わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

文字の大きさ
30 / 58
第2航路:公用船契約に潜む影

第2-4便:ルティスの作戦

しおりを挟む
 
 そんな頭を抱えている私のところへ社長がひとりでやってくる。ルティスさんも一緒かと思っていたんだけど、どうやら違うらしい。

「おはよう、シルフィにクロード」

「社長、おはようございます!」

「よぅっ、フォレス!」

 私たちが挨拶を返すと、社長はニッコリと微笑んで大きく頷いた。サラサラとした前髪がなびき、今日も爽やかな雰囲気は百点満点だ。それに涼やかな香水の匂いが優しく漂ってきて心地良い。

「もうすぐ審査担当者たちがやってくるはずだから、今からしっかりと気持ちを引き締めておいてね。もちろん、過度に緊張する必要はないけど」

「ルティスさんの姿がありませんけど、社長と一緒じゃなかったんですね」

「彼女なら喫茶コーナーで仕事の引き継ぎをしてるよ。もうすぐ来ると思う。ほら、今日と明日は乗船券の発券業務や喫茶コーナーの責任者をティアナに任せることになるだろ?」

「そっか、ルティスさんも明日まで出張になるんですもんね。ルティスさん以外の正規社員で同じ部署だと、キャリアが最も長いティアナさんに責任者の役割が回るのは必然的かもしれませんね」

「もっとも、大まかな作業や流れはティアナも分かっているから、最後の確認といった感じだろうけどね」

 ティアナさんというのは私より3年先輩の社員で、現在はルティスさんと同じ業務を担当している。ただ、数字のデータの取り扱いが得意ということもあって、乗船券の発券はもっぱら彼女がおこなっている状態だ。

 よく考えてみると今回は私だけじゃなくて、社長やルティスさんも出張することになるんだよね。だから急ぎの仕事がある場合は誰かに引き継ぎをしておかなければならない。

 ちなみに私に限って言えば、その必要がない。運航直前の簡単な点検については、代行できる何人かの社員さんに対してすでに社長から連絡してもらっているし。

 そもそももし整備関係の仕事があったとしても、私にはそれをお任せできる相手がいない。だってうちの会社内でその作業が出来るのは、一緒に出張に行く社長くらいのものだから。

「社長は引き継ぎってないんですか?」

「ないない! あとのことは会長に頼んであるけど、引き継ぎをしなきゃならない仕事はないよ。社長業のキャリアは会長の方が長いわけだし、何かがあっても僕より上手く処理してくれるだろうさ」

「あはは、確かにそうかもしれませんね」

 私は社長の言葉に納得する。こういう時は業務内容をよく把握している先輩がいると助かるなぁとあらためて思う。

 いつか整備を担当する同僚や後輩が私にも出来るのかな? 魔術整備師は一般的に人気がない職業ジョブだし、なかなか難しいかもしれないけど。

 魔術師の素質があると冒険者や研究者、魔術医師といった別の道に進む人が多いからなぁ。それに魔術整備師は機械好きじゃないと務まらないという面もある。

 だからこそ、この業界は慢性的な人材不足なわけで……。

「シルフィ、クロード。おはよう」

 私と社長が会話をしていると、凛とした雰囲気でルティスさんがやってきた。どうやらティアナさんへの引き継ぎは終わったらしい。これで出張のメンバーが揃ったことになる。

 すかさず私とクロードは彼女に向かって挨拶を返す。

「ルティスさん、おはようございます」

「おはよっす、ルティス! ――って、その手に持ってる紙袋は何だ? 中から良い匂いが漂ってきてるぞ」

 クロードが興味津々な表情で鼻をひくひくさせていると、ルティスさんは少し袋を持ち上げて目を細める。

「さすがクロード、鼻が利くのね。この中に入ってる箱には、私たちが移動中に食べるコロッケサンドが詰めてあるの。クロードにはフィッシュサンドを用意してあげてるからね」

「おぉっ! そりゃ楽しみだぜっ! それって商店街にある店から仕入れてるやつだろ? 嗅いだことがある匂いだもんな!」

「私たちはルーン交通の皆さんのところへ挨拶に行ってくるから、クロードは私たちの船でこれの見張りをして待っててね」

「任せとけっ! 怪しいやつがオイラたちの船に乗ってきたら噛みついて追っ払ってやる!」

 フィッシュサンドが食べられると知ってテンションが上がり、胸を叩いて得意気な顔をするクロード。するとルティスさんは目顔で私や社長に合図を送ってくる。

 その瞬間、私はハッとしてさすがルティスさんだと脱帽した。というのも、彼女がサンドイッチを持ってきたことには、私たちの食事というほかにも目的があると分かったから。

 つまりこれはルーン交通や審査担当者の皆さんへ挨拶をしに行く時に、クロードの邪魔が入らないようにする策略でもあるということ。

 当然ながらルティスさんはクロードの性格を知っている。だから役割を与えて私たちの船に釘付けにすることで、彼の気分を害することなく挨拶の場から遠ざけようというわけだ。

 これなら彼がいつ余計なことを喋らないかと私たちが不安になることもないし、まさに妙手だと思う。

「――あっ、言い忘れてたけど、もしつまみ食いをしたら本気で怒るからね? クロード、私に言い訳や誤魔化しは利かないって分かってるよね?」

「っ!? お、おぅ……もちろんだ……」

 ルティスさんの笑みの向こう側にある威圧感を察して、クロードは顔を真っ青にしながら全身を震わせた。

 普段が優しくて温厚な分、怒った時の彼女はその反動で悪魔やドラゴンよりも怖いということを知っているから、そういう反応になるのも当然だけど。

 ちなみに私ならクロードに泣き付かれたら最後にはきっと許しちゃうだろうけど、ルティスさんにはそれが通用しない。世の中、どうにもならないこともあるのだ……。

 それにこれくらいおどしておかないと、クロードは悪戯いたずらをしかねないということも彼女はよく理解している。もしかしたら、私よりもよっぽど飼い主に向いているかも。


(つづく……)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...