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発見! 綿の代用品っ♪

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 さて、次の作業は靴下に黒色のペンで色々と描き加えていくこと。まずは目や口を描き入れ、それから全体に斑点を付けていく。この程度の単純作業なら手先が不器用な私でも出来る。この作業には1時間を要した。

 ――残り時間は約3時間。急がねばならない。

 次は靴下の中に綿を詰める作業だ。だが、ここでまたしても問題が発生する。

 それは綿がないということ。もちろん、自宅で使用しているクッションや布団の中には入っているが、外側を切り裂いてまでそれを取り出して使うというわけにはいかない。私は悔しさで唇を噛む。

 ……でもよく考えてみれば、ぬいぐるみの中身は必ずしも綿でなければならないということではないのではないか。柔らかくて適度に弾力性があるものならいいのだ。

「そっか、その手があった!」

 私はポンと手を叩く。

 やはり常識にとらわれていてはいけない。常識を越えた先に新たな世界が広がっている。

 私は綿の代用品になるものがないか、周囲を見回してみた。するとすぐ近くに素晴らしい素材があることに気付く。

 それはソファーに付着している父の髪の毛。最近は特に苦労を重ねているのか、あるいは単に年をとったからなのか、塊となってゴッソリと抜け落ちている。

 早速、私はサイクロン式の掃除機でソファーから髪の毛を吸い込んでいった。ただ、いくら最近は父の抜け毛が多いからといって、絶対量は少ない。集まった髪の毛を靴下に詰めてみてもやはり全然足りない。

 仕方ないので私は洗面所に置いてある手動式のバリカンを持ってきて、父の髪の毛を刈っていく。もちろん、素人かつ不器用な私では凝ったヘアスタイルになんて刈れないので、見た目が変にならないように丸坊主にすることにする。

 こうして現時点で集められる父の髪の毛は全て回収。それでも残念なことに、靴下はまだスカスカのままとなっている。

「う……うぅ……こうなったら私も覚悟を決めるしかないか……」

 この手段だけは使いたくなかったが、背に腹は代えられない。私はハサミを手に取り、腰の辺りまで伸ばしていた自分の黒髪を肩の少し上までバッサリと切り落とした。おかげで靴下の中は髪の毛で満たされ、溢れんばかりの状態となる。父の髪の毛などなくても充分に足りるくらいだ。

 こんなことなら父の髪の毛なんて刈らず、最初から自分の髪の毛を使えば良かった。

 そのため、私は靴下の中から父の髪の毛を全て取り出し、父の頭の周りにバラ蒔いておいた。もしかしたら髪の毛の1本1本が意思を持ち、自ら毛根へ歩いて帰っていく可能性も微粒子レベルで存在しているかもしれないから。

 そうでなくとも、こうしておけば父が目覚めた時にいつもよりちょっと抜け毛が多いな程度に思うだけで特に気にしないはず。

 ――これらの作業で2時間が経過した。もう残り時間は少ない。

 最後の仕上げは靴下の端を塞ぐだけ。それにはガムテープで固定するのが手っ取り早いが、時間が経つと粘着力が落ちて中身が出てしまう危険性がある。

 そこで再び物置へ行き、木工用接着剤を持ってきて履き口の部分を接着。さらに念のため、大型のステープラーを使ってガチャガチャと何か所かを綴じる。あとは接着剤が固まれば、完全に密閉される。

「やった、なんとか間に合った……」

 こうして登校時刻まであとわずかというところでチンアナゴのぬいぐるみは完成した! 不器用な私が突貫工事で作ったにしては見事な出来映えだ。我ながら誇らしい。

「――と、感慨に浸っている場合じゃなかった! 急いで登校の準備をしないと遅刻しちゃう!」

 私は父の書斎へ駆けていき、勢いよく押入れを開けた。そこには何かのDVDが入っている黒いビニール袋がたくさん置いてある。その中からひとつを手に取り、中身をその辺に放り出してその袋だけをもらうことにする。

 たくさんあるのだから、1枚くらいもらっても大丈夫だろう。ちなみに急いでいるのでそのDVDがどんなものだったかは確認していない。まぁ、おそらくは何かの映画かドラマといったところだと思う。

 その袋にぬいぐるみを入れるとそれをスクールバッグの中に仕舞い、必要な荷物をまとめたり身だしなみを整えたりすると私は自宅を出発したのだった。


(つづく……)
 
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