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第6幕:来るべき日の前奏曲(プレリュード)
第2-4節:禍々しき気配
しおりを挟むそれに彼は人生や貴族の先輩として、私たちを優しく見守ってくれている雰囲気もある。しかも禍々しい空気が全くないどころか、神々しささえ漂っている。
――うん、やっぱりカイン様は私たちの邪魔をするような人じゃない。直感で分かる。もちろん、その直感がどこまで正しいかは分からないけどね。ただ、少なくとも私はそれを信じたい。
「ところでカイン殿、お体の具合はいかがですか? つい今しがたノエルには伝えましたが、僕たちの間で過度な気遣いは無用です。決して無理はなさいませぬように」
「ありがとうこざいます。おかげさまで最近は少し具合が良いようでして。それに少しずつですがノエルも自らの意思で公務に関わってくれるようになり、私としては助かっております。嫡子としての自覚が出てきたのも嬉しい限りです」
「そうでしたか」
「キールの話によると、ノエルに成長のきっかけを与えてくださったのはリカルド殿とシャロン殿とか。特にシャロン殿、ノエルのみならずキールやヴァーランドの兵たちも大変お世話になりました。感謝してもしきれません」
カイン様は私に向かって深々と頭を下げた。それに対して私は目を丸くすると同時に恐縮して戸惑ってしまう。
だっていくら相手が貴族の夫人とはいえ、こんなにも平身低頭して御礼を述べるなんて異例のことだと思うから。しかも彼にとっては子どもみたいな年齢の女子。大抵の貴族ならプライドが邪魔をして、ここまでのことはしない。
「いえ、そんな……。私は当たり前のことをしただけで……。そうだ、そのキールさんの姿が見えないようですが、あれから怪我の具合はいかがですか?」
「おかげさまで、すでに完治しております。今、城の内部で警備任務に当たっております」
「それなら良かったです。気になっていたものですから」
「キールにはのちほどご挨拶に伺わせましょう」
「いえいえっ! そこまでしていただくのは申し訳がありません! それに会議の期間中にお会いする機会もあるでしょうし。おそらくノエル様は夫と歓談をしに私たちの宿所へいらっしゃって、その時に護衛をなさるはずですから」
「ははは、さすがシャロン殿はノエルのこともよく分かっていらっしゃる。では、あらためてのご挨拶は省かせていただくこととしましょう」
私とカイン様の間に和やかな空気が流れた。相手が好意的かつ人格者だったということもあるけど、外交の第一歩としては成功と言っていいかもしれない。私はとりあえず心の中でひと息をつく。
そして私たちの会話が落ち着いたところを見計らい、リカルドがラグナ様へと視線を向けて声をかける。
「――さて、ラグナ。久しいな」
「はい、リカルド様。こうして再びお目にかかれて光栄でございます。そしてシャロン様、私はスティール家で宰相を務めるラグナでございます。以後、お見知りおきを」
「シャロンです。こちらこそよろしくお願いします」
私はすかさず緊張感を取り戻し、丁寧な仕草で頭を下げた。
すると彼はあくまでも冷静かつ落ち着いた態度のまま、クスリと微笑んで会釈を返してくる。カイン様やノエルくん、そのほかたくさんの兵士さんたちの目があるから当然だけど、今のところ表向きは敵意のようなものを感じない。
ただ、やっぱり何か本心を隠しているようなニオイはどことなく漂っている。
ちなみにラグナ様はカイン様と顔がよく似ているけど、近くで見ると目つきが鋭くてやや無骨な感じ。体格もガッシリとした筋肉質で、得も言われぬ威圧感と迫力がある。それでいて頭の回転も速そうな空気があって、文武両道といった印象だろうか。
カイン様が体調不良によって体が細く弱々しく見えるというのもあるんだろうけど、それを差し引いてもラグナ様はパワーが漲っていると思う。
そしてカイン様との大きな違いは、得体の知れない邪気が漂っているということ。
これはおそらく普通の人には分からない感覚だろうけど、精霊使いであれば誰でも気付くであろう薄気味の悪い空気。精霊の無垢なそれとは正反対の、穢れたエネルギーのようなものが彼を包んでいる。
怖い……恐ろしい……。
寒気を感じた私は思わず唾を飲み込み、焦りと緊張をなんとか押しとどめる。
「ラグナ、カイン殿をしっかり支えてくれているようだな。褒めてつかわす」
「ありがとうございます、リカルド様」
「ヴァーランドに滞在中は世話になる。――が、余計な気遣いは無用だぞ」
「心得ております。では、フィルザード家の皆様とともに城の敷地内にある宿所へどうぞ。長旅でお疲れのことでしょうから、ごゆるりとおくつろぎください」
「うむ、そうだな。少し休ませてもらうことにしよう」
リカルドはそう言うと、私の方を向いて目顔で合図してきた。それに対して私は同意するように小さく頷いて返す。
一方、それを確認したラグナ様はアリアさんに対して硬い表情かつ静かな中にも強い口調で指示を出す。
「アリア、リカルド様たちを頼んだぞ。丁重なおもてなしをな。決して失礼の無いように」
「……お任せください、お父様」
アリアさんは軽く頭を下げ、素直に返事をした。
ただ、その直前、一瞬だけど彼女の瞳が鋭く輝いたように見えたのは気のせいだろうか?
普段の温厚な雰囲気とは程遠く、冷たさと迫力のある眼力。果たして彼女の胸の内にはどんな感情が渦巻いているのだろうか? 私には確かめようがないけど、ちょっと気になるな……。
(つづく……)
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