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第2航路:公用船契約に潜む影

第3-1便:晴れやかなる出航

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 翌朝になり、私たちソレイユ水運の面々は発着場へ移動させた『グランドリバー号』で出航の準備をしていた。

 社長とルティスさんは客室内や接客手順の最終点検などをおこない、私は機械室で点検魔法チェックを使って魔導エンジンや船体に問題がないかを確認する。クロードはすでに定位置で待機して、気合い充分に出航の時を待っている。

 昨日と違って今日は実際にミーリアさんたちを乗せるので、やっぱり私の緊張感は段違いに高い。万が一にも失敗は許されない。

 もちろん、社長は『過度に気負わなくて良い』と言ってくれているけど。

「――点検魔法チェック!」

 私は魔導エンジンに両手を置き、魔法力を流し込んでいった。すると程なく、いつものように頭の中には各部の情報が流れ込んでくるようになる。

 それによると、昨日からの長距離航行による大きな破損や不具合はないみたい。確かに一部分にごく軽微な傷や劣化は見られるけど、それはエンジンの使用に伴って必ず生じる範囲のもの。

 つまりそれは想定しうる状態であり、しかも稼働に問題があるわけでもない。これなら融合修復魔法フューズ・リペアを使用して調整する必要はなさそうだ。

 そして魔導エンジンの点検を終えると、続けて船の全体も順番に確認していく。

 それに伴って送り込まれる魔法力の範囲も広がって、傍目には船が巨大なホタルのように淡く輝いて見えるようになる。

 プロペラシャフトやギア、変速機などの動力部関係、計器類、船体、魔鉱石が充填されている燃料タンクとススを排出する配管系――オールグリーン。いずれも航行に支障のない状態となっている。

「よしっ、出航前点検の全項目の確認は終了っと」

 私は点検魔法チェックの魔法力を止めて息をついた。

 船に不具合がなくてひとまずは安心。魔術整備師として、『グランドリバー号』はいつでも出航できると太鼓判を押せる。あとは操舵手として、リバーポリスまで安全に航行させるだけだ。

 私はクロードに引き続きその場で待機しているように声をかけると、社長のところへ報告をしに行った。そして客室の点検を終えたルティスさんも合流し、発着場に降りて3人でミーリアさんたちの到着を待つ。

 ちなみに近くには『マーベラス号』が停泊し、ルーン交通の皆さんがすでに出航準備を終えて審査担当者さんたちを今や遅しと待っている。



 やがて発着場にミーリアさんたちがやってきた。

 その後は昨日と同様に挨拶を交わし、今回は私たちが皆さんを『グランドリバー号』へと案内することになる。

 船へのステップの横では私とルティスさんが並んで立ち、笑顔で出迎える。一方、社長は一足先に船内へと移動し、客室でミーリアさんたちを待つ。

「ようこそ、グランドリバー号へ! 足元にお気を付けてご乗船ください!」

 先頭を歩くミーリアさんに私が声をかけると、凛とした表情をしていた彼女がわずかに頬を緩めた。さらに小さく会釈えしゃくしながらステップを渡り、船内に乗り込んでいく。

 そのことに私は内心、驚いていた。昨日と比べてミーリアさんの空気が柔らかく感じたということもあるけど、公私混同をしないはずの彼女が明らかに反応を見せたから。

 なんだか『がんばって』と無言のエールを送られたような気がする。おのずと気合いも入って、心の中からパワーと熱さがみなぎってくる。

 ミーリアさんの期待に応えるためにも安全にリバーポリスまで運航するのはもちろん、私たちの船での時間を楽しく有意義に過ごしてもらえるように全力を尽くしたい。

 こうして審査担当者さんたち全員が乗船するのを確認すると、ルティスさんは発着場の係員さんとやり取りをしながらステップの片付けや係留ロープの巻き取りなど出航の準備に取りかかる。

 私は操舵室へ移動してエンジンや計器類をチェックしながら、ルティスさんからの出航の合図が出るのを待つ。程なく添乗員室に設置してある鐘の音が船内に鳴り響き、それを聞いた私は動力ハンドルをゆっくりと前へ。

 少しずつ唸りが高まっていく魔導エンジン。それに伴って船体は発着場を離れ、徐々に川の中央部へ向かって進み始める。


 リバーポリスの発着場付近と異なるのは、海からの波の影響を大きく受けること。


 特にレイナ川の河口はラッパのような形状をしているので、タイミングや風の状況によっては大きな波が集まって来やすい。この独特の地形によって発着場を含めた下流域まで波がさかのぼり、遡潮流そちょうりゅうが発生する原因の一端ともなっている。

 そして私たちはこれから上流へ向かって進まなければならないわけで、発着場から出航した直後に舵を切って方向転換をする必要がある。その際に海からの大きな横波を受けてしまうと船体が大きく揺れ、乗り心地が悪くなる。

 さすがに転覆はしないと思うけど、少なくとも乗っている人間が転倒する恐れはあって非常に危険だ。それに相手は自然現象だから、人間の常識を遙かに超えることが起きる可能性も否定できない。

 例えば、万物には固有の振動数があって、それが一致した時には大きな力を持つことがある。共鳴とか共振とか呼び方は色々とあるけど、そうなると想定外の破損や衝撃が起きかねない。

 だから私は周囲の状況や水面の状態に注意しながら船を転回させていった。こうして無事に川の中央部付近で舳先へさきが上流へ向いたところでエンジンの出力を上げる。

 水中ではスクリュープロペラの回転数が増し、船は少しずつ加速していく。

 それを見計らっていたかのように、船内にはルティスさんの案内放送が流れた。今日は実際にお客さんがいるからか、昨日と比べて心なしか声が弾んでいるような気がする。

「ルティスさん、張り切ってるなぁ。私もひとまず順調に出航が出来たかな。よしよしっ!」

 見上げれば空の全域に青色だけが広がり、温かな日差しが私の体を照らしている。吹いてくる風は優しく私の頬を撫で、涼しくて心地良い。

 魔導エンジンの駆動音も軽やかに、船はリバーポリスへ向けて進む。


(つづく……)
 
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