隣に立つポプラに声をかけてみる。
「ねぇ、ポプラ。なぜかみんな眠っちゃってるね?」
「あ……。はい、そのようなのです。いつもは拍手喝采で、トミーさんなんてハイテンションで騒いでいるはずなのですけど」
「だよね……。演奏に聴き惚れて眠っちゃったということなら嬉しいけど、どうなのかな? あるいは聴いているうちにリラックスしてきて、疲れがドッと出たとか?」
「理由は分からないですけど、せっかく眠っているのに起こすのも悪いのです。しばらく見守っていてあげるのが良いのではないですか?」
「そうだね。現場監督のグランさんも眠ってしまってるわけだしね」
気が緩みすぎた時、いつもは叱る立場のグランさんまでもが今は眠りに落ちている。
それならあえて私たちが作業員さんたちを注意したり起こしたりすることはないだろうし、グランさんを含めて自身が気付かないほど疲労が蓄積していたのかもしれない。だったらこのまま休息をさせてあげている方がいい。
(つづく……)
11
あなたにおすすめの小説
異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……?
しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし!
危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。
彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。
頼む騎士様、どうか私を保護してください!
あれ、でもこの人なんか怖くない?
心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……?
どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ!
人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける!
……うん、詰んだ。
★「小説家になろう」先行投稿中です★
元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。
無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。
目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。
マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。
婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。
その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※コミカライズ企画進行中
なろうさんにも同作品を投稿中です。
多分、うちには猫がいる
灯倉日鈴(合歓鈴)
恋愛
傭兵のコウの家には、いつの間にか猫が住み着いていた。
姿は見えないけれど、多分、猫。
皿を洗ったり、洗濯をしたり、仕事を手伝ったり、ご近所さんと仲良くなったりしているけど、多分、猫。
無頓着な傭兵の青年と、謎の猫のステルス同居物語。
※一話一話が非常に短いです。
※不定期更新です。
※他サイトにも投稿しています。
処刑された王女は隣国に転生して聖女となる
空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる
生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。
しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。
同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。
「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」
しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。
「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」
これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる