わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

文字の大きさ
1 / 58
第1航路:魔術整備師シルフィ

第0便:月夜の遡潮流(そちょうりゅう)

しおりを挟む
  
 闇夜の中、月明かりだけを頼りに全速力で川を下っていく。

 今のところは無事に操船できているけど、だからといって安心は出来ない。思っていたよりも明るいとはいえ、昼間と比べれば圧倒的に見通しが悪いのは事実だから。

 この状況だといつ流木などの障害物と衝突するか分からないし、乱流に突っ込んで舵が利かなくなって、座礁する危険性もある。一秒たりとも気を抜くわけにはいかない。

 なにより、船の動力がいつまで正常に機能してくれるか……。

 そして周囲は不気味なくらいに静まり返っていて、それも私の不安を掻き立てる。

 もちろん、船体が水を切る音やエンジンの駆動音、前方から吹いてくる風の音なんかは響いているけど、ここで言う『静けさ』というのはそういう意味じゃない。『遡潮流そちょうりゅう』の気配が一切感じられないということだ。もうすぐ遭遇するのは確実だというのに。

 普段と変わらぬ水面の息吹。これがいつ荒々しく豹変して私に牙をむくのか、それはどれほどの強さなのか、何もかもが分からない。だから怖い。

 操舵輪を握る私の両手には自然と汗が滲み、腕が小刻みに震える。緊張感が半端なくて、思わず唾を飲み込みつつ腕に力を入れる。

「……っ? 泥のニオイ……?」

 その時、私は風の中に微かだけど泥の臭いを感じた。それは船が進むごとに強くなって、低く重苦しい波音も聞こえ始める。


 ――とうとうこの時が来てしまった。


 川下へ向かって流れる水を飲み込みつつ、逆流してくる真っ黒な波。川全体が盛り上がり、先端の激しい濁流とともにこちらへ近付いてきているのが見える。

 堤防の上から何度も遡潮流そちょうりゅうを見たことがあるけど、それとは比べものにならないほどの迫力がある。大した高さなんてないと思っていたのに、こうして間近で目の当たりにすると印象は全く違う。

 まるで城塞都市を囲っている壁のような存在感。それは水面にいるからそう見えるのか、それとも心の動揺がそう感じさせているのか。

 ううん、その両方なんだろうな……。

 あの中で舵が利かなくなり、船が横転したらと思うと恐怖で全身に鳥肌が立つ。しかもそれは現実的かつ容易に起こりうるのだから始末が悪い。

「……てはは……これは二度と見たくない景色かも……」

 私は無意識のうちに薄笑いを浮かべていた。恐怖が限界を超えると、精神への負担を軽減するために笑みが浮かぶというのは本当らしい。

 でもすぐに気を取り直し、奥歯を噛みしめながら前方を睨み付ける。そして動力ハンドルを握り、意を決して船の出力を最大に上げる。

 直後、エンジンは水龍アクアドラゴンのような咆哮を上げて突き進む。

 握っている操舵輪から激しい振動が伝わってくる。慣性によって後方へ引っ張られるような感覚や全身に当たる風が何倍にも増し、船は全速力で遡潮流そちょうりゅうへ向かっていく。


(つづく……)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...