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第1航路:魔術整備師シルフィ
第5-3便:思いがけない申し出
しおりを挟む王立施療院はリバーポリス市の中心部、市役所の隣にある。ここは王国が設立・運営している施設で、周辺地域では最も大きな施療院だ。国が招へいした医師や薬草師、僧侶、祈祷師、魔術師など、医療に関するあらゆる分野のスペシャリストが集められている。
当然、医療の研究施設も兼ねているから、比較的最先端の治療を受けることが出来る。しかも身分も種族も出身地も問わず、誰でも受け入れてくれるのはありがたい。
ただし、治療代が高いから私たち平民にとっては気軽に利用できる場所じゃないけどね……。
だから普段は街の中にある民間の小さな施療院や薬草師の経営する薬店、怪我なら回復魔法が出来る僧侶さんなどにお世話になることが多い。そしてそういった場所では手に負えない大怪我や重い病気などの時、最後に頼る場所という形で王立施療院は利用されている。
もちろん、ディックくんのような貴族やお金持ちの大商人なんかは最初からここにお世話になるんだろうけど。
ちなみに入院している患者さんのお見舞いに訪れるなど、出入り自体は自由となっている。
「――失礼します」
メモに書かれていた病室に辿り着いた私は、ドアをノックして中へ入った。
そこは私の家にある作業場と同じくらいの広さで、ベッドがひとつだけ置かれている。もしこれが一般的な病室なら、8つくらいはベッドが設置できそうだ。これだけ広い空間を独占しているんだから、入院費用がどれくらいになるのか想像もつかない。
「シルフィ!」
ベッドで横になっていたディックくんは、慌てて上半身だけを起き上がらせた。直後、傍らに置いてあった手鏡とクシを手にとり、いそいそと髪の寝癖を直し始める。
病気で入院しているんだから、お見舞いに来た人に対して気を遣う必要なんてないのに。
一方、ベッドの横ではアルトさんが落ち着いた様子で佇んでいて、私が座る椅子をすかさず準備してくれる。そのあと、私に向かって深々と頭を下げてくる。
「シルフィ様、先日はディック様を助けていただき、ありがとうございました。なんと御礼を申し上げれば良いやら」
「いえいえいえっ! いいんですよっ、当たり前のことをしただけですから!」
丁重すぎる扱いを受け、恐縮した私は思わず手と首を何度も横に振りながらたじろいだ。そしてアルトさんが頭を上げるのを確認してから、差し出された椅子へ遠慮がちに腰掛ける。
目の前に座っているディックくんは沈黙したまま、なぜか照れくさそうにしながら横目でチラチラと私の様子を窺っている。
こうして近くで見ていると、なんだか故郷にいる幼い弟の姿を思い出すなぁ……。
「ディックくん、顔色は良いみたいだね。でもちょっとだけ頬が赤いかな?」
私は手を伸ばし、ディックくんの前髪を少し掻き上げながら額に触れた。
指先と手のひらに感じる温かさと柔らかさ。やっぱりまだ少し熱があるみたい。ディックくんは伏し目がちで沈黙したまま、私のなすがままになっている。
「あれ? 少し熱くなってきたかな? 体調が万全でないなら、私はあまり長居しない方が良いよね――って、ゴメンっ! 勝手に額に触れちゃって! 私、故郷にいる幼い弟を思い出したからか、ついその時のクセで……」
「……ぁ……」
私が慌ててディックくんの額から手を離すと、彼は何か言いたげな表情で私を見つめていた。
やっぱり私の行為が不愉快で、機嫌を悪くしちゃったのかな? あるいはまだ本調子じゃなくて、無理をしている可能性もある。
「私、出直した方が良いよね。退院したらあらためてお屋敷の方へ――」
「っ!? 行かないでくれっ、シルフィ! 俺は別に怒っていないし、体調も悪くない!」
ディックくんは私の手を掴み、すがるような瞳でこちらを真っ直ぐ見つめていた。手にも力が入り、小さく震えている。もしかして寂しいのだろうか?
強がりなディックくんらしくない気もするけど、病気の時はどうしても気弱になるし、誰かと会う機会も減るからその可能性は充分にあり得る。
そういえば、今のディックくんはうちの弟に似ているかもしれない。普段は生意気なクセに、病気の時になると甘えん坊さんになるところとか。懐かしいな……。
それなら彼の言葉を信じて、もうしばらく話し相手になってあげよっかな。
「じゃ、ディックくん。もう少しお話ししよっか」
「う、うんっ! そうだ、あらためて言わせてほしい。――俺の命を助けてくれてありがとう。本来なら俺の方から出向いて伝えるべきなのだが、医師が外出を許してくれなくてな。だが、すぐにでもシルフィに感謝の気持ちを伝えたくて、ここへ呼んだ次第だ」
「そうだったんだ。気にしないで、私もお見舞いに行きたいなぁって思ってたし」
「それでな、シルフィに御礼がしたいのだ。何か欲しいものはないか? ドレスでも宝石でもアクセサリーでも、何でもいいぞ。それとも身分か?」
それを聞いた瞬間、私の心にちょっとした悪戯心が浮かんだ。
いつもは高圧的な彼が今は珍しく素直で、だからこそどう慌てふためくのか見てみたくなったからかもしれない。
だから私は素知らぬ振りをして問いかけてみる。
「身分? それってディックくんのお嫁さんにしてくれるってこと?」
「なっ!? バババ、バカなことを言うなっ! そういう意味ではないっ!」
ディックくんの顔は瞬時に真っ赤に染まり、口をワナワナさせながらそっぽを向いてしまった。その様子を見てアルトさんは穏やかに微笑んでいる。
私も笑いを堪えつつ、ディックくんの肩を何度か軽く叩く。
「ふふっ、冗談だよっ。冗談っ。からかっちゃってゴメン」
「……バカもの。俺はシルフィさえ良ければ……」
「えっ?」
「っ!? なっ、なんでもないっ! そんなことより何かないのかッ? 魔導エンジンとかいうものでも良いのだぞ?」
魔導エンジンと聞き、思わず私はハッとした。その発想は全く頭の中になかったから。
確かに今までコツコツ作ってきた魔導エンジンは使い物にならなくなっちゃったし、新たに代替品がもらえるならすぐに改良や研究が再開できる。
(つづく……)
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