6 / 58
第1航路:魔術整備師シルフィ
第2-1便:出航! 右岸へ向けて!!
しおりを挟むそのまま待機していると、桟橋にマリーお婆さんと社長がやってくる。社長は柔らかな笑みを浮かべてマリーお婆さんの体を支えつつ、私に向かって目顔で合図を送ってきている。
こうして見てみると、やっぱり社長はさわやかイケメンだとあらためて感じる。
目鼻立ちは凜としていて、清潔感のあるサラサラの黒髪短髪。しかも体は細身に見えて、実際は冒険者さんたちみたいにがっしりしている。
性格は優しくてしかも切れ者。その上、社長という社会的な地位もあるわけだから、市内の女性たちが隠れファンクラブを設立して活動しているという噂があるのも頷ける。
「シルフィ、急な仕事を作っちゃってゴメンね」
「いえ、問題ないですよ社長。さぁ、マリーお婆さん。足下にお気を付けてお乗りください」
「ありがとね、シルフィちゃん」
マリーお婆さんは社長の助けを借りながらステップを渡って乗船し、座席に腰を掛けた。その手元には食材の入った大きな布袋があって、隙間から野菜や白パンが見えている。袋の膨らみ具合を考えると、ほかにも多種多様な食べ物を買い込んできたのだろう。
どんな料理を作るのか、想像しただけでお腹の音が鳴りそう。でも今は操船に集中しないとね……。
「じゃ、出発しますので社長は降りて大丈夫ですよ」
「何を言ってるの? 僕も一緒に右岸まで行くんだよ」
「社長もですかっ!?」
「シルフィのことは信用しているけど、整備直後の試運転では万が一のことが起こりうる。だから社長としては、キミに単独で運航させるわけにはいかない。それでルティスには『僕も試運転に同乗する』という条件付きで臨時便の運航を許可したんだけど、彼女から聞いてないの?」
「聞いてませんよ。社長がいてくれたら心強いのは間違いないですけど……」
直後、私はハッとした。そういえばルティスさんは条件がどうとかって言っていたような気がする。そっか、その条件って『社長が同乗する』ってことだったんだ。
確かに社長がいてくれた方が、アクシデントが起きた時に対処できる幅が広がる。
「本当は僕が操船をしても良いんだけど、この船のことは整備を担当したシルフィの方がよく分かってるだろうからね。つまりキミに任せた方がリスクが小さい。もちろん、もし何かあって責任問題になっても僕が庇うから安心してよ」
「はいっ!」
「あ、勘違いしないでね? 事故が起きたら僕だけが責任を負うわけじゃないから。シルフィにも相応の処分を課す。それは覚悟しておいて」
「あはは、社長はキッチリしてますね……」
社長は優しさの中にも厳しさがある。でも彼が公明正大だからこそ信頼できるし、私も強い責任感と真摯な気持ちで仕事へ取り組もうと思える。
きっとほかの社員のみんなも私と同じ想いじゃないかな。
「――では、これより出航いたします。運航時は大きく揺れる場合がありますので、ご注意ください。操船はソレイユ水運のシルフィが担当させていただきます」
私は操舵輪の横に設置されている伝声管を使って声を張り上げたあと、わずかに動力ハンドルを前へ倒した。するとエンジンの唸りがわずかに強くなるとともに、船体は徐々に前進を始める。
その際、クロードは私の左肩から降りて船首部分へチョコンと座る。操船時はそこが彼の指定席なのだ。そうやって見張りをしてくれている。彼は目線が私よりも低くて操舵席から死角になっている水面部分にも注意が向くから、私としてもありがたい。
ちなみに今回は客室内にマリーお婆さんと社長しかいないので、伝声管を使わなくても案内を伝えることは出来る。ただ、試運転ということでその動作確認も兼ねて使った。
当然、伝声管なんて単純な仕組みというか、ほぼ単なるパイプみたいなものだから航行に直接の影響はない。でも声の伝わり方がいつもと違うなど、ちょっとした気付きから船体の異常をいち早く察知できることもある。
決して魔術整備や工学整備を過信してはいけない。一分一秒ごとに機械や船体の状況は変化し続けているのだから。
「……そろそろ加速しても大丈夫かな」
船が充分に桟橋から離れ、底へ乗り上げる心配がない水深にまで達したと判断した私は動力ハンドルを少しずつ前へ倒していった。
魔導エンジンは軽快かつリズミカルな音を立て、船は加速していく。前方から吹いてくる風も強まり、制帽の隙間から垂れた私の前髪を大きく揺らす。息を吸い込むと空気は涼やかで心地良い。
また、しばらく大雨も降っていないから、水が比較的澄んでいて深いところまでよく見える。流木などの大きな障害物もほとんど流れてきていない。そして船体に弾かれた水の粒は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。こういう時に操船するのは大好きだ。
ただ、周囲を航行する船や水生モンスター、スクリューに絡みつく植物などの危険は常にあるから、決して油断をしてはならない。
しかも船は舵の操作をしても慣性や流れの影響、船体の構造に起因する独特な動きなどによって即応できない場合もある。その点が陸上の乗り物との大きな違いだ。用心するに越したことはない。
やがて船のスピードが充分に上がり、水の抵抗が減ったと感じられる状態になったら動力ハンドルを少し戻して出力を調整する。こうなるとあとは比較的低燃費で進んでいける。
とはいえ、右岸渡船場は左岸渡船場より2キロメートルほど上流にある――つまり水の流れに逆らう形になるので、どうしても燃料を多く使わざるを得ないんだけどね。
魔導エンジンの燃料は魔鉱石から抽出される魔法力。この方式だと魔法を扱えない人でも動かすことが出来るし、出力や動作が安定して得られる。しかも動力炉の中に魔鉱石を充填すればいいだけだから扱いやすい。
唯一の欠点は、月の満ち欠けの影響を受けること。魔鉱石は月が満ちるにつれて取り出せる魔法力の量が減り、それが最大となる満月の日は魔導エンジンが動かせなくなってしまう。だから満月の日は渡し船も全面運休となる。
もちろん、魔法力を持っている者なら魔導エンジンへ直接魔法力を送り込んで動かすことも可能だけど、この国ではその行為が法律で禁止されている。なぜなら制御が難しくて、小爆発を起こしたり故障したりする危険性が高いから。
そうなったら魔導エンジンが使い物にならなくなって、全交換ということになる。
ま、そもそもリバーポリス市においては、満月と新月の日には『とある理由』があって船を動かせないんだけどね……。
(つづく……)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる